「バスケがしたいけどできない」深刻な課題・指導者不足に悩む小学生チームを支援する「生涯バスケ部」

Bリーグの誕生や、NBAで日本人選手が活躍、さらに2024年のパリオリンピックでは男女ともに日本代表が出場を果たすなど、近年日本でバスケットボールは急速な盛り上がりを見せている。一方で競技人口や指導者の不足といった課題も。そんな課題を解決しようと、公益財団法人日本バスケットボール協会(以下JBA)と株式会社博報堂(以下博報堂)が立ち上げたのが「生涯バスケ部」。その第1弾のプロジェクトは部員や指導者不足で悩む地域の小学生チームのサポートだった。「生涯バスケ部」とはどういったものなのか? そこに込めた想いを取材した。
バスケの競技人口は小学生をピークに減少傾向

2025年2月、JBAと博報堂は、「誰もが、あらゆるライフステージでバスケと共に生きることができる社会の実現を目指し、実現する」ためのプロジェクト「生涯バスケ部」の発足を発表した。日本のバスケットボールにおける課題のひとつに競技人口の伸び悩みがあるが、博報堂の厚川俊也氏は次のように話してくれた。
「バスケットボールの競技人口は小学生が一番多いんですね。ところが、バスケットボールが好きで始めた人も、中学、高校、大学、社会人と年齢をかさねるごとに離れていく傾向にあります。野球の場合は、高校でもソフトボール、軟式、準硬式など、野球だけでも複数の部活動があったり、大学でも部活だけでなくサークルがあったり、社会人になってからも草野球があったりと、野球に接する機会がたくさんあります。つまり競技を続けたい人のための受け皿が多い。バスケットボールでもそういう受け皿を増やしていきたいというのが、このプロジェクトの狙いのひとつです」(厚川氏)
また、あえて「バスケ部」としたのには理由がある。部活動には、監督やコーチ、マネージャーやモッパーなど、さまざまな人が関わっている。プレイヤーとしてだけでなく、いろいろな役割、方法でバスケットボールにかかわる人が増えてほしいという願いも込められているのだ。
「たとえば、野球なら草野球、バレーボールならママさんバレーのような言葉がありますが、僕はこういう言葉ってすごくいいなと思うんです。ですからプロジェクトのメンバーとは、そんな風にネーミングも含め、ガチでプロになりたいという人だけでなく、ライトにバスケットボールを続けられる人も含む、いろいろなフレームを作っていけたらいいなという話を、JBAの方々やこのプロジェクトのメンバーといつもしています」(厚川氏)
部員や指導者不足に悩む小学校をサポートする仕組みづくり

「生涯バスケ部」の特徴のひとつが、発起人であるJBAと博報堂だけで課題に取り組むのではなく、このプロジェクトの主旨に賛同してくれるパートナーと協力しながら、バスケットボールにまつわるさまざまな社会課題の解決や、子どもの頃からバスケットボールに親しむことで、健康増進や運動習慣の確立、仲間との交流などができるような取り組みを実施していくという点。その第1弾がソフトバンクがパートナーとなってスタートした、「SoftBank Jr.バスケ DXアクション」。
これは、バスケットボールに本格的に取り組みたいものの、部員や指導者不足に悩む小学生を、ソフトバンクのDX技術によってサポート。さらにJBAが派遣する特別コーチとの週1回のリモート練習や、月1回の対面練習を通じて個人やチームのスキルを磨くというもの。
今年4月21日から公募がスタートしたが、募集の対象となったのは、選手数が少なく練習や試合の継続が難しいU12カテゴリーのチーム。あるいは上級生が少ない、または地域的な要因で活動の継続が困難なチームだった。全国から多くの応募があった中、最終的に沖縄県の男子チームと、島根県の女子2チーム、計3チームが選ばれた。選ばれた3チームは、今後ソフトバンクが提供する同社のDX技術「AIスマートコーチ」と「MY試合記録」で来年の3月までサポートを受ける予定だ。
<「SoftBank Jr.バスケ DXアクション」の公募で選ばれたプロジェクト参加チーム>



