日本型教育をベトナム小学校へ輸出。社会貢献とビジネスを一本化するミズノの流儀

日本型教育をベトナム小学校へ輸出。社会貢献とビジネスを一本化するミズノの流儀
2023.01.23.MON 公開

2015年に国連で採択されてから多くの企業が取り組んでいる「SDGs(持続可能な開発目標)」。環境やエネルギー問題、働き方や経済成長などに関連する目標が含まれることから、「CSR(企業の社会的責任)」、慈善事業やボランティアの一環ととらえている企業も少なくない。そんな中、「僕のやっているSDGsはCSRではない、きちんと儲けさせてもらいます」と公言しているのが、総合スポーツメーカー・ミズノ株式会社の森井征五氏。その言葉の真意と、彼がベトナムで展開した運動プログラム「ミズノヘキサスロン」について、本人にお話を伺った。

ベトナム小学校の体育授業を劇的に変えたミズノヘキサスロンとは?

ミズノヘキサスロンに取り組む日本の子どもたち

ミズノヘキサスロンは2012年に、スポーツメーカー・ミズノが開発したプログラムで、公式サイトでは以下のように説明している。

「スポーツを経験したことがなく運動が苦手な子どもでも楽しく遊び感覚で走る、跳ぶ、投げるなど運動発達に必要な基本動作を身につけられるよう開発された運動遊びプログラム」

「ヘキサスロン」とは、ギリシャ語で6を意味するヘキサ(hexa)と、競技を意味するアスロン(athlon)を掛け合わせた造語。その名の通り、以下の6つの種目を計測するスポーツテストとこれらの種目を混合し作成した「遊びプログラム」から構成されている。

(1)25m走
(2)25mハードル走
(3)立ち幅跳び
(4)エアロケット投げ
(5)エアロディスク投げ
(6)ソフトハンマー投げ

ミズノヘキサスロンの特徴は、「楽しい」ことが大前提で、子どもたちが笑顔で遊びながら「走る」、「跳ぶ」、「投げる」といったスポーツに必要な基本動作を習得できるという点にある。

「CSRではなくビジネス」という言葉の真意は?

ベトナムからオンラインで取材に対応してくださった、ミズノ株式会社グローバル統括室グローバルビジネス開発マネジャーの森井征五氏

この独自のプログラムをベトナムの子どもたちの健康のため、同国の小学校の体育の授業に導入するといった事案を成功させたのが、「ミズノヘキサスロン」の事案責任者・森井征五氏だ。2015年にベトナムでの普及活動を開始し、現在は同国の63都市約200校の小学校においてミズノヘキサスロンを活用した体育授業が展開されている。

「最初は、ベトナムで名前も知られていない日本の会社から、僕のようなおじさんがやってきて、ミズノヘキサスロンを小学校で展開しましょうといっても、相手にされないだろうと思っていました。でも難しいからこそ、それを突破して、しっかり会社として儲けさせてもらって、それを自分の出世に繋げようと思ったんです。ですから、最初のきっかけは出世欲ですよ(笑)」

と、森井氏は関西人特有のユーモアを交えて当時を振り返る。しかし、この言葉にこそ、企業が「SDGs」を本当の意味で成功させるためのヒントがあるのではないだろうか。先程の冗談ともつかないような言葉のあと、森井氏は次のように続けた。

「『これは社会貢献なんです』とCSRという形でスタートすれば、例えば事案がうまくいかなくなった時に『いや、これはCSRですから』と言って、言葉は悪いですが、現場は逃げることができてしまう。欧米などではビジネスと社会貢献が二項対立のような概念として捉えられていることも知っています。ミズノがスポーツ用品と、それを使ったスポーツ振興を通じて社会に貢献するというのは、とても崇高な理念だとも思います。でも、私としては最初のスタートラインでしっかりビジネスをさせていただき、そこで得たプロフィットで社会に貢献する。それこそが、社会からの我々に対する期待値なんだという思いで、腹をくくってきました」

