パラスポーツにかかわる仕事、どんな職業があるの? ~高度な知識や技術を活かして選手をサポートする専門スタッフ編~

パラスポーツにかかわる仕事、どんな職業があるの? ~高度な知識や技術を活かして選手をサポートする専門スタッフ編~
2020.11.30.MON 公開

実際にパラスポーツの大会や日本代表チームで活躍している方々の仕事内容や、現在の職に就くまでの道のり、必要な資格などについて、2回にわたって紹介するシリーズ。今回は、高度な専門知識や資格、技術を活かして、選手をサポートする専門職を取り上げます。

※前回記事「競技や選手に直接関わる団体職員編」はこちら

一生、勉強。でも、その先に選手の笑顔がある

障がい者スポーツトレーナー
藤川明代さん
一般社団法人 日本車いすラグビー連盟
日本代表チームトレーナー

理学療法士の藤川明代さんが車いすラグビー日本代表チームのトレーナーとして活動するようになったのは、理学療法士を養成する専門学校 社会医学技術学院に勤め始めた8年前のことだという。

「もともとプロバスケットボール選手を目指していましたが、高校生のときにケガで断念。そこで選手をサポートする立場になりたいと理学療法士になり、10年間、臨床現場や理学療法士の養成校で教員を経験した後、現在の職場に入りました。上司にスポーツと関わることがしたいと相談したところ、紹介してもらったのが車いすラグビーのトレーナーです。以来、練習や試合、遠征などに同行するようになり、現在に至ります」

障がい者スポーツのトレーナーになるには、トレーニングの勉強はもちろんのこと、疾患への理解が欠かせない。その点、藤川さんは理学療法士としての知識と経験が活きていると語る。

「理学療法士は、治療困難な患者さんと一緒に疾患に立ち向かう仕事です。患者さんやそのご家族にありがとうと言われる瞬間はとてもうれしいですし、治療が成功した時の喜びは格別です。一方で、必ずしも全員がよくなるというわけではないので、毎日考えたり工夫をしたりする必要がありますし、悩むことも多いです。患者さんや疾患ごとに対応は異なるので、常に勉強ですが、それは患者さんの人生を預かっているので必要なことです」

藤川さんはトレーナー活動に対する報酬も得ている。しかし金額は決して大きくなく、それだけで生活していくことは難しいと明かす。それでも続けているのは、やりがいが大きいからこそだ。

「トレーナーはチームの中で主役ではありませんが、対応している選手が世界の舞台で輝きキラキラしている姿を見たり、良い結果が出たときは自分のことのようにうれしいです。また、日々選手たちに関われることに心から感謝しながら、トレーナー活動をしています。勉強は一生続くので、目指すならしっかり覚悟をもって臨んでいただきたいです。ただ、勉強をした先には選手の笑顔があります。その笑顔を見るために一緒にがんばりましょう」

【所有している資格】
理学療法士、中級障がい者スポーツ指導員、障がい者スポーツトレーナー

【おすすめの資格や学問など】
解剖学・運動学・生理学などの基礎医学

一人ひとりに合わせたモノづくりは、挑戦の連続

義肢装具士
藤田悠介さん
公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター
義肢製作課 主任・研究員

四肢の切断者などが使用する義足・義手。義肢装具士は、日常用のみならず、そのスポーツ用も手がけており、義足・義手を一人ひとりの状態に合わせて製作したり、よりフィットするよう調整したりする。義肢装具士になるには、大学や専門学校などの義肢装具士養成校を卒業し、国家試験を受験、合格する必要がある。

多くの義足・義手アスリートを支えていることで知られる鉄道弘済会で働く藤田悠介さんが義肢装具士を目指したきっかけは、兄の交通事故だった。

「私が高校2年のとき、兄が交通事故で両足を切断したことから、初めて義足というものを知りました。その後、義足について調べていく中で義肢装具士の存在にたどり着きました。幼いころから物を作るのが得意で、いつかモノづくりの仕事がしたいと思っていたこともあり、義肢装具を作るという仕事に魅力を感じました。同時に兄の役に立ちたいという思いもあり、義肢装具士の養成校に進学することにしました」

ちなみに「兄」とは、後に自転車競技でパラリンピック3大会連続メダルを獲得した“両足義足の鉄人”藤田征樹だ。

藤田さんは無事、資格を取得して義肢装具士となった。やりがいは大きいと語るが、一方で大変さがあるとも明かす。

「この仕事の難しさや大変さは、一人ひとりに合ったものを作らないといけないところにあると思います。でも、そのために様々な挑戦をしていくところに楽しさを感じます」

試行錯誤を繰り返すわけだが、そこにはかなりの想像力も必要と語る。しかし、それこそモノづくりの醍醐味だろう。

「過去の経験が思わぬところで活きてくるので、とにかくいろいろなことにチャレンジしてみるといいと思います。患者さんの人生に関わっていく仕事でもあり、人同士のつながりを大切にしながら、一緒に成長できるのも楽しいです。モノづくりが好き、人との関りが得意な人はぜひ一度、見学に来てください」