今回のプロジェクトのパートナーとなったソフトバンク株式会社の佐々木隆成氏は、自社のDX技術が果たす役割や可能性を次のように分析する。
「AIスマートコーチは、スマートフォンで撮影した動画とお手本動画をAI解析で比較することで、自分のフォームの改善点を視覚的に把握でき、自分や仲間同士で楽しく運動スキルの向上ができるサービスです。MY試合記録は、得点やアシストなど試合のスタッツを簡単に記録・蓄積でき、小学生から社会人まで生涯にわたる成績を確認できるウェブサービス。これらのテクノロジーにより、指導者やチームメイトが不足する地域でも、一人ひとりの練習の精度を高め、地理的ハンデを超えて合同チームの結成や競技力向上を後押しできると考えています」(佐々木氏)
過去にはBリーグ・長崎ヴェルカと連携。離島の子どもたちのサポートも

バスケットボールに限らず、スポーツ全般において離島や過疎地では指導者不足や少子化などによりスポーツ教育の格差やチームの存続が難しいといった課題があった。そこでソフトバンクは自社のテクノロジーの力を使い、地域格差を解消し、環境に左右されることなく子どもたちがバスケットボールを学び楽しめる機会を提供するプロジェクトを計画。2024年にはBリーグの長崎ヴェルカと連携し、今回と同様にAIスマートコーチなどのDX技術を活用し、長崎県の離島に住む中学生にバスケットボールを楽しんでもらう「B-RAVE ONE Remote Coaching」を実施していた。そして今回、その実績が「生涯バスケ部」にも生かされることになった。
「『生涯バスケ部』は、年齢や地域、競技レベルを問わず“誰もがバスケを楽しめる社会”を目指す素晴らしいコンセプトです。当社もまた、『誰一人取り残さない』社会の実現に向けてテクノロジーを活用し、多様な人々に寄り添うことを大切にしており、そのビジョンに強く共感しました。ソフトバンクもテクノロジーを通じて、地域や世代の壁を越え、誰もがバスケに打ち込める環境づくりに貢献したいと考えています」(佐々木氏)
人生の中でバスケの接点を増やしていく、多様な企業との連携

今後「生涯バスケ部」は第2弾、第3弾と続いていく予定だが、広告会社である博報堂ならではのネットワークを生かし、さまざまな業種のパートナーと既成概念にとらわれない取り組みをしていく予定だそうだ。
たとえば人材関連の企業をパートナーにして社会人向けの大会を開催できないか? 化粧品メーカーと組んでバスケットボール専用の商品を作ったらどうだろうか? 掃除関連の企業に協力してもらいモッパーのような裏方仕事に光を当てられないだろうか? など、生涯バスケ部の会議ではクライアントの業種が多岐に亘る博報堂ならではの構想が飛び交うという。
「今、多くの企業が社会課題に向き合っていますが、それは単なるボランティアやCSRのためではなく、その行為自体が次の競争力を生んだり、企業価値を上げたり、あるいはいずれ自社のサービスに還元されるだろうという、中長期的な視点を持っているからだと思います。ですから我々は、そうした企業の協力や理解を得ていくようなプロジェクトの設計というものも心がけています」(厚川氏)
実際第1弾のパートナーとなったソフトバンクも未来を見据えてこのプロジェクトに参加したという。

「部員不足など環境に恵まれない子どもたちにも新たな仲間や挑戦の機会が生まれ、将来的にはこのプロジェクトから全国大会に挑戦するようなチームが現れることを期待しています。本プロジェクトを通じてバスケットボール界をさらに盛り上げ、日本中がバスケであふれる未来に寄与できればと願っています」(佐々木氏)
バスケットボールはグローバルスポーツ。全国大会と言わず、将来、このプロジェクトから世界で活躍する選手が誕生する可能性も秘めている。
「バスケを通じて若いうちから国境を越えたコミュニケーションができるような機会、たとえば海外留学のようなチャンスも『生涯バスケ部』の中で作れたらいいなと思っています。ただ、スポーツで海外留学となると費用が高額になるので、たとえば費用面も含むサポート制度をつくれたらいいね、なんてことも話しています」(厚川氏)
博報堂の「生涯バスケ部」の関係者の多くがバスケットボール経験者だそう。バスケットボールを通して得たものがたくさんあるから、今度はその恩返しがしたいのだという。「生涯バスケ部」の取り組みはすぐに結果が出るものではないかもしれないが、これから蒔く種が、地域や経済の格差などを乗り越えて芽を出し、さまざまな花を咲かせるだろう。「生涯バスケ部」はそうした未来を創るスポーツの力の象徴のような取り組みなのではないだろうか。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:「生涯バスケ部」プロジェクト事務局