コツは「教えないこと」!? 21'年欧州リーグ優勝の名門クラブを大きく変えた人材育成の黄金法則

コツは「教えないこと」!? 21'年欧州リーグ優勝の名門クラブを大きく変えた人材育成の黄金法則
2022.01.24.MON 公開

昨年、発売と同時にたちまち重版となったビジネス書『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』。この本の著者は2021年欧州リーグ優勝を果たし話題となったスペインの名門サッカークラブ「ビジャレアルCF」の育成組織で、コーチを務めていた佐伯夕利子さん。同クラブは「育成のビジャレアル」と言われるほど、堅実な育成機関を擁することで高い評価を得てきた。そんな育成のプロ集団で佐伯さん自身が学んだという人材育成や組織作りにおいて大切なことを伺った。

世界トップレベルのサッカー教育機関で始まった指導改革

スペイン3部「プエルタ・ボニータ」の監督、「ビジャレアルCF」の育成組織のコーチなどを歴任。現在は公益社団法人日本プロサッカーリーグ常勤理事を務める佐伯夕利子さん。

2003年、スペインのサッカー男子リーグ3部でスペイン史上初の女性監督に就任したとして佐伯さんは注目を集めた。その後も、女子チームの監督などを歴任し、『ニューズウィーク日本版』で「世界が認めた日本人女性100人」「世界が尊敬する日本人100」(2021年)にノミネートされるなど、サッカー界の指導者として輝かしい功績を残してきた。その佐伯さんが在籍していた名門クラブ「ビジャレアルCF」で2014年から始まったのが「指導改革」。クラブはこの改革のためにコーチデベロッパーの専門家であるセルヒオ・ナバーロ氏を招聘。トップチームを除く3歳児クラスからU23までの18カテゴリーと、女子や知的障がい者チームのコーチ、約120名が自分たちのこれまでの指導方法を見直すというプロジェクトをスタートさせた。

「正直に言うと、その時点までは自分たちが変わらなければいけないという改革の必要性を、現場の人間は全く感じていませんでした。むしろ、自分たちがやっていること、知っていること、行っていることは常に更新されているトップレベルのことだという自負がありました」(佐伯さん)

そんな佐伯さんが改革の必要性を感じるきっかけのひとつとなったのが、自分たちの指導を可視化したことだったと言う。

私たちはフランコ政権下の指導者だった!?

00~01年シーズン、レアル・マドリード・サッカースクール時代に選手に指示を出す
佐伯さん/ⓒJ.LEAGUE

佐伯さんたちはプロジェクトの一環として120人のコーチの指導風景をそれぞれ撮影。さらに撮影されるコーチはピンマイクと胸にアクションカメラをつけて、指導される選手の反応も記録した。その記録を見ながらコーチ同士でお互いに問題点を指摘し合う作業が行われたのだ。そこで佐伯さんたちが目にしたのは「なんで今のパス右にだすの? 左じゃないの?」「見えなかったの? 左がフリーじゃない」といった自分達の一方的な指導。時には大きな声で怒鳴るように言う場面や、それに萎縮する選手の様子も映し出された。

「もともとスペインは歴史的に内戦があったり、独裁政権下に置かれたりした時代がありました。その影響もあって当時の教育現場では、教師が生徒の背中を定規で叩いたり、チョークを投げたりと暴力や暴言で人を支配することが当たり前だったそうです。私たちは無意識のうちに、教えるというのはそういうものだと思い込んでいて、スポーツの現場でもずっと同じようなことが行われていたんです。でも、今はもう21世紀。それなのに私たちはいまだにフランコ政権の指導者のようなことをやっていたということに気づきはじめたんです」(佐伯さん)

これは日本にも通じるところがあるのではないだろうか。スポーツの世界や会社などの組織で指導者や上司は不機嫌さを隠そうともせず一方的に指導、時には威嚇するような言動で相手を萎縮させて自発的な行動にブレーキをかけてしまっているというシーンを見かける。しかし、怒りを表し恐怖を与えるだけではいい成果を生み出すことも、いい組織を作ることもできないと佐伯さんは言う。

