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元ラグビー日本代表メンタルコーチが明かす「勝てないのは〇〇がないから」

元ラグビー日本代表メンタルコーチが明かす「勝てないのは〇〇がないから」
2021.02.04.THU 公開

2019年、日本はラグビーに沸いた。それはラグビー・ワールドカップが日本で開催されただけではなく、日本チームが史上初のベスト8入りを果たしたことも人々の興奮を盛り上げた大きな要因である。ところで、そんな日本チームの強さの芽はすでに4年前の2015年にも見られていた。エディー・ジョーンズヘッドコーチ(当時)の依頼でチームのメンタルコーチに就任したスポーツ心理学者の荒木香織氏は、選手達を心理面からサポートし、その活躍に大きな貢献をした。そんな荒木氏に「勝つ」ためのメンタルの鍛え方について伺う。

勝てないのは“大義”がないから

スポーツ心理学者。大学での教育・研究活動のほか、最新の科学的知見を取り入れたメンタルのトレーニングプログラムやセミナーを、アスリートやアーティスト、そしてビジネスパーソン等に提供している

荒木香織氏は、自身も中・高・大学・社会人と陸上競技選手として活躍。地域ではトップクラスの選手だったが、大きな大会になるとなかなか結果が出せなかったのだという。その後、高校の教師の職を経て、アメリカに留学。「スポーツ心理学」に出会う。その成果は前述のラグビー日本代表チームの活躍が示すとおりだ。

「強い選手、チームはもともとメンタルが強いと思われがちですが、そんなことはありません。メンタルは鍛えられるもの、つまりスキルなんです。私も、アスリート時代に、メンタルの鍛え方を知っていたら、もっといい結果を出せたかも知れない。でも、どうしてもスポーツの現場では、フィジカルなところにばかり目がいって、メンタルのことは軽視しがち。目に見えないものにはお金を使うという習慣が日本にはないからかもしれませんが」(荒木香織氏。以下同)

荒木氏はまず結果をだすために一番重要なのは「目標」だと言う。でも、目標なら、誰だって持っていると思う人は多いだろう。次の大会で勝つ、何が何でも相手を倒す、などなど。しかし、実はそれは監督やコーチに言われたことであったり、チーム全体の目標であったりして、本当の自身の心の底から湧き出た目標ではないのではないか。

「結局、現状を知ることからしか、何も始まらないんです。周囲に何を言われようが、自分が本当にしたいのは何なのかを知る必要があります。そのためには自分自身を知らなければいけないし、なぜそれを目指すのか、きちんと考えなければいけない。そして自分が本当に目指したいこと“大義”を見つけることが大事なんです。そこが欠落していると、目指すところがブレてしまい、結局コーチの言ったとおりにやったけど目標達成できませんでしたで終わってしまうんですよ」

“大義”とは、スポーツのシーンでは使いそうにない言葉だが、選手に目標設定の重要さを説明する際に、なかなか伝わらない。どうしたら本物の目標を掲げてくれるんだろうと思ったときに浮かんだ言葉なのだという。

「パフォーマンスを上げるのは、まず“大義”を据えること。夢と言ってもいいんですが、夢だと達成できないイメージですよね? 大義はある程度、達成する可能性の高いものの方が良いので、自分がそこに到達できそうだと想像できるものを設定すると良いです」

“考えること” がメンタルを鍛えるスキル

大義を据えることができたら、次はどのようにそこにアプローチすればいいのかを考える必要がある。

「スポーツ界は、ただ、がむしゃらに頑張れ頑張れと言う傾向がありますよね。もちろんみんな頑張っているんです。これ以上頑張れないという人もいるでしょう。それは目標やそこへの道筋が大雑把だからなんです。自分は現在どういう状況にいるのか、できないことは何で、何ができているのか。自分の長所、持ち味などを知って、どういうアプローチの方法があるのか。それらをすべて“見える化”する必要があります。そのためには、自分の記録を付けることも重要ですね」

アスリートは練習日誌のようなものを付けていることが多い。どんな練習をどのぐらいしたか、食事の内容や体重などを記録するのが通常だが、それだけでは自分を知ることはできず、目標達成にはどんなアプローチが自分には適しているのかがわからないのだ。

「今日は誰と何を喋ったか、こうしたときに勇気が出た、不安がなくなった…というようなことも記録しておくんです。そうすると、どういったときに自分のパフォーマンスがうまくいった、こうするとダメだったということがわかると思います。そこで、じゃあ明日自分は何をすべきかがわかってくる。そうやって目標を見える化して細分化すれば、ただ漠然と練習しているんじゃなくて、何のための練習かがわかってくるので、より目標達成に近づくというわけです」

話をうかがっていると、とにかく「考える」というキーワードが多い。身体を動かすだけではなく、頭を働かせることも、重要なポイントであるようだ。

「判断すること、考えることなしにスポーツは成り立ちません。身体は勝手に動いているわけじゃないですからね。思考力、判断力、コミュニケーション力を鍛えるのも、メンタルのトレーニングのひとつ。けれども、今まで考えることを軽視する傾向があったんじゃないかとも思いますね。ただ、がむしゃらに頑張れと言い、できないと体罰。それじゃあ良い結果が出るわけがない。もっと科学的なアプローチをすることが大事です」

