スポーツで頭がよくなる? 最新脳科学が解き明かした、スポーツと脳の意外な関係

スポーツで頭がよくなる? 最新脳科学が解き明かした、スポーツと脳の意外な関係
2021.04.15.THU 公開

近年、脳科学の研究が急速に発展し、運動が集中力や記憶力を高め、勉強や仕事のパフォーマンスを上げるということが分かってきた。そんな運動と脳の関係性に注目し、「運動すると頭がよくなる」のフレーズとともに運動の重要性を説く、精神科医でありベストセラー作家でもある樺沢紫苑氏に、脳にいい運動についてお話しを伺った。

原始人は走ることで脳を活性化していた?

精神科医でありベストセラー作家でもある樺沢紫苑氏

運動をすると頭がよくなるというのは、にわかには信じられない話だが、そもそも運動とは「生きることである」と樺沢氏は言う。

「太古の昔、狩猟生活をしていた原始人は1日に50~100㎞は走って獲物の草食動物が体力切れになるまで追いかけたそうです。しかも、どんなに遠くまで動物を追いかけてもきちんと家族のもとに帰ることができた。それは、走ることによって脳が活性化し、帰り道やどの場所が危険かといったことを覚えておくことができたからです。生物学的観点から見ても人はそれだけの体力を持ち、脳を活性化させる必要があった。つまり運動はメリットというより、生きることそのもの。ですから運動はしたほうがいいものではなくて、して当たり前だということが大前提にあります」(樺沢氏 以下同)

ただし、運動が脳を活性化させるということが科学的に証明されるようになったのは近年になってからだという。たとえばハーバード大学医学部のジョン・J・レイティ博士は著書『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』(NHK出版)の中で運動をすると脳から「BDNF(脳由来神経栄養因子)」という物質が分泌されるという研究結果を説明している。

「脳は網の目状のネットワークを広げて他の神経とシナプス(神経と神経のつなぎ目)によって繋がり、どんどん複雑化して頭がよくなっていく。その進化を促進するのがBDNFです。こうした物質が出ることが分かるようになったのは、ここ20年ほどの間に脳科学の研究が飛躍的に進んだからです。昔から文武両道という言葉がありますが、ちゃんと運動をしていると脳は育ちやすくなるということが、最新の脳科学研究で証明されるようになったんですよ」

座りっぱなしで1時間ごとに寿命が22分縮む?

運動によって得られるメリットというと「病気の予防」や「ダイエット」を考えがちだが、BDNF以外にも運動をすることで、脳からはさまざまな物質が分泌されることがわかってきた。それらの物質は以下のような知的分野や精神的分野にもメリットをもたらしてくれる。

  • 作業記憶の強化……頭の回転が速くなる。仕事の要領が良くなる
  • 仕事力がアップ……集中力、判断力、創造力などほとんどの脳機能がアップする
  • モチベーションがアップ……ドーパミンが分泌されやる気が起きる
  • ストレス発散……ストレスホルモンが低下する
  • 感情や気分の安定……セロトニンが活性化して、イライラや怒り、衝動性が改善される
  • メンタル疾患の予防……うつ病の治療でも運動が取り入れられることがある

ただ、コロナ禍によって、テレワークやオンライン授業が増え、以前のように自由に外出ができなくなっている今、世界中で運動不足が進んでいる。

「コロナ以前から日本人は世界でも座っている時間が長い国だという調査結果がありますが、座りっぱなしの状態では1時間ごとに寿命が22分間短くなるという研究結果もあるんです。さらに怖いのは、座り続けたことによるデメリットは、あとから運動しても取り戻せないということ。日中座りっぱなしでも、夜にスポーツジムに行くから大丈夫と思っている人が多いと思います。でも、30分座り続けるだけで血流速度が低下して、いわゆる血液ドロドロの状態になり、高血圧や動脈硬化が進行します。そうなると運動だけでは元の状態に戻すことはできないんです。また、座り続けると認知能力や集中力も低下して仕事のパフォーマンスも下げるので、座りっぱなしでいいことはひとつもありません」

こうした状態を避けるには、1時間に1回は立ち上がることが必要だという。たとえば、コーヒーを淹れる、軽くストレッチをする、自動販売機まで歩いて飲み物を買いにいくといった簡単な動作でもいいそうなので、まずは座りっぱなしの状態を回避するところから始めてみてはどうだろう。

朝散歩で脳にいい物質の大放出?

仕事のパフォーマンスを上げる、あるいは頭の回転を良くするためには、脳内物質が深く関係している。脳に良いとされる脳内物質を効率よく出すことができれば、作業効率は劇的に変化すると樺沢氏は言う。
「運動をすると、ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンという、脳に良い物質が分泌されます。こうした物質が出ると“脳内物質のトッピング全部のせ”という、脳にとって良好な状態になるので当然仕事や勉強のパフォーマンスは上がります。私が推奨しているのは朝の散歩。朝起きてから1時間以内に20分程度の散歩をすると脳内物質がたくさん出るだけでなく、日々の運動不足が補えるなどさまざまなメリットがあります」
なぜ、朝がいいかというと朝日を浴びることで、自律神経が副交感神経から交感神経に切り替わり、体が昼モードになるから。さらに日光を浴びることで精神面にいい影響を与えるセロトニンが活性化したり、体内のビタミンDが増えて免疫力がアップしたりといいことずくめ。そこで、樺沢流朝散歩のコツを教えていただいた。

