日本財団パラリンピックサポートセンター

水泳・西田杏、「克己心」を掲げて挑んだ初舞台

水泳・西田杏、「克己心」を掲げて挑んだ初舞台
2021.09.04.SAT 公開

水泳西田杏(S7)の初めてのパラリンピックが終わった。25歳の誕生日に臨んだ女子50mバタフライの決勝は8位。37秒98で自己ベストに届かず、このレースだけを振り返れば悔しさも残るが、世界の8強対決で懸命な泳ぎを見せた。

東京2020パラリンピック・水泳日本代表の西田
photo by kyodo

大切にしている言葉との出会い

パラリンピック決勝という舞台への挑戦。
その過程で彼女が見せたのは、自分に打ち克つ「克己心」だ。

6月にインタビューをした際、西田は「周囲の方々に応援してもらっていて、一人で戦っているわけではない。でも、やっぱり個人競技だから、最後は自分に勝たないと結果が出ないとすごく思っています」と話していた。

初めてユース年代の日本代表になった頃、2000年シドニー五輪で200m背泳ぎ4位と活躍した萩原智子さんにサインをもらったのが、言葉との出会いだった。

サインをもらったビート板に「克己」の字があった。西田は「この言葉、なんだろうと思って、調べたんです。意味を知って、私もこの言葉を大事にしたいと思うようになりました。最後は自分の心と対話。毎回、ちゃんと自分に勝てるようなレースがしたいです」と当時の思い出を話してくれた。ビート板は、今でも実家で大切に保管しているという。

いまの実家で大切に保管している“ハギトモ”のサイン(左)入りビート板 ※写真は本人提供

追い続けたパラリンピックという夢

パラリンピック挑戦は、一度は、消えた道だった。2016年リオ大会の出場をあと一歩で逃して失望。何としてもパラリンピックに出たいという気持ちから、中学生の頃に経験したことがある自転車競技への転向も視野に入れ、始発で修善寺まで通ってトレーニングに参加した。

水泳は、2017年世界選手権に出られなければ辞めるつもりだった。2017年世界選手権は出場権を得たが、開催国メキシコの大地震によって延期され、日本は派遣を断念。踏ん切りがつけられなくなり、2018年までは水泳と自転車を両立した。2018年シーズンには、泳法改正で2015年から取り組んできた片腕での泳ぎが禁じられ、バタフライから自由形に転向したが、日本代表入りを果たせなかった。

いよいよ競技転向かと思われたが、2019年2月の国際クラス分けでS8からS7に変わったことが、水泳に再び専念するきっかけとなった。パラリンピックにおけるS8クラスのバタフライは100mだが、S7クラスは50m。距離が短縮されたことで、両腕を使った泳法でも勝負が可能になったからだ。西田は、自転車競技の関係者に申し訳ないことをしたという気持ちを今でも持っているというが、両立に至った「パラリンピックにかける強い思い」が道をつないだ。

念願だったパラリンピックの舞台。50mバタフライに出場した
photo by Takashi Okui

世界で戦うことを諦めず、進化することを止めなかったからこそ、立つことができた大舞台。初出場のパラリンピックで見せた彼女の泳ぎは、何度も何度も自分に打ち克って前進してきた証そのものだった。

edited by TEAM A
text by Takaya Hirano
key visual by kyodo

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『水泳・西田杏、「克己心」を掲げて挑んだ初舞台』

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