自信がないならある“ふり”をすること

大義を明確にし、そこに到達するために目標を細分化し、効果的なアプローチを考える。しかし時にはなかなか結果が出ずに、心が折れそうになることもある。そんなときはどうしたらいいのだろうか。

「端的に言えば、できないことはやめたらいい。違う目標に変えればいいんです。日本人は目標を立てることは好きだけれども、それを変更することはあまりしない。達成できなかったらダメと否定しますが、そもそも目標の立て方が間違っていて達成できないこともあるんですから。なかなか目標に近づきそうもないと思ったら、目標を変える。ちょっと頑張れば達成できそうな目標にする。目標の達成を繰り返すことで自信につながると思います」

試合中などの場面において、自分ができないと思うと、自信を喪失し、さらに思い切ったパフォーマンスができなくなるという悪循環に陥りがちだ。そんな悪循環を断ち切るための、何か良い方法はないのだろうか。

「スポーツの分野に限らず、試合やプレゼンなど、評価をされる場面において自信が持てないと言う人は結構いますよね。いろいろなことが気になって仕方がない。だからつい俯きがちになってニコニコ笑うこともない。どうせだめだろう、負けるだろうと思っていたら、絶対にうまくいくわけがないですよ。スポーツ心理学で“自己呈示”という言葉があるんですが、それは自分をどう周囲に呈示するか、どのように見せるかということ。それもスキルのひとつと言われています。自信ということで言えば、自信があるふりをする。そうすれば、周囲には『ああ、この人は自信があるんだ』と伝わります。」

自信があるふりをして、自分がよい状態でパフォーマンスができる環境を作る。一方で、試合前や試合中など突然不安に押しつぶされそうになったり、プレッシャーによる緊張やストレスで思うように行動できないこともあるのが人間だ。

「そんなとき私は、3Rの実行を提案します。3Rとはリアクト(気づき)、リラックス、リセットのRから始まる3つの言葉です。自分は何を不安に思っているのかに気づき、リラックスして気分をリセットする。このときも、先ほど言った、自分のことを知っていることが大前提で、自分は試合中のどんなときにストレスを感じ、どうすればリラックス・リセットできるかがわかっていれば、3Rを生かすことができるわけです」

ビジネスにも効果を発揮するメンタルの鍛え方

ここまでずっとスポーツのこととして荒木氏の話を聞いてきたわけだが、ふとこれはもしかしてビジネスシーンでも同じことが言えるのではないかと思い至った。コーチや指導者は会社の上司だし、チームメイトは同僚、目標は会社のそれと考えれば、荒木氏の言葉は何ら違和感がない。

「実は、メンタルのような目に見えないことは、日本のスポーツ界では今でもなかなか重要視されていません。そんなことわかっていると、選手のパフォーマンスの背景にあるものを知ろうとしない傾向があります。一方で、ビジネスの分野や舞台の上でパフォーマンスをするような人たちから話を聞かせてほしいということが多いんです。それでビジネスの場でリーダーシップを発揮するにはどうしたらいいかをテーマに本も書きました」

たしかに、会社の上司として部下たちのパフォーマンスの向上を狙おうとするなら、今まで荒木氏に聞いたようなスキルを行使して、一人ひとりのメンタルに働きかけることで大きな効果が出そうだ。

「よくビジネス書とかで“人を動かす”みたいなことが言われてますけど、部下にしてみたら、なんであなたに動かされなきゃいけないの?ってことになりますよね。それでは限界があるんです。どれだけ人の気持ちを理解して、その気持ちをあげてあげられるか。それが重要なのに今いろいろなところで足りていない点だと思います」

目標も上司が、会社が言ったからではなく、一人ひとりの“大義”にすること。そうすれば、みんなが自分事として邁進することができる。“大義”はこんなコロナ禍の時代にも、いや、だからこそ響く言葉かもしれない。

スポーツ心理学者として大学で教えたり、メンタルトレーニングコンサルタントとして働きながら研究を続ける荒木氏の最近のテーマは、「レジリエンスと環境」なのだそうだ。例えば、自分の感情のコントロールができる指導者ほど選手のメダル取得数が多いのだという。選手の感情のコントロールではなく、指導者の感情のコントロールというところが大変興味深い。これもまたビジネスシーンでも言えることなのだった。

Text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
Photo by Getty Images Sport, Shutterstock

PROFILE 荒木香織(あらき・かおり)
スポーツ心理学者。園田学園女子大学人間健康学部教授。博士(スポーツ科学)。中高大学在学中および社会人1年目までは陸上競技短距離選手。スポーツ心理学を学び、米・ノーザンアイオワ大学大学院で修士、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校で博士課程を修了。エディ・ジョーンズHDに請われて、2012~15年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。著書に『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社プラスアルファ新書)、『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(講談社)がある。

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