【世界の超人】男子パラリンピック水泳史上最多24個のメダルを持つ最強スイマー、ダニエル・ディアス

【世界の超人】男子パラリンピック水泳史上最多24個のメダルを持つ最強スイマー、ダニエル・ディアス
2019.08.19.MON 公開

パラ水泳界で絶対的な功績を誇る、ブラジルのダニエル・ディアス。

パラリンピックデビューとなる2008年の北京大会でその名を世界にとどろかせると、2012年のロンドン大会では、なんと6つの世界新記録を樹立し、同じ数の金メダルを首にかけた。
そして、母国ブラジルで行われた2016年のリオ大会でも迫力の泳ぎを披露。50m、100m、200mの自由形、50m背泳ぎの4種目で金メダルに輝いた他、銀メダル3個、銅メダル2個を獲得した。パラリンピックの通算獲得メダル数を男子のパラスイマーとして最多の「24」に伸ばし、彼を誇る多くのブラジル国民から称賛を受けた。

「メダルを獲れたら、もちろん嬉しい。でもメダルというのはあくまでも努力の延長線上にあるもの。自分の準備に対する、結果のひとつだよ」

水泳と出会い、自らの人生を切り拓く

photo by Getty Images Sport

ブラジルの田舎町で育ったディアスに人生の転機が訪れたのは、2004年のことだ。当時、16歳。将来は大学に進み、エンジニアリングを専攻しようと考えていたという。しかし、同年のアテネパラリンピックを見ていたディアスは、ブラジル人のクロドワールド・シウバの泳ぎに目を奪われる。次の瞬間、ディアスはこう確信した。

彼にできるのなら、僕にもできる――。

水泳との出会いは、自分の才能との出会いでもあった。ディアスは水泳を始めると、たった2ヵ月で、しかも、わずか8回のレッスンで、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の4泳法を習得してしまう。体の左右が異なり、真っすぐに泳ぐのも難しいはずなのに、だ。

そこには強い決意もあった。子どもの頃から活発だったディアスはもともと、パラスポーツの中では、車いすバスケットボールか、サッカーをしたいと考えていた。だが、いずれも彼の四肢欠損という障がいや程度でプレーすることは難しく、彼には水泳しか残されていなかった。

ならば、このチャンスをものにしよう。
「僕は手がないが、口もあるし、歯もあるし、腕も短いけれどある。水泳との出会いを、人生の大きなチャンスが来たと思って、文字通り、食らいついていったんだ」

天賦の才と貪欲な姿勢で、ディアスは瞬く間にパラ水泳界で台頭していく。水泳を始めた2年後にはパラ水泳のブラジル代表として世界選手権へ。そこで3個の金メダルと2個の銀メダルを獲得すると、2008年の北京大会にパラリンピック初出場。その後の活躍は先述の通りで、いまやパラリンピック史上稀にみるメダルコレクターだ。

水泳との邂逅(かいこう)を果たし、自らの人生を切り拓いていったディアス。
「水泳に出会えたから、世界中につながりを持てているし、生計を立てていられるのも、水泳のおかげ。僕にはたまたま水泳の才能があったけれど、なにかチャンスが来たらそれに食らいつくのが人生において大事なこと。チャンスをものにできるかどうかは、ひとえにその人の行動力だと思うからね」

ただ、水泳を始めたことで、自身の障がいに対する向き合い方が変わったわけではない。ディアスは「アップグレードされただけ」と表現する。

子ども時代、障がいがあることで、差別も受けたし、つらい思いもした。しかし当時、彼はこんな選択をしたという。偏見や罵言に負けてネガティブに暗く生きるか、それとも、ポジティブに強く生きて、幸せになるか。ディアスが選んだのは、後者だった。
「僕は幸せになりたいと思った。だから、常に前向きでいられるようにいつも笑っていようと」
ディアスは水泳を始める前から、強い気の持ちようを知っていたのだ。

Keep Smiling(キープ・スマイリング)。以前より、彼が大切にしている言葉である。
「笑っていれば、相手の警戒心も溶けるし、つらいことがあっても笑っていれば、いまは心が折れても、明日になれば頑張れる。それによって、自分の限界に挑めると思えるからね」

そんな彼のそばには、いつも温かい家族の存在があった。心ない言葉を浴びせられ、泣きながら家に帰った子どもの頃、彼の強い味方になってくれたのが両親だった。いつも優しく彼に接し、話をしてくれた。それがどれだけ救いになったか……ディアスが幸せになると選択した背景には、家族の絆があった。

伝えたいのは強さではなく、自分の本質

photo by Getty Images Sport

パラリンピック3大会で、計24個のメダルを獲得し、うち金メダルは実に14個。ディアスも自らの偉業を「客観的に見ればすごいこと。誰にでもできることではない」と自認する。

「『信じる者は山をも動かす』というブラジルのことわざがあるけど、僕がわき目もふらずにトレーニングに傾けたエネルギーが、この結果を生んだのかもしれないね」

彼が首からぶら下げている数々のメダルは、決して妥協を許さず、全身全霊を傾けた末の結晶なのだ。

しかしながら、ディアスは、メダルを獲ろうと思って、一心に水泳をやっているわけではないし、パラリンピックに出場しているわけではない。彼にとってメダルとは自分が努力を積み重ねた先にあるものにしか過ぎない。

そもそも水泳を始めたのも、メダルを獲りたかったからではなく、自分が水泳をすることで、何が克服できるか、そこから始まったのだ。
「パラリンピックで様々な文化に触れる楽しさは、メダル以上のもの。もちろん、メダルを獲るためのトレーニングはしているし、メダルにつながれば、それはそれでとても嬉しいことだけど、もし獲れなくても、パラリンピックを楽しみたいという気持ちが強いんだ」