きっかけは、ベトナムの小学校で見たショッキングな光景

ミズノオリジナルの用具「エアロケット」で楽しみながらミズノヘキサスロンに取り組むベトナムの小学生たち

そもそも、森井氏は最初からミズノヘキサスロンを展開しようとベトナムへ渡ったわけではない。当時のミズノグループはベトナムに、OEMに関連する生産管理の現地法人はあったものの、商品の販路は持っていなかった。そこで、マーケティングリサーチのためにベトナムを訪れた森井氏は、たまたま知り合ったベトナム政府の関係者のすすめで、現地の公立小学校の体育の授業を見学。そこで見た光景にショックを受けたそうだ。

「まず、場所がない。ベトナムの小学校の体育は日本のような運動場ではなく、石畳の小さなスペースで行われていました。次にびっくりしたのは、1回の授業の短さ。わずか30分程度の間に、ラジオ体操のような集団運動をする程度。こんなことで本当に体育といえるのかと思いました。3つ目のショックは先生の顔が怖いということ。先生が怖い顔をして指導しているので、子どもたちも顔を引きつらせているんです。こんなことで子どもたちの健康を維持できるのか? ミズノヘキサスロンならば、子どもたちが笑顔で、安全に体を動かすことができるんじゃないかと思いついたんです」

しかし、当然ながら社会主義国であるベトナムの公立小学校の体育に、海外のしかも一企業が考案した運動プログラムを導入してもらうことは、決して簡単なことではなかった。

「どこの国もそうですが、官僚の人たちは前例がないことはやりたがらない。だから最初はもちろん反対、大反対ですよ」

さらにようやくミズノヘキサスロンの導入が決まったあとも困難は続いた。ベトナムで行われることになっていた、ミズノヘキサスロン導入の協力覚書締結に向けた式典の3日前、現地の手続きの遅れを原因に式典の中止が通告されたのだ。日本からはスポーツ庁長官をはじめとする、各界の重役が参加する予定ですでに日程が組まれていた。絶体絶命のピンチに陥ったのだ。

ピンチを救ったのは『know how』ではなくて『know who』

ミズノヘキサスロンで笑顔になったベトナムの子どもたち

式典中止が通告された後も、森井氏は各方面に働きかけ最後まで諦めなかった。結果として、式典は予定通りに行われることとなった。その時に一緒になって交渉に当たってくれたのが、現地で信頼関係を築いていた教育科学研究所のベトナム人所員たちだったそうだ。

「どんな産業でも、どんな国でも僕はビジネスをやり遂げるのに大切なことは、究極のところは一緒だと思っています。それは戦術志向。企業ではよく『俺たちが今語るべきは大きな戦略だろう』と、あたかも戦略というものが大きなもので、戦術は二の次とするケースがあります。でも、戦術っていうのは決して小さなものではない。じゃあ戦術とは何かといえば固有名詞なんですね。どこの誰に、どのタイミングで何をいったらどのように動いていただけるのか。ベトナムの教育訓練省のAさんよりもBさんに先に話を持っていったら、Aさんが拗ねちゃうんじゃないかとか。そういった固有名詞が出てこないまま戦略の話だけをしていても、目の前の現実は1ミリたりとも動かないんです。つまり『know how』ではなくて『know who』なんですね。だからミズノの森井というやつ、あいつなかなか信用できるから、次はここに紹介してやろうかといったことになる。こういう原始的な人と人とのコミュニケーションの真剣勝負を、言葉や文化の違いを乗り越え、どこまでやっていけるかと問い続けながら行動することが、大事なんじゃないかなと思います」

100年以上続く企業が考える真のSDGs

ベトナムから特別感謝状と記念品を授与されたミズノ代表取締役社長水野明人氏(左)と、ベトナム国家主席の使者グェン・ボー・フェン・ユーン氏(右)

