怒らずに指導するには? 益子直美さんが取り組む本当の厳しいスポーツ指導とは(後編)

怒らずに指導するには? 益子直美さんが取り組む本当の厳しいスポーツ指導とは(後編)
2022.04.04.MON 公開

自分自身の苦い経験をもとに、子どもたちが笑顔でスポーツに取り組めるよう「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」を立ち上げた元女子バレーボール日本代表選手の益子直美さん。「怒りによる指導」が競技だけでなく、子どもたちのその後の人生にまで影響を与える可能性があることを、国立精神・神経医療研究センターの小塩靖崇さんとともに話していただいた前編に続き、後編では「怒らない指導」について具体的なお話を伺った。

本当の厳しい指導とは、怒る指導ではない

オンラインで「怒らない指導」の大切さについて語る益子直美さん。
――怒る指導の弊害について前編で伺いましたが、勝つため、選手が強くなるためには厳しい指導も必要だと考える指導者もいると思います。監督が怒るのは、熱心さの表れではないのでしょうか?

益子:指導者の皆さんといろいろな話をする中で「厳しい練習とは、どういう練習だと思いますか」という問いかけをすることがあります。私がやってきた厳しい練習は、指導者に言われて筋力と心肺機能、そしてメンタルを追い込むというものでした。「厳しさ=苦しみ」だと思っていたんですよね。でも「強くなるのに苦しみって必要?」ということに気付いたんです。私は「こうなりたい」という目標を自分で決めて、自分で課題を設定して、それを自分の意志で継続して達成するという主体性による練習ができませんでした。

人から与えられた課題をやることは、何も考えずにそれをこなせばいいだけなので楽なことです。それよりも、自らハードルを高く設定して、妥協せずにそこに向かって突き進むといった、「自ら」やるということこそが一番の厳しさなんじゃないでしょうか。厳しい指導は大切かもしれませんが、だからといって「厳しい指導=怒る指導」では絶対にないと思います。

アスリートのメンタルヘルスサポートのあり方を考えるためのプロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」の研究代表者でもある小塩靖崇さん。

小塩:僕も益子さんと同意見です。まず「怒る」という感情がどんな時に現れるかというと、その人の安定や環境が脅かされた時です。たとえば病気を宣告された時に怒りの反応が出る人もいます。それは病気によって自身の安定や環境が脅かされる、だからその事実を認めたくなくて怒りが出てくるんです。同じように指導者が怒るのも、自分の立場や自分が理想としていること、考えていることが、現実とマッチしていないから。要するに自分のために怒っているとも言えます。

本来は子どもや指導される側のことを考えるべきなんですが、自分のためになっちゃってるのかもしれません。もしそうだとしたら「怒り=厳しい指導」ではないと思います。益子さんがおっしゃったように、プレイヤーたちにとっては今のレベルよりだいぶハードルが高いところにトライするということが「厳しい」ということ。それは身体機能もそうだしメンタルもそうですが、目標に向かって選手にどう取り組ませるかを考え、そのことに子どもたちと共に真剣に向き合うのが厳しい指導なんじゃないでしょうか。自分のためである「怒り」を指導のアプローチとして入れるのは、むしろ厳しい指導とは逆のベクトルのことだと思います。

益子:以前、大山加奈さん(アテネオリンピックに日本代表として出場した元バレーボール選手)と対談をしたときに、厳しさについての話になりました。彼女は中高時代に小川先生という方に指導を受けていたんですが、小川先生は主体性を持たせるために選手主導の練習をする方で、決して怒らないんです。そうなるとキャプテンや上級生が下級生を怒ったり気合を入れたりするわけです。その時に大山さんは「先生お願いだから怒って」と思ったそうなんです。

先生が怒ってくれたらどんなに楽だったかって。先生に言われてやるんじゃなくて、自分たちで考えてすべてをやらなくてはいけないのは辛かったと。だから私は「じゃあ先生に怒られてた私たちって楽してたってこと?」と聞いたんですが、「めちゃくちゃ楽だったと思いますよ」と言われてしまいました(笑)。つまり私が「怒る指導」で与えられていたのって苦しみだけで厳しさじゃなかったんです。それでは主体性は育ちませんよね。

小塩:はい、怒る指導は弊害の方が大きいのではないかと思います。特に若い人、成長期の子どもたちの場合、より弊害が大きいと思います。

怒らないで指導する方法とは

――とはいえ、今まで怒る指導をしていた監督やコーチは、どうやったら怒らないで指導できるか、わからないのではないでしょうか? たとえば子どもや選手が同じミスを何度もする場合「何度も言わせるな」「何度言ったらわかるんだ」などと怒ってしまうことはあると思いますが、どうやって怒らずに指導をすればいいのでしょうか?