  1. 1.起床してから1時間以内の日が出ている時間に散歩をする
  2. 2.1回の散歩は20分程度をやや早足で
  3. 3.朝散歩は過度な紫外線対策をせず地上を歩く
    ※紫外線は目から入ることでセロトニンが活性化し、肌に浴びることでビタミンDが作られるため、サングラスや紫外線カットの長袖などは着用しない
  4. 4.音楽などは聴かず歩くリズムに集中する
  5. ※セロトニンは脳の指揮者と呼ばれリズムを取ることで分泌されやすくなる。「1、2、1、2」と脳の中でリズムをとりながら歩く

特別な運動をしなくても、以上の点に気をつけて朝散歩をするだけで1日のパフォーマンスがあがり運動不足も解消されるという。朝から散歩をするのが難しいという人は、通勤時間などを利用してもいいそう。今までスマホを見ながら、あるいは音楽を聴きながらダラダラ歩いていた通勤時間を、リズムに集中して早足で歩くだけでも1~2週間程度でその効果を実感できるというから、これなら誰でもできそうだ。

幸福ホルモンでやる気と集中力もアップ

朝散歩の他に樺沢氏が重要だというのが昼休みの過ごし方。昼休みにデスクで食事をし、そのままスマホを見てのんびりする、などといった過ごし方は、脳にも体にもよくないという。

「仕事をしている場所で、そのまま食事をしたあとに本やスマホを見ていると、結局は座りっぱなしになるので、脳も体もリフレッシュできないんですね。運動は脳にとっても体にとっても一番のリフレッシュなので、ランチタイムは外食をするか、天気がよければお弁当を持って近くの公園まで歩いていってそこで食べる。公園に行くまで5分程度歩くだけでも脳はリフレッシュできて、午後の仕事の効率がアップします」

さらに運動によって分泌される脳内物質ドーパミン、セロトニンは、幸福ホルモンとも呼ばれている通り、人を幸福な気持ちにさせてモチベーションを上げてくれると樺沢氏。


  1. ドーパミン
    達成感によって活性化。集中力を高めポジティブな気持ちにさせる
  2. セロトニン
    青空の下を歩いていて幸せだなと感じられるような、心の安定をもたらす物質

以前は1回の運動は30分以上しないと効果がないとか、体にいいのは筋トレよりも有酸素運動だと言われ、運動が苦手な人や習慣化していない人は、何も始めないうちから運動することを諦めていたのではないだろうか。しかし、最近の研究では、それらの情報は間違いであることもわかってきたという。

「今は5分でも10分でも運動すれば、それなりの効果があることや、有酸素運動にも筋トレにも、それぞれメリットがあることもわかってきました。だから、まずは自分が楽しめそうだったり、簡単にできそうな運動から始めることが大事です。運動で挫折する人はそもそもの目標が高いんだと思います。年始に目標を立てた人の達成率は8%だという調査結果があるそうです。たとえば元旦に1年で5キロ痩せるという目標を立てた人は大抵の場合、挫折するか目標を立てたことさえ忘れてしまいます。それは目標が高すぎるからなんですね。そうではなくて週に3回朝散歩をするとか、1ヶ月に0.5キロ痩せるとか、まずはちょっと難しいけどやれそうな“ちょいむず”程度の目標を立てることが大事なんですね。少しの運動や朝の散歩をするだけで幸福ホルモンが“てんこ盛り”になって幸せになるとしたら、ちょいむず程度の目標を続けられるんじゃないでしょうか」


WHO(世界保健機関)の発表によると、世界の14億人が運動不足で、肥満、2型糖尿病、心血管疾患、脳卒中、がん、認知症などのリスクが高くなっているという。さらにコロナ禍では、うつ病などメンタルになんらかのマイナスな影響を感じている人も増えている。新型コロナウイルスによって生活の変化を余儀なくされている今、あえてそれを生活パターンを変えるいい機会と考え、朝散歩や軽い運動を生活に取り入れみるもよし。座っている時間が長い人はタイマーをかけて1時間ごとにお茶を淹れたり、ストレッチをしたりしてもよし。体を動かすことをベースに、withコロナでの暮らしのニュースタンダードを考えてみてはどうだろう。


<参考図書>
『ブレインメンタル強化大全』

樺沢紫苑著/サンクチュアリ出版
最新の科学研究を示しながら、健康で最高のパフォーマンスを発揮するための「生活習慣」を、実践的な「TO DO」に落とし込んで紹介。読んで実践するだけで、高いパフォーマンスを発揮できる現代人必携の1冊。


PROFILE 樺沢紫苑/精神科医・作家
1991年、札幌医科大学医学部卒業。2004年から3年間、イリノイ大学に留学。帰国後、樺沢心理学研究所を設立。シリーズ70万部を超える『学びを結果に変えるアウトプット大全』『学び効率が最大化するインプット大全』(ともにサンクチュアリ出版)のシリーズの他、著書多数。「情報発信を通してメンタル疾患、自殺を予防する」をテーマに書籍執筆のほかYouTubeなどでも情報を発信している。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga、Shutterstock

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