誰もが楽しめる2050年の街ってどんな街? 未来都市へのヒント

誰もが楽しめる2050年の街ってどんな街? 未来都市へのヒント
2020.05.01.FRI 公開

2050年といえば、現在30代半ばの人たちが高齢者と呼ばれる年齢に達し、令和生まれの子たちが親になりはじめる頃。今、自分に関係ないと思っていることが2050年に大きな悩みになっている可能性も十分にあり得る。 30年後も楽しく暮らすために、今、やるべきこと、今からはじめられることはないか……。ユースカルチャーの発信地である渋谷を福祉の街にしようと企むNPO法人ピープルデザイン研究所の須藤シンジ氏に、未来のまちづくりのヒントを教えてもらった。

未来を生きる「若者世代の価値観」がキーになる

2012年に創立した特定非営利活動法人ピープルデザイン研究所の代表理事、須藤シンジ氏。「ピープルデザイン」という新たな概念のもと、障がいの有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや、各種イベントをプロデュースしている。

――― はじめに、須藤さんが未来の2050年に向けて、新しいまちづくりに必要、と考える『ピープルデザイン=気持ちのデザイン』という考え方について教えてください。

須藤シンジさん(以下、須藤):古くはノーマライゼーション(※1)、最近ではダイバーシティやインクルージョン(※2)といった言葉が盛んに使われてきましたが、日本の社会に根強く残る“心のバリア”や“意識のバリア”のせいで、いまだにそういった概念が受け入れられる社会に至っていません。その証拠に、どうしたら心のバリアフリーが実現できるかという方法論は、何十年も前からずっと同じようなことが唱えられていますよね。 そこで僕たちは、実体験を通して心のバリアフリーをクリエイティブに実現する方法を『ピープルデザイン』と提唱し、ワクワク・ドキドキするような場面の中で、マイノリティとマジョリティが混ざり合う空間を創り出しています。そしてこれが、未来のまちづくりにつながると考えているのです。
※1 ノーマライゼーション: 障がいのある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す理念(厚生労働省HPより)
※2 ダイバーシティ、インクルージョン: ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。

――― なるほど。では、須藤さんの考える理想の未来とはどんな未来でしょうか。

須藤:既存の常識や考え方にとらわれず、年齢、国籍、性別、身体、障がいの有無などに関わらず、違いのある人たちが自然に楽しく混ざり合っている状態が当たり前の世界。誰もが楽しく笑って暮らせる、そんな未来のために、心をデザインする活動を続けています。

――― ちなみに、日本で“心のバリアフリー化”が進まない背景には何があると感じていますか。

須藤:国の中枢にいる人の多くが、「障がい者と健常者が分かれているのが当たり前」と考える世代の人だということではないしょうか。僕自身もその世代に入るのですが、古い日本の価値観を重じている世代が日本を牛耳っていたら、若い世代の人たちも未来に希望が持てないですよね。20年ほど今の活動を続けてわかったことですが、中高年世代の価値観はなかなか変わらない……。だから私たちの活動は、これから親となる若い世代をターゲットにしています。

マイノリティに対する無知を『知』に変えよう

東京渋谷で2014年から毎年行われているピープルデザイン研究所主催、渋谷区他共催の『2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展』(通称:超福祉展)。従来の福祉の枠に収まらないアイデアやデザイン、テクノロジーを誰でも身近に感じることができる展示・体験ほか、さまざまなバックボーンを持つプレゼンターによるシンポジウムやワークショップが開催されてきた。最終回となる2020年の超福祉展は、9月に渋谷ヒカリエ他にて開催予定。

――― ピープルデザイン研究所の具体的な活動内容を教えてください。

須藤:大きく分けると「モノづくり」、「コトづくり」、「障がい者のシゴトづくり」、「ヒトづくり」の4つの領域で活動しています。 「モノづくり」は、文字通り物を作ることですが、例えば、「街中で困っている人がいたら、私手伝います!」という意思を持った人に、そのサインとして着用してもらう『コミュニケーションチャーム』。8年前に「障がい者のシゴトづくり」を取り入れながら開発した商品で、全国のセレクトショップなどで販売しています。現在は製作過程の一部を『超時短雇用』として、精神障がいのある方に時給1100円をお支払いして作ってもらっています。

『超短時間雇用』は、東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫准教授が開発された、障がい者の新しい働き方のモデルです。現在の障がい者雇用率制度では労働時間が週20時間以上ないとカウントされないため、長時間働けない障がい当事者は仕事を見つけることが難しいんです(2020年3月現在 ※3)。そこで、週1回2時間でも働ける場を、チャームの製作を通じて生み出しています。
※3 2020年の4月から障害者雇用促進法が改正され、週の所定労働時間が10時間以上20時間未満の障がい者に対する支援として、雇用する事業主に給付金が支給されることになり、雇用に繋がりやすい改善も行われている。

写真のチャームは最新バージョンのもの。言葉が通じなくても、指差しで対話できるよう、困った時に良く使うという6つをアイコン化したファッションアクセサリー。
©︎NPO法人ピープルデザイン研究所

すでに大手通信会社などでは障がい当事者の超短時間雇用が取り入れられていますが、さらなる労働の機会を創出するため、障がい当事者と企業や地域をマッチングさせる作業を現在進めています。また、2014年には神奈川県川崎市と包括協定を結び、『ピープルデザイン』の考え方を活用したD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)なまちづくりを行っています。その中でもシゴトづくりとして、Jリーグの川崎フロンターレやBリーグの川崎ブレイブサンダースの試合会場で市内の障がい者の方々に運営スタッフとして働いていただく、『就労体験プロジェクト』なども実施しています。