【所有している資格】
義肢装具士

【おすすめの資格や学問など】
経験は想像力の源泉! さまざまなことへのチャレンジで培った経験

特別支援学校の部活顧問として、パラアスリートを育てる

特別支援学校教諭
富士原裕三さん
北海道美深高等養護学校あいべつ校 教諭

多くのスポーツ同様、パラアスリートが競技に本格的に取り組むようになるきっかけの一つに、学校の部活動がある。北海道美深高等養護学校あいべつ校教諭の富士原裕三さんは、同校の運動部顧問として、クロスカントリースキーを中心に指導している。

「特別支援学校の部活動は、卒業後の生活の充実につなげるために行っているとのイメージがあるかもしれません。しかし、当校は高体連にも登録し、地区大会(陸上競技)にも出場しています。また陸上競技、水泳、卓球では全国障害者スポーツ大会に毎年、北海道代表を送り込んでいます。クロスカントリースキーでは、2018年、2019年の世界選手権の日本代表に選出されるなど、本格的に活躍している生徒が大勢います。地域から大きな支援をいただいていることもあり、かなり活発に部活動に取り組んでいます」

部活動の顧問の役割も幅広い。富士原さんは、競技の技術指導を基本に、年間の指導計画、大会参加に伴う計画及び参加申し込み・引率、選手のメンタル的なサポート、保護者対応、地域スポーツ関係団体などとの連携構築などを担っている。

「特別支援学校の部活動の顧問という仕事は、普通高校のそれとはイメージが異なるかもしれません。ただ、まだまだ発展途上なので、顧問や学校の考え方によって大きく変えられる部分があり、やりがいを感じる方もいると思います」

富士原さん自身は、クロスカントリーでのインターハイに出場した経験を持つ。高校時代の部活の顧問の先生は、人生に大きな影響を与えるような指導をしてくれたそうだ。その先生のように富士原さんもスポーツを通して学んだことを多くの人に伝えたいと、体育の教師を目指し仙台大学体育学部に入学。大学でもクロスカントリーでインカレに出場するなど活躍しながら、教員免許取得に向けて勉強に励んだ。

そして、30歳で正式採用となり、最初に赴任したのが北海道美深高等養護学校だった。同校はクロスカントリースキーが盛んで、長野パラリンピックのクロスカントリースキーIDクラス銀メダリスト安彦諭(あびこさとる)を輩出している。ここでの出会いが、現在まで続く富士原さんの活動の出発点となった。

「同校には当時、日本代表チームのコーチを務めていた今野征大先生が在籍されていました。そのご縁で、私も学校の活動に加えてパラノルディックスキーの活動に関わるようになり、現在は、日本障害者スキー連盟・ID(知的障がい)クラスのコーチとして選手育成、普及活動にも取り組んでいます」

現在は、富士原さんが指導した6名の生徒が日本障害者スキー連盟の強化指定選手として活動中という。また、学校の部活動では、新たにZoomを使ってのオンライントレーニングに挑戦し、手ごたえを感じているという。

「ノルディックスキーのIDクラスが(冬季)パラリンピックに復活できたときに自分の指導している選手が出場できることを夢見ながら、選手たちと日々、楽しく活動できていることが最大の喜びです。たくさんの経験や人とのつながりが教諭になったときの強みになります。勉強は絶対必要ですが、アルバイトやボランティアなどの人生経験や人とのつながりも大切にしてほしいと思います」

【所有している資格】
中学校教諭一種免許(保健体育)、高等学校教諭一種免許(保健体育)、特別支援学校教諭二種免許(知的障がい)、障がい者スポーツ指導員(初級)

【おすすめの資格や学問など】
教諭免許、障がい者スポーツ指導員

栄養面から、選手のパフォーマンスを支える

スポーツ栄養士
内野美恵さん
東京家政大学 ヒューマンライフ支援センター 准教授

だれにとっても、食生活は健康の基本。一般の人より運動の量も強度も高いアスリートとなると、その重要性はさらに増す。パフォーマンス向上を目的に食事をすることを「食トレ」ということがあることからも分かるように、必要な栄養をいつ、どのように、どのぐらい摂取するかが、パフォーマンスを大きく左右するからだ。これをスポーツ栄養といい、その専門知識を駆使してアスリートを支える仕事への注目度も高まっている。

管理栄養士・公認スポーツ栄養士として活動する内野美恵さんは、1995年から25年にわたりパラアスリートに栄養指導を行っている。必要な栄養は選手や状況により異なるため、一人ひとりに寄り添うことを大切にしているという。

「選手とコミュニケーションを図りながら、まずはその選手が抱えている課題を抽出し、その解決のために必要なことを、栄養面を中心にアドバイスするのが主な仕事です。そのアドバイスを選手が実践し、何らかの成果につながったときは大きな達成感を感じますし、さらにその達成感を選手と共有できるところにやりがいを感じますね」