いい指導者に必要な三本柱

04~05シーズンのアトレティコ・マドリード女子時代の佐伯さん/ⓒJ.LEAGUE

では、よりよい成果を生み出すいい組織をつくるには、どんな指導をすればいいのだろうか? その問いに佐伯さんは以下の「三本の柱」が重要であると教えてくれた。

1)相手を絶対に否定しない
2)ジャッジをしない(裁かない)
3)相手を絶対に攻撃しない

選手や部下が自分の思うような行動をしない、言った通りに動かない、思うような成果が出ないといった時、どれも無意識にやってしまいそうな行動だ。そうした無自覚な言動を自覚するために有効なのが佐伯さんたちも実践した動画。 社内の様子を録画したりピンマイクをつけて仕事をするのは難しいが、たとえばコロナ禍の影響で増えたオンライン会議の様子を録画して見返して分析してみてはどうだろう。実際に佐伯さんの知人にも会社の会議の動画を組織作りに活用しているリーダーがいるという。

「その方は著名な経営者なのですが、会議の動画をAIを使って分析してもらっているそうです。最初の頃は自分が話すことで会議に参加しているメンバーがおどおどしたり萎縮したりと、ネガティブな感情ばかりが生まれていた。そこで自身のメッセージの出し方や言葉の選び方や表現を変えるとか、不機嫌さを出さないということを意識的にするようにしたところ、半年後にはAIの分析結果がよくなったそうなんです」(佐伯さん)

AIで分析するのが難しいなら、自分の発言に対してAさんは理解できていないような表情をしていた、Bさんは黙っていたけれど何か言いたそうな顔をしていたなど、動画を注意深く見るだけでいい。そうするとわかってくることがある。

「私はリーダーになる人はこうしたことを徹底的にやらなければならないと思います。リーダーが与える感情が良いものであれば、選手や社員のパフォーマンスは絶対に良くなる。スポーツの世界でも企業でも、いい結果を生み出すには、そこに関係する全ての人たちの感情がチャレンジしたい、積極的に取り組みたい、楽しいといったポジティブなものでなければならないと私は思います。

楽しいというのは、楽をするとかチャラチャラしているということではありません。次にまた頑張りたい、次は勝ちたいという強い思い。そういう気持ちも『楽しい』の1つだと思うんです。でも日本の子どものスポーツを見ると多くの場合それすらなくて、今日は練習に行きたくないな、監督と顔合わせたくない、今日はまた何を言われるんだろうと嫌々やっているんです。それってどこか歪んでますよね」(佐伯さん)

これはスポーツの世界だけでなく企業にも同じことが言える。実際、世界的な大企業となったGoogleが高い成果をあげる最良のチームを作るには「こんなことを言っても仲間から馬鹿にされない」「リーダーに怒られない」という安心感、「心理的安全性」が最も重要だという調査結果を出したことはビジネス界では有名な話だ。

指導者に必要なのは「教え」ではなく「問い」

アトレティコ・マドリード女子時代に選手に指示をしている佐伯さん/ⓒJ.LEAGUE

「ビジャレアルCF」の指導改革を進めるうちにグラウンドからは「今のパスは右じゃなくて左でしょ!」「そこシュート!」といった一方的な指示、命令は目に見えて減っていったそうだ。代わりに増えていったのは「問いかける」コーチの姿。
しかし、最初は「今、どうして右に出したの?」と問いかけると選手は「だって、パスコースが消されてたから……」とまるで叱られたような表情になった。

「それは『コーチが絶対』『コーチが見ているものや思っていることが絶対』と考える根強い習慣の中で生まれてきた一方通行なコミュニケーションの結果でした。じゃあどうしたらいいのかを、動画を見ながらみんなで話し合いました。たとえば、『今のパスは右と左どっちが正解だったと思う?』という問い。これは二者択一の誘導尋問で問いではありません。問いのように見えるベールに包んでいるけれど問いじゃない。こうしたことを一から考えていきました。そこで導き出した私たちがしたいこととは、相手に何が見えて何を考えているかを聞かせてもらうこと。まずは聞かせてちょうだいという姿勢が必要で、そこに私たちの先入観や自分たちの『正解』が最初にあったのでは全然意味をなしません。たとえば『なぜパスを右に出したの?』という同じ問いをしたとしても、その人の心の中に『今のは左だろう』という思いがあったら、相手もそれは感じてしまう。結果として相手は私たちが欲しい答えを出してくるので、全く意味のない『問い』になってしまうんです」(佐伯さん)