2015年からの7年間、何度もベトナムと日本を往復し、現地の人々との真剣勝負を繰り返して信頼関係を築き上げてきた結果、ヘキサスロンは2016年度、2018年度、2020年度と三期連続で文部科学賞「日本型教育の海外展開推進事業」のパイロット事業に採択されている。さらに2022年6月には、ヘキサスロン促進事業に対し、ベトナムのグエン・スアン・フック国家主席からミズノに特別感謝状が授与された。

「おかげさまで、限られた時間とスペースの中でもヘキサスロンを導入したことで、子どもたちの運動量が以前の体育と比べて4~5倍に、運動強度が1.2倍に向上したそうです。でも、僕が一番嬉しかったのは子どもたちの笑顔なんですね。子どもって当たり前ですけど、企業や政府に忖度なんてしません。我々がこれをやれば運動量が増えるとか、運動強度がどうのこうのって言っても、それはテクニックの話。子どもたちは自分たちが面白かったらきゃっきゃと笑うし、つまらなかったら下を向いています。ですから、ヘキサスロンを導入して子どもの笑顔の数が増えたことが、ありがたかったなと思います。子どもたちが笑顔で、体育、運動することって楽しいなとか、体を動かすことって嬉しいな、という原体験を持ってくれれば、それが何よりの喜びです」

森井さんはある時、世界中に100年以上続いている企業がどれくらいあるか調べたことがあるという。その数なんと、約7万4000社。さらにそのうちの50パーセントが日本の企業で、その中でも上場しているのはミズノを含めて589社(2022年5月時点)だったそう。

「ミズノには『利益の「利」より道理の「理」』という言葉があります。これは英語で言うと、『Justice above Profit』となるんですが、「正しいことを正しくやって、真摯に真剣勝負でやって挑戦してあかんかったら、しゃあないやん」と。でも、そのあかんかったことに対して必要以上に罰せられるという文化もない。真摯に反省して次の糧にすれば、再チャレンジが許される。そんな企業文化もあって100年以上も続いていると思います。その中で僕も何度も挑戦させてもらって、ベトナムという国やベトナムの子どもたちから多くのことを学ばせてもらい、いろんなことに気付かせてもらった。この僕が感じていることを後世のミズノを担う人たちが感じとって、次の100年が作られる。まさに持続可能な企業になっていくんだと思います」

スポーツという事業を通して100年以上も社会に貢献してきた会社で、日本のみならず、ベトナムの子どもたちの健康を守るという大きな事業に取り組んでいる森井氏の話はどれもとても興味深いものだったが、中でもとても印象に残った言葉がある。それは「目の前の現実を1ミリでも変える」という彼のスローガン。「100メートル、1キロ、10キロと言われたら、しんどくなってへこたれますよ。でも、目の前の現実の1ミリでもいいと思うと、今この瞬間を真剣勝負で乗り切れるんですよね」。この1ミリの積み重ねが、ベトナムの子どもたちに笑顔をもたらし、持続可能な未来を作り上げていくのではないだろうか。

PROFILE 森井征五
ミズノ株式会社グローバル統括室グローバルビジネス開発マネジャー
1971年生まれ。兵庫県福崎町出身。滋賀大学経済学部卒。1995年ミズノ株式会社入社。長年、国内営業に従事した後、2008年より6年間、アジアオセアニア地域でスポーツ品の販売・マーケティングに携わる。2014年2月より主にベトナムを担当、現在に至る。2018年、経産省主官「第6回グローバル大賞・国際アントレプレナー賞」を受賞等。現在、滋賀大学経済学部・プロフェッショナルアドバイザーを兼業。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:ミズノ株式会社

日本型教育をベトナム小学校へ輸出。社会貢献とビジネスを一本化するミズノの流儀

『日本型教育をベトナム小学校へ輸出。社会貢献とビジネスを一本化するミズノの流儀』