フルセットの激闘を制して“生涯ゴールデンスラム”達成! 小田凱人が魅せたSHOW

フルセットの激闘を制して“生涯ゴールデンスラム”達成! 小田凱人が魅せたSHOW
2025.09.08.MON 公開

車いすテニス小田凱人が19歳で偉業を成し遂げた。9月6日(現地時間)、全米オープンの男子シングルス決勝で世界ランキング4位のグスタボ・フェルナンデス(アルゼンチン)と対戦し、フルセットの激闘を制して初優勝。四大大会とパラリンピックを全て制する“生涯ゴールデンスラム”を達成した。

観客を魅了した歴史的死闘

相手のサーブに合わせて、激しく、なおかつ精緻に、小田が左腕を振り抜いた。

次の瞬間、黄色の軌跡を描くボールは鋭くコートに刺さり、相手の横を抜けていく。一斉に立ち上がり、歓喜の声を上げる観客たち。

ただボールを打った本人は、相手の返球に備えるべく、次のモーションに移ろうとしていた。

立ち上がるスタンドの人々を見て、小田は初めて、自身の勝利を確信しただろうか。その場にラケットを落とすと、大きく息を吸い込み、身体の内の全てを吐き出すように咆哮を上げた。

いつもなら、そこからファンに笑顔で手を振るなど、歓喜の表出があるところ。だが、このときの小田は、慣性のままゆっくりコートを旋回する車いすの上で、両手に顔を埋め、肩を小刻みに震わせていた。

喜びが全身を駆け抜けたのは、今大会のダブルスパートナーでもあるフェルナンデスと固く抱擁を交わし、歴史的死闘を称え合った後だろうか。

コート中央に躍り出て、激しく車いすを旋回させると、車いすごと背中から倒れた。観客からは小さな悲鳴も上がったが、それはかねてより計画していた、パフォーマンス。

全米オープンを初制覇し、感情がこみ上げた

青いハードコートに大の字に倒れ、小田は「テニスを辞めた後も忘れないだろう」という日の景色を、目に焼き付けていた。

四大大会に加えパラリンピック金メダルも獲得する、“生涯ゴールデンスラム”の成就。19歳での達成は、車いすテニス史上最年少の記録である。

有言実行の生涯ゴールデンスラム

「大会が終わってから、後出し的に言いたくはない。有言実行でいきたいし、単純に『いける』という感覚もあるから、口にもできる……って感じです」

小田がそう言ったのは、シングルス1回戦後のことである。今大会で記録を狙うことは、ニューヨークに発つ前から公言してきた。渡米前に公開練習を行い、記録達成した際には、帰国直後に会見を行うことも発表された。

さらには全米オープン会場には、小田の所属先である東海理化の米国支社“Tokai Rika. U.S.A.”の人たちも、ミシガン州から駆けつける。

小田の記録達成に向け、何もかもが周到に用意されていた。その状況下でも小田は圧巻のパフォーマンスを発揮し、何事もないようにメディアにも応じる。そこにいるのは、いつもの自信に満ちた、小田凱人に見えた。

小田自身も周囲も、偉業達成のために着々と準備を進めた

初戦、2回戦と快勝し、準決勝では多くのブレークの危機に面しながらも、その多くを凌いで決勝へ。

記録達成への意識を問われても、小田は「全然まだ、実感が湧かない」とさらりと言う。
「特別感みたいなのは、いい意味で、一切ないです。意識していないので、逆に……いけそうだな」

力強い言葉と不敵な笑みを残し、小田は決戦の舞台へと向かっていく。唯一の小さな想定外は、決勝の相手が世界ランキング2位のアルフィー・ヒューイット(イギリス)ではなく、彼を破った、フェルナンデスだったことだ。

決勝は“力と力の真っ向勝負”

フェルナンデスは、鍛え上げた上体を活かし、鉈を振り下ろすようにボールを叩くパワーヒッター。プレースタイル同様に、性格も竹を割ったように実直だと聞く。小田も「良い人で、僕はすごく好き。試合していても潔いし、正々堂々と勝負できる」と、対戦を心待ちにした。

決勝は、今大会のダブルスパートナーであり、パワーヒッターのフェルナンデスと戦った

果たして試合は小田が望んだように、力と力の真っ向勝負となる。小田が、ボールを迎え撃ちスピードをパワーに変換して強打すれば、フェルナンデスはベースラインの後方に下がり、2バウンドまで許される車いすテニスのルールを利して、自身の剛腕を頼った。

一撃必中の武器を持つ両者の正面対決の帰結として、サーブもしくはリターンでポイントが決まる場面が目立つ。実際に試合を通じ、平均ラリーは2.72。僅かな打ち損じが、あるいは一瞬の判断の遅れがポイントを決する、緊張感に満ちた攻防が続く。両者セットを奪い合い、ファイナルセットのタイブレークという、最終局面までもつれこんだ。

10ポイント先取の、運命のタイブレーク。その最初のポイントで豪快なリターンウイナーを決めたとき、小田は「身体が動く! これでいける」と直感したという。ただその好感触が続かなかったのは、覚えた重圧のためだったろうか。小田は4-1とリードするも、その後はフェルナンデスのサーブにタイミングが合わず、逆にセカンドサーブを狙われる。たちまちスコアは、6-9。相手の3連続マッチポイントという、絶体絶命の窮地に追い込まれた。

後に小田はこの場面を、「よく覚えていない」と振り返る。ただひたすらに自分に言い聞かせたのは、「練習を思い出そう」だったという。まずは5本のラリー交換の末に、バックのダウンザラインでウイナー。続くポイントは、フォアのストレートへのウイナー。さらに続くサーブで追いつくと、己を鼓舞するように、二度叫んだ。

そして迎えた、この日2度目のマッチポイント――。小田の一打が、両雄の真っ向勝負にピリオドを打つ。それはこの日、小田が決めた、16本目のリターンウイナーだった。

全米の決勝は、歴史的な激戦となった

優勝会見で明かしたプレッシャーと次なる目標

メインインタビュールームで行われた優勝会見で、小田はこのとき、初めて抱えてきたプレッシャーを明かした。

「”見せたい自分“を、自分で全部作り上げてきた。勝たなければそれが全て、パーになるかもしれない。試合中にも、一瞬でもそういう思いが頭をよぎったのは、やはりプレッシャーがあったのかなと思います」

安堵と気恥ずかしさが混じる、小田が公の場では滅多に見せない、19歳の青年の素顔。それでも、「ここから先のモチベーション」を問う声に、彼はいつもの凛とした表情で答えた。

「スタジアムでプレーしたい。見に来た多くの観客を、喜ばせる自信がある。車いす選手がスタジアムでプレーするのが普通になるときまで、僕の旅は終わらない」――と。

ライター 内田暁
2006年からテニスの四大大会などを取材し、テニス専門誌『スマッシュ』などに寄稿。著書に『錦織圭リターンゲーム』(Gakken)『勝てる脳、負ける脳』(集英社)。

edited by TEAM A
photo by AP/AFLO

『フルセットの激闘を制して“生涯ゴールデンスラム”達成! 小田凱人が魅せたSHOW』

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