内野さんが現在の仕事を目指すきっかけは、高校時代の気づきにあったという。

「高校生のときに『食べることは人を元気に、健康にすることができる』と気づき、栄養学を学び仕事にしたいと思ったことが現在につながっています。中学や高校の運動部でがんばった経験からトレーニングの厳しさに共感できることが、現在の指導に役立っています」

内野さんは現在、東京家政大学でスポーツ栄養や食育について教鞭をとったり、大学の社会連携のコーディネートも担っている。

「スポーツ栄養だけで仕事をすることはまだまだ難しいといわざるをえません。でも、パラアスリートを食事面で支えるニーズは確実に高まってきています。視野を広げ、栄養サポートを必要としている人と出会える機会を積極的に作ってください」

【所有している資格】
管理栄養士、公認スポーツ栄養士

【おすすめの資格や学問など】
トレーニングの厳しさを共有できる! 中学・高校の運動部でがんばった経験

リハビリの現場で働きながらパラスポーツに携わる

作業療法士
柴田佑さん
神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーション部
職能科 兼 作業療法科 技師

パラスポーツの現場で活躍しているスタッフの職業のうち、理学療法士と並んでよく耳にするのが、日常生活に欠かせない手指の細かい動作などのリハビリテーションを行う作業療法士だ。

リハビリテーション専門病院に勤務する柴田佑さんは、ウィンタースポーツのアルペンスキー(チェアスキー)などに携わっている。

「作業療法士になるために入学した大学の掲示板で障害者スキー普及講習会(日本チェアスキー大会)のポスターを見て、その大会に参加したことがパラスポーツとの出会いです」

その大会で柴田さんが出会ったチェアスキーヤーの多くは、下肢切断や脊髄損傷、頚髄損傷などで、日常生活動作(ADL)を自分で行うのはもちろん、仕事に就くなど社会参加もしていたという。

その後大学に戻り、現在勤務している病院で2ヵ月間の臨床実習を経験。受傷後、急性期病院を経て転院してきたものの、まだ一人で寝返りもうつことも難しく、食事を摂るにも介助が必要な患者を見学・担当したことで、チェアスキーヤーたちの来し方を想像したという。

「速ければ時速100㎞にもなるチェアスキーを乗りこなす人でも、受傷してからその域に至るまでには同様に厳しい道を進んできたのだろうなと感じました」

チェアスキー大会とその後の臨床実習での経験から、重度の身体障がい者であっても、趣味のスポーツをしたり仕事に就くといった社会参加や自己実現ができることを目の当たりにした柴田さん。そうした知識や体験を活かしながら患者に携わりたいと、就職先も決めたという。

作業療法士として患者を支援するには、一人ずつ異なる障がいや性格を把握し、それに応じたサポート方法を工夫することが必要で、そこに難しさがあるというが、やりがいも大きいと語る。

「受傷により身の周りのことが満足にできなくなり、自信を無くしてしまっているからか、入院初期の患者さんから『○○をやってみたい』といった自発的な言葉はあまり聞かれません。でも、リハビリが進み、『○○をやってみたい』という言葉が聞かれると、心境にポジティブな変化があったんだなあとうれしくなります。また、患者さんが目標を達成し『○○ができるようになりました』と報告してくれたり、積極的な言動が増えたりすると、やりがいを感じます」

柴田さんは、物心がつく前から現在に至るまでスキーを楽しんでいるスキー愛好家で、小学4年生から高校3年生までは硬式野球、大学生時代はサークル活動でバドミントンやバスケットボール、軟式野球など多くのスポーツに親しんだスポーツマンでもある。野球をしていたころに肩や膝、腰などを痛め、リハビリをしながら野球を続けているうちに、「自分もリハビリの道に進みたい」と進路を決めた。こうした経験のすべてが作業療法士として仕事をする上で財産になっていると実感している柴田さんは、自身の経験をもとにアドバイスを送る。

「趣味やスポーツ、アルバイトなどの様々な経験が、リハビリ対象者の社会参加や自己実現をサポートするためのヒントになるかもしれません。ですので、学生のうちからいろいろな経験を積み、引き出しの多い作業療法士になっていただきたいと思います」

これは学ぶ内容についても同じだ。

「身体機能の向上を目的とする知識や技術だけでなく、障がい者福祉にも目を向けてみてください。そうすれば、入院中だけでなく、退院後の社会生活も視野に入れた支援ができるようになるかもしれません」

【所有している資格】
作業療法士、福祉住環境コーディネーター2級

【おすすめの資格や学問など】
障がい者福祉

ほかにもドクターやコーチなど、パラスポーツに関わる職業はたくさんあります。とはいえ、関連する知識や資格を身につけても、すぐにパラスポーツに関われるというわけではないかもしれません。しかし、専門知識や技術を極めるうちに、チャンスが訪れる可能性は十分にあります。パラスポーツに役立ちそうな職業や資格を見つけたら、ぜひチャレンジしてみてください。

text by TEAM A

パラスポーツにかかわる仕事、どんな職業があるの? ~高度な知識や技術を活かして選手をサポートする専門スタッフ編~

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