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バドミントン王国・インドネシアが沸騰! アジアパラで見た日本の課題と希望の光

バドミントン王国・インドネシアが沸騰! アジアパラで見た日本の課題と希望の光
2018.10.24.WED 公開

――まさに蜂の巣状態、集中砲火を浴びていた。

SU5(上肢障がい)で、世界ランキング3位の今井大湧のことだ。
シングルス準々決勝、地元インドネシアの3番手、オディ―・クルニア・ドゥイ・リスティアント・プートラ(世界ランキング10位)から1ゲームを奪うも、2、3ゲームは、ネット勝負に持ち込んだところで相手のヘアピン(*)が上回り、至近距離からひどく打ち込まれた。

今井はインドネシア選手プートラの集中砲火を浴びた
地元インドネシアの3番手として登場したプートラ

スコアは21-16、17-21、16-21。これだけ見れば健闘だが、後半は相手の一方的な試合展開だった。今井は体にプッシュを食らうたび、何度も背中から床に転がり落ちた。そして、とうとうマッチポイントを奪われると、「アベーセー! アベーセー!(やっつけろ!)」という会場一体になっての大合唱に包まれ、勝者を引き立てる敗者の役割を演じなくてはならなかった。

このあと、今井は落胆の表情で現れるはずだと多くの記者は思っただろう。たしかに、ミックスゾーンに現れた今井は開口一番、「メダルが獲れずに残念な結果です」と言った。

しかし、多くの予測と違ったのは、その頬は紅潮し、バドミントンの本場でプレーしたんだという喜びが溢れていたことだ。

「インドネシアのバドミントンがすごいとは聞いてはいたけど、本当に羽根の音が聞こえないほどの大歓声だった。日本でこんな会場全体が盛り上がる大会なんてないし、すごくいいなって。パラバドミントンもこれだけ盛り上がれるんだと思ったし、日本で健常のバドミントンの注目度が上がっているなか、パラバドミントンも頑張りたいと思いました」

競技を問わず、集客の難しさが日本のパラスポーツの課題だが、今井はインドネシアで、日本の未来はこうなるべきという理想を見たのだ。心は震え、本当はすぐにでも泣き叫びたいような感動を抱えているように見えた。

メダルを期待されていた今井は、ベスト8で敗退した

目の肥えた観客が大会を盛り上げる

バドミントン会場は連日、熱狂に包まれていた。インドネシアの英字新聞『ジャカルタポスト』は、インドネシア2018アジアパラ競技大会について「観客を動員する努力が足りなかった」と総評したが、例外として挙げていたのが、陸上競技、水泳、そしてバドミントン競技だ。

インドネシアにおいてバドミントンは世界で頂点に立てる唯一のスポーツであり、健常のトップ選手は英雄的な存在だ。日常的に大会がTV中継されることでインドネシア人の目は肥え、応援の仕方もよく知っている。

決勝戦を応援する地元の観客ら

たとえば、自国の選手にチャンス球が上がったとき、選手がスマッシュするタイミングに合わせ、会場が一体となって「ヤッ!」「ヤッ!」と声を挙げ選手を景気づける。劣勢では全身全霊の声援を送って奇跡的な逆転勝ちを導き、平常心を失った対戦相手に顔を覆わせたことは数知れない。

実際、パラバドミントンでもインドネシア観客のレベルは高かった。1万人を収容できる聖地イストーラは連日満員とはいかなかったが、8割程度埋まる日も多く、熱狂的な声援で自国選手をバックアップした。車いす種目など、普段見慣れない試合もコート奥からネット前へ落とす絶妙のドロップが決まれば、すかさず拍手で好プレーを称えていた。

聖地イストーラには、競技初日から多くのファンが訪れた

地元選手の活躍で盛り上がったSU5

そんなインドネシアのファンがもっとも注目していたのは、今井がいるSU5(上肢障がい)の男子シングルスだった。何しろ役者が揃っていた。

長らく世界1位の座に就いているのは、生まれつきの障がいがありながら、マレーシアの健常のジュニアナショナルに所属していたチア・リク・ハウ。30歳とベテランながら、オーバーからもアンダーからも独特の間合いで相手にリズムをつかませない技術の高い選手だ。

そして、チアの最大のライバルになると見られていたのが、インドネシアのスルヨ・ヌグローホ。こちらは2006年にバイクの事故で左ひじ下を失うまで、健常のジュニアナショナルに所属していた23歳で、攻守に優れたオールラウンダーだ。

大会前はこの2人が決勝戦で当たるだろうと見られていた。しかし、特別な緊張のかかるビッグトーナメントは波乱が起きるからおもしろい。

優勝したのは、インドネシアの二番手、デファ・アンリムスティ。20歳のデファは障がいがある側の右手でラケットを持ち、強打こそ打てないが、とにかく動きが速い。足で稼いで球に跳びついては、キレよく決め、準決勝でチアを、決勝ではスルヨを連破し、頂点に立った。

互いの健闘を称え合うデファ(写真奥)とスルヨ

感動的だったのは決戦後だ。デファはスルヨと互いの健闘を称え、がっちりと抱き合った。その様子には2人のこれまでの努力がにじみ、大会中、もっともドラマチックな場面の一つだった。

インドネシアは、この優勝を含め、合計6つの金メダルを獲得。地元選手の活躍と、バドミントン競技をよく知る観客がいたがゆえの盛り上がりだった。

日本の課題は選手の強化と、観客の動員数アップ

今井が試合後、「パラバドミントンを盛り上げていくためにも、本当はメダルが欲しかった」と語ったように、東京2020に向け、選手強化を一層進めていくことが日本の課題となる。選手の活躍は即観客動員数アップにつながるからだ。

観客でにぎわうバドミントン会場。東京ではこの再現を!

しかし、アジアパラで日本は女子シングルス(SU5)の鈴木亜弥子の銀1個が最高で、あとは銅6個と、金メダルゼロに終わった。もちろん前回大会の銅メダル3個と比べれば前進だが、世界1位のWH2(車いす)の山崎悠麻と鈴木亜弥子が、普段トーナメントへ積極的に出ない中国選手に敗れるなど、中国の強さに屈した試合が目立った。

日本の金正子監督は「選手たちはとても努力していた」と評価しながらも、「若い中国選手たちの成長は想像以上に早かった」と振り返り、「今後はいっそうミスを防ぐため持久的な体幹トレーニングが必要」と課題を挙げた。

鈴木もまた「下半身の強化の必要性をあらためて感じた。来年は中国選手もトーナメントに出てくる回数が増えてくるのは確実。いっそう練習に励みます」と振り返っていた。

このように日本は課題を多く残したが、もちろん収穫はある。今井同様、多くの選手たちがバドミントン王国・インドネシアの熱狂に触れ、「日本のパラバドミントンもこうありたい」という思いを宿している。その強烈な体験が日本を劇的に変えていくはずだ。

*ヘアピン:ヘアピンのような軌道を描く、自陣のネット際から相手のネット際へ返すショット

ライター 鈴木快美
ベースボール・マガジン社に入社後、バドミントン専門誌などの取材・編集に携わったのちフリーランスに。バドミントン取材は1999年より続けている。

photo by Haruo Wanibe

バドミントン王国・インドネシアが沸騰! アジアパラで見た日本の課題と希望の光

『バドミントン王国・インドネシアが沸騰! アジアパラで見た日本の課題と希望の光』