心のバリアが生まれる理由は、純粋にマイノリティの方々と接触する時間や経験が少ないからだと思うんですよね。“無知”の裏側にある“恐怖”が心のバリアの真因じゃないかと思います。なので、障がい当事者の方々には、人目につかないバックヤードではなく、誰もが行く場所、みんなが憧れる”晴れの舞台”で働いてもらって、マジョリティと呼ばれる人たちと混ざり合って、一緒に過ごしてもらいたい。障がい当事者の方々も普段とは逆の立場の“もてなす側”になることで、地域や社会の一員であることを強く認識できると考えてます。

――― マイノリティと言われる人と、マジョリティと言われる人が一緒の時間を過ごすことで、互いへの誤解や恐怖心がなくなる。つまり心のバリアがなくなるということですね。

須藤:そう簡単には実現できないと思いますが、まずは、障がい者が働くことが当たり前の光景にするために、地道に活動を続けています。

Jリーグ 川崎フロンターレでは、2015年からは全ホームゲームで『就労体験プロジェクト』を実施。毎試合、10名前後の障がい者やひきこもり、ホームレスの方々が運営スタッフとして活躍し、2万人以上のサポーターを迎えている。©︎NPO法人ピープルデザイン研究所

――― 「コトづくり」とは、どんなことですか。

須藤:イベントやサービスを「コトづくり」と呼んでいます。代表的なのは、『超福祉展』です。他にも、LGBTQの啓発イベントとして映画上映会を行い、当事者を招いたトークセッションを行ったりもしています。さらに、子育て中のお母さん達の課題解決プロジェクトや、国内外の大学生を国際交流させながら、認知症の方々の課題を解決するプロジェクトなども行っています。

――― モノ、コト、シゴト。これらすべてが「ヒトづくり」につながるということでしょうか。

須藤:そういうことだと思います。モノ、コト、シゴトづくりのすべてを習慣にすることで、市民一人一人の意識が醸成されていく。これらを当たり前のこととして、どこまで日常に落とし込めるかというのが要になると思います。全世界を変えられなくても、我々が住んでいる場所や働いている場所だけでもいい。普段暮らしている時間と空間の中で、自然と意識が変わっていったね、という事後的な空気を創っていくことが大切だと思っています。

思い切って、“視点を変える” 必要がある

超福祉展で行われた、最新のモビリティに乗って渋谷の街中をめぐる「モビリティーツアー」。写真は第1回目の2014年の様子。©︎NPO法人ピープルデザイン研究所

――― 最速で日本の未来を明るくするためには、若い世代と中高年、それぞれがどんなことを実践したらいいと思いますか?

須藤:誤解を恐れずに言えば、中高年の価値観は未来では通用しない可能性が大きいです。いまだにLGBTQの結婚が認められていないけど、批判している人の多くが中高年ですよね。それに対して今の若い世代は、我々が想像もできないくらい魅力的な視点や感覚を持っているケースがある。今、意識すべきなのは、現役世代のためだけの国づくりではなく、未来のための国づくりであり、中高年の人はもっと若い世代の声に耳を傾けるべきだと思います。

そして、可能性のある若い世代の方々には、数年でもいいので海外で暮らして、日本以外の場所から日本を見てほしい。世界的な物差しで日本を見たら、日本の素晴らしさや不都合な現実を前向きに知ることができるだろうし、具体的な解決策を見つける最初の一歩につながっていくのではないかと思います。

僕自身も、1年の内1/3くらいは海外を軸に活動しています。僕らが提案しているピープルデザインという概念やその具体的な取り組みの方法論は、海外の大学や企業、あるいは国民一人一人が主体的となってサステナブル(持続可能)な未来をつくろうとしている地域の人々に参考にしていただくことが非常に多いんですよ。例えば、イノベイティブなSDGsのモデルケースとしてウィーン国際センターの基調講演に招かれたり、ヘルシンキ大学やオランダのデルフト工科大学、ニュージーランドのワイカト大学で、先端研究所のコンセプトにピープルデザインを採用していただいたりしています。

――― 須藤さんは以前、ユニバーサルデザインを意識していないというようなことをおっしゃっていましたが、その理由をぜひ教えてください。

須藤:もちろん、障がい当事者の中には、ユニバーサルデザインであったほうがいい、ユニバーサルデザインのものを選びたいという人は当然いるし、私たちもユニバーサルデザインのものづくりが活発化していくということには全く異論はないんです。でも、私たちの活動の目的は、違いのある人たちが混ざっている状態が当たり前の未来なので、段差をなくすより、段差があっても通りすがりの人が手を貸せるような街になるよう喚起していきたい。だから私たちは、「ユニバーサルデザイン」ではなく「ピープルデザイン」なんですよ。

どんなに強く言葉で訴えても、人の意識や行動を変えるのは容易ではない。しかし、習慣化することで気づかないうちに意識が変わり、当たり前のこととして受け入れられるようになれば、意外と早くダイバーシティやインクルージョンな未来が実現できるはず。30年後、自分だけでなく、家族や仲間たちが楽しく暮らせる街にするため、今からできることをこっそりとはじめてみるのもいいかもしれない。

PROFILE 須藤シンジ
次男が脳性麻痺で出生したことを機に、福祉の世界に目を向け、自身が能動的に起こせる活動の切り口を模索するにようなる。’00年には長年勤めていた会社を辞め、マーケティングコンサルティング会社フジヤマストアを設立し、’02年からソーシャルプロジェクトのネクスタイド・エヴォリューションを開始。「ピープルデザイン」という新たな概念のもと、障害の有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや、各種イベントをプロデュース。’12年に特定非営利活動法人ピープルデザイン研究所を創設。
http://www.peopledesign.or.jp/(外部サイト)

text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by NPO法人ピープルデザイン研究所

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『誰もが楽しめる2050年の街ってどんな街? 未来都市へのヒント』