「問い」はものごとがうまくいかなかった時だけでなく、うまくいった時にも重要なのだそうだ。たとえばサッカーの場合、選手がいいプレーをした時に「ナイスパス」と言うのはコーチが良い悪いをジャッジしてそれを伝えているだけ。そうではなく、そこでも「ところで今のパスはなぜ右に出したの?」と聞くことで、選手は自分のナイスプレーを説明する機会を与えられる。さらにそこで「なるほど、そんな見方はコーチや監督では思いつかなかったな」と肯定することは1万回の「ナイスプレー」よりもはるかに彼らのモチベーションを上げることになると佐伯さんは言う。

いい「問い」の主語は「自分」ではない

00~01年シーズンのレアル・マドリード・サッカースクール時代の佐伯さん/ⓒJ.LEAGUE

指導者が考える正解を「教える」という指導方法は主語が自分、すなわち指導者側にある。しかしいい組織を作る、いい人材を育てる上では、主語は「自分」であってはならないのだそうだ。

「私も2014年からの改革の中で、最初の頃は『選手はそれを望んでいるの?』と聞かれて、『選手? 選手じゃなくて私がそういうサッカーをしたいんだけど』という答えを出していました(笑)。でも、主語を選手に変えるだけで、思考が大きく変わって、全く違う関係性、全く違うチームになれるんですよ。
主語が私のままだと問いは私にとってのグッドかバッドかでジャッジしているんですよね。ジャッジしないためには、相手を主語にして『問う』こと。『あなたが右にパスを出すと言う結論に至ったプロセスを教えて』と聞くことで、選手は、僕を尊重してくれている、僕の意見を聞いてくれる、僕は自分で考えてアクションを起こしてもいいんだと言うところに行きつく。それは単に『ナイスプレー』と言われるよりも、自己肯定感が高まるし、次のプレーに繋がります。たとえば会社でも上司から単に『よかったね』と言われるより、『それってどうしてそうしたの?』と詳しく聞かれたほうが嬉しいなと思いますよね」(佐伯さん)

佐伯さんは著書の中で「伸ばしたい相手を主語にすれば、誰しもがその相手のために心地よい学びをつくろうとする。誰しもが工夫し始めるのだ」と言っている。それは指導者は支配者ではなく、相手がよりよい学び、仕事ができるような環境を整え、彼らに最高のパフォーマンスをさせることが仕事だからだ。

良いものは全て幸せな状態から生まれる

佐伯さんはインタビューの最後に、こんなメッセージをくれた。

「少し大きな話になりますが、良いものは全て幸せな状態から生まれると考えています。ですからどんな組織も幸せな状態である組織づくりというのを一番に考えて徹底的にやってほしいですね。試合の結果や営業成績というのはその次に考えるべきだと思うんです。幸せというのは楽をするとか手を抜くということとは全く反対の意味で、頑張った感とか充足感とか、ちょっと苦手なことを克服できた満足感や喜びといったことから成り立つ幸せ。そういうものを一人ひとりの中に醸成していくのがリーダーの役割なんじゃないでしょうか。いつも不機嫌で怖い顔をして、威嚇をすることで人を操作しようというようなリーダーシップ像はもう既に崩壊しているということに、私達は気づかなければいけない。人は大富豪であれ、アメリカの大統領であれいつか灰になって人生を終える。その後に残るのは、その人が他者に対して植え付けた感情だけなんです。だから『あの人、嫌だったなぁ』と思われるより、『あの人と一緒に仕事ができて楽しかった』『あの人のチームで一緒にサッカーができて充実していた』と思われる、人の心に残っていくようなリーダーをスポーツの世界にも企業の中にも増やしていかなければいけないと思っています」(佐伯さん)

最近、筆者がスポーツ界や教育の現場でインタビューをした指導者や経営者の中に、佐伯さんの著書を読みそれを参考にしている人達が複数いた。彼らが世の中から注目される一定の成果をあげているのは単なる偶然ではないと思う。「教えないスキル」は一朝一夕で身につくものではないかもしれないが、豊かな人間関係は間違いなく持続可能な成果を組織にもたらしてくれるだろう。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by J.LEAGUE, Shutterstock

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