パラリンピアンとして24個ものメダルを手にしても、ディアスは、自分が特別な人間になったとは思っていない。メダルを獲得することにのまれてはいけない、と強い自戒の念も持っている。のまれてしまうと、自分の本質を見失い、自分よりもメダルが主役になってしまうからだ。

「これまで獲得してきたメダルや記録は、僕の遺産と言ってもいいと思うけど、そういうものを残すことより、自分の内面や、障がい者としてはではなく、ひとりの人間としての生き方を知ってもらうことのほうが大切なんだ」

ディアスは水泳を通して、自分の本質を伝えたいと強く願っている。

最強伝説のラストは東京で

photo by Getty Images Sport

競技スポーツの世界では、勝つのは難しいが、勝ち続けるのはもっと難しい。そんな中、ディアスは、北京、ロンドン、リオと3大会連続して、圧倒的な戦績を残してきた。なぜ彼は、達成感という魔物にも邪魔されることなく、勝ち続けることができるのか。それは、昨日よりも今日、今日より明日、というように常にアスリートとして進歩していきたいという気持ちを持ち続けてきたからだ。

「これが枯渇してしまって、進歩していたいという気持ちがなくなったら、水泳をやめるときだと思っているよ」

天才スイマーは、進化を止めない“努力の天才”でもあった。

さらには、変化を促すことも重要だと考えている。ブラジルでは「勝ち続けているチームはいじらなくていい」「常に結果を出しているのなら、チームも選手も変えるべからず」とよくいわれるそうだが、ディアスは「ときには変化は必要」と意を示す。

実際に、ディアスはリオパラリンピックの後、長く彼をサポートしてきたチームを解散し、栄養管理士、理学療法士、コーチなど、スタッフを一新した。4個の金メダルこそ獲れたものの、記録を更新できなかったリオの結果を、良しとはしていなかったのだ。長い年月で培った旧スタッフとの人間関係を解消するのは難しい面もあったが、メンバーを変えることは現状打破のためには必要なことだった。
「モヤモヤした気持ちはアスリートのパフォーマンスを左右するもの。それが吹っ切れて練習に対するモチベーションもぐんと上がった。それに、チームが変われば、トレーニング方法も変わるけれど、体幹を鍛え直してタイムも速くなった。以前よりもパワーがついたと実感しているよ」
自身4度目になる東京パラリンピックに向けて、準備は順調に進んでいる。

ディアスは祖国に対する思いも力にしている。彼はロンドンパラリンピックでは旗手という栄えある役割を担い、リオパラリンピックの招致活動では、ブラジルのアンバサダーを務めた。
「これまでの自分の献身は、祖国を愛すればこそ。ブラジルは難しい問題を抱えている面もあるが、それでも僕は、国を深く愛し、可能性を信じているし、ブラジルという国を一度も疑ったことがない。国を代表する誇りはそこから来ているんだ」

パラリンピックの出場は、東京大会を最後にするつもりだ。4年ごとにキャリアの計画をしてきたディアスは、引退後を見据え、2018年にスポーツマーケティングの会社を立ち上げた。だからこそ、東京大会には絶対に出場してパラリンピックという特別な舞台の独特な雰囲気の中で試合をし、最大限に「楽しみたい」と考えている。

引退後は、2014年に設立した、将来を担う子どもたちのために「ダニエル・ディアス協会」の活動も継続し、後進の水泳指導を行っていく。そこで彼が、一番伝えたいのは、どうすればメダルを数多く獲ることができるかではない。スポーツの勝ち負けを越えた人生のチャンピオンになるというのはどういうことか――パラリンピック界のスーパースターは、これからも自分の生き方を通して、教えていくつもりだ。

interview by Shinichi Uehara
photo Getty Images Sport

Profile/プロフィール

先天性の四肢奇形。2004年に水泳に出会い、競技を始める。わずか1ヵ月半で4泳法を習得すると、2年後の世界選手権で3個の金メダルを獲得。2008年の北京大会では100m自由形など4種目で金メダル。ブラジルの旗手を務めた2012年のロンドン大会では6種目で世界新記録、金メダル。2016年に母国で開催されたリオ大会でも4個の金メダルを含む9個のメダルを手にしている。障がい別のクラスはS5/SB4/SM5。(2019.8追記)

 
name
名前
Daniel Dias
ダニエル・ディアス
国籍 ブラジル
生年月日 1988.05.24
競技名 水泳
主なパラリンピック成績 2008年
北京パラリンピック
100m自由形(S5)金メダル
200m自由形(S5)金メダル
50m背泳ぎ(S5)金メダル
200m個人メドレー(SM5)金メダル
50m自由形(S5)銀メダル
100m平泳ぎ(SB4)銀メダル
50mバタフライ(S5)銀メダル
4x50mメドレーリレー(20Pts)銀メダル
4x50m自由形リレー(20Pts)銅メダル

2012年
ロンドンパラリンピック
50m自由形(S5)金メダル
100m自由形(S5)金メダル
200m自由形(S5)金メダル
50m背泳ぎ(S5)金メダル
50mバタフライ(S5)金メダル
100m平泳ぎ(SB4)金メダル

2016年
リオパラリンピック
50m自由形(S5)金メダル
100m自由形(S5)金メダル
200m自由形(S5)金メダル
50m背泳ぎ(S5)金メダル
4x50m自由形リレー(20Pts)銀メダル
100m平泳ぎ(SB4)銀メダル
4x100m自由形リレー(34Pts)銀メダル
50mバタフライ(S5)銅メダル
4x100mメドレーリレー(34Pts)銅メダル

最終更新日:2019.08.20
【世界の超人】男子パラリンピック水泳史上最多24個のメダルを持つ最強スイマー、ダニエル・ディアス

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