益子:同じところでミスをするって、実は指導者のせいなんですよね。私もサーブで怒られてから、サーブ恐怖症になりましたから、むしろ怒りたいのはこっちですみたいな(笑)。だから何度も同じミスをする場合は、指導者の腕の見せ所なんです。苦手な部分を楽しくチャレンジできるように工夫をしていかないといけない。たとえば違うアプローチから練習させるなどです。

私が、イトーヨーカ堂のバレーボール部で優勝した時は、自分の苦手なところではなく、得意なところの役割を与えられていました。私はブロックが苦手だったのでブロックに関しては目をつぶってもらって、その代わりみんなの分までレシーブを頑張る。そういう役割を与えられていたのでブロックが止まらなくても、レシーブで取り返そうというように安心してポジティブな気持ちでプレーすることができました。ですから指導者の皆さんには、怒りを封印すると同時に選手が安心してプレーできるようにするためには、どうすればいいのかを考えてみてほしいです。それこそが指導者の腕の見せ所なんじゃないかと思います。

小塩:今、益子さんがおっしゃった、選手が安心してプレーするというのは、最近では「心理的安全性」という言葉で語られます。これはスポーツだけでなく、生きていく上で何より大切な土台のようなものだと思います。これがきちんと保たれずグラグラしていると、大袈裟ではなく何もできなくなってしまう。心理的安全性が保たれていない中で、いくら厳しい練習をしたとしても何も積み上がっていかないと思います。そして自分にとっての目標や、そもそも自分とは何かといったことを考えたときに、偏った見方をすることに繋がるかもしれません。怒る指導にはそうした弊害もあり得るということを知ってほしいです。

益子:はい、やっぱり怒る指導って効果がないんだ、副作用の方が大きいんだという認識をもっともっと世に広めないといけないなぁって思ってます。怒る指導で成功を体験してきている監督さんもたくさんいるので、そこを卒業してもらうためにどうやってアプローチしていくのかというのは、すごく難しいところです。ただ、決して怒る指導者を排除するということではなく、子どもたちを取り巻くスポーツの仕組みといったマクロ的な部分から変えていく必要もあると思っています。

たとえば学校の部活動のように1年単位でチームが変わっていくような場合は、チームを作るのが凄く難しいんですね。ほとんどがトーナメント戦ですし、スポーツで学校を有名にしたいという学校からの圧力がある場合もあるでしょうから、そのあたりの仕組みを変えていかなくてはならない。スポーツ庁でも部活を外部コーチに依頼して教師の皆さんの負担を軽くしようという動きが出てきています。ヨーロッパではスポーツをやりたい子どもは学校の部活動ではなく、地域のクラブで学べるといった環境がありますから、日本もそんな風になるのが一番いいんじゃないかなぁと思っています。

指導者の方々に今、伝えたいこと

――最後に、子どもたちにスポーツを教えている指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

小塩:子どもたちの心理的安全性を確保したり、のびのびとプレイできる環境を作るには、何より指導者が弱さをさらけ出すことが大事だと思うんですね。怒ってわーっと思いを子どもにぶつけてしまう前に、もっと前の「このままだと怒っちゃいそうだ」という段階で誰かに言えるといいと思うんです。そのためには、周りに聞く姿勢がある、聞いてくれる環境があることも大事だと思います。それが当たり前になっていくと、誰にとっても心理的安全性の高い社会、環境というのができていくのではないでしょうか。願いとしては指導者が率先して自分の弱さをさらけ出して欲しいなと。益子さんがやっていらっしゃることはまさにそうだと思います。

益子:とにかく怒っている指導者さんたちに、もう1つ指導のやり方を持ってもらいたいと思っています。昔は「監督は孤独だ」と言われていましたけど、今はそうじゃなくって指導者の皆さんにも、悩みでも弱みでも何でも聞いてくれるメンターが必要なんじゃないでしょうか。そして指導者同士が繋がって、相談できて、学ぶ機会を持ってもらいたいと思います。その中から「怒る=厳しい指導」ではなくて、違う厳しさをもう1つ見つけていただけたら嬉しいですね。


益子さんは、昨年の東京オリンピック・パラリンピック、今年の北京冬季オリンピックで、たとえ試合に負けても笑顔でいる選手たちの様子を見て、すばらしいスポーツマンシップを見せてもらった気がすると語っていた。勝ち負けを追究するあまり、選手から笑顔を奪うような怒りによる指導は、もう卒業するべきなのではないだろうか。選手が自分の頭で考え、主体性を持って高い目標にチャレンジしていくことが、本当に強い選手を作ることになる。そんなことを教えられた対談だった。

PROFILE 益子直美
1966年東京生まれ。中学からバレーボールをはじめ、中学、高校と全国区で活躍。高校卒業後は、イトーヨーカ堂へ入社し、社会人チームで活躍。1990年には、イトーヨーカドー日本リーグ初優勝へエースとして貢献した。高校3年の秋から、日本代表選手を務め、世界選手権やワールドカップへ出場。91年に現役引退後は、タレント、スポーツキャスターへ転身。2021年4月「「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」の代表理事に就任。
http://masukonaomicup.com/

PROFILE 小塩靖崇
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部 研究員(教育学博士, 看護師保健師)。子ども・若者のメンタルヘルス教育を専門に研究。人々が健康かつ幸せに育つ社会を目指して、研究と実践の橋渡しに取り組んでいる。日本ラグビーフットボール選手会(JRPA)と共に進める、日本スポーツ界におけるメンタルヘルスケアのあり方を考えるための研究プロジェクト「よわいはつよい」の研究代表者。
https://yowatsuyo.com/

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:一般社団法人監督が怒ってはいけない大会

前編はこちら
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