「自分を使いこなす」西武ライオンズ若手の1軍デビューを導いた“言語化トレーニング”
2026年6月、埼玉西武ライオンズの成田晴風選手がプロ3年目にして1軍でのプロ初登板を果たした。
高卒で入団し、首の手術も経験。結果が出ない時期を乗り越えた成田選手が、「野球人生が変わった」と語るのは、意外にも筋力トレーニングではない。
ライオンズ独自の「獅考(しこう)トレーニング」だ。
若手選手に「考えを言葉にする力」を育てるこの取り組みは、なぜ生まれたのか。そして、球団は選手に何を身につけてほしいと考えているのか。人財育成を担当する伊藤悠一さんと、成田選手に話を聞いた。
野球選手に、なぜ言語化能力が必要なのか?

ライオンズが若手育成で目指したのは、自ら考え、自ら行動する“主体性”を育てることだった。そのための手段として、2021年に球団としては珍しい“人財育成”のチームを開設して、“獅考トレーニング”を始めたのだ。
「球団では、野球の技術はコーチが教え、我々人財開発担当は技術以外の考え方、目標設定や、実力を発揮するためにはどのような姿勢で取り組めば良いか、思考の幅を広げるにはどうしたらいいかといったことを指導しています」
と語るのは、入団1~3年目の選手たちをグラウンド外でも支える伊藤悠一さん(球団本部・ファーム監督補佐 兼 人財開発担当チーフ)だ。
「思考」と「獅子(ライオン)」をかけた“獅考トレーニング”は、大きく3つの柱で構成されている。
(1)獅考トレーニング
セミナーやグループワークを通して目標やアクションプランの設計を行い、自分の思考を整理する。
(2)リフレクション
専用アプリで毎日の振り返りを行い、自分の課題や成長を言語化する。
(3)定期面接
専門スタッフとの面接を通してキャリアを主体的にデザインし、目標や現状を言語化する中で取るべき行動を明確にしていく。
伊藤氏は、この取り組みで最も大切なのは「振り返る習慣」だと話す。
「重要なのは、目標を設定し、“リフレクション”でその目標に対して今日はどうだったのかを振り返り、明日はどうするのかを考えてもらうことです。それがつまり“言語化”で、言葉にすることで自分ができているところ、できていないところを把握する。
いくらコーチやスタッフが何か言っても、自分で気づかない限りは前に進めないので、そういった気づきのきっかけを用意しているのが、このトレーニングなのです」
言語化が目指すのは、“自分を使いこなす”ようになること

とはいえ、野球をするために球団に入ったはずが、いきなり言葉で説明しなさいと言われても普通は戸惑うのではないだろうか。実際に獅考トレーニングを受けている入団3年目の成田晴風選手に生の声を聞いた。
「ライオンズには高卒で入りましたが、それまでは野球の技術を磨き、野球だけやっていればいいと思っていたので、メンタル面などはあまり考えたことがありませんでした。自分のイメージしていることを口に出して、アウトプットするというのもしたことがなかったので、いざ“やってください”と言われても、最初は思うようには口に出せなかったですね。難しかったです」
そんな成田選手も、獅考トレーニングやリフレクションを繰り返していくにつれて、自分の変化を感じ始める。
「野球を一生懸命やっていても、結果が出てこなければ何かを変えないといけない。そういう意味で言語化トレーニングというのは、自分の新しい何かを見つけるために必要なのではないかと思うようになりました。
続けていると、思っていることをきちんとコーチに伝えることもできるようになり、自分の知りたいことも見つかるようになっていきました」
成田選手はプロ1年目に頸椎を手術し、なかなか“結果を出せない”時間が続いた。憧れのプロの世界に飛び込んだのに、身体に不調を抱えるというのはとてもつらい経験だったに違いない。
「“獅考トレーニング”は、自分の気持ちを整理する能力をつけることにもつながります。だから、怪我をした後でも、変に気持ちが沈むことはありませんでした。ポジティブに考えて、怪我をしたからこそ自分と向き合う時間ができたのだと、前向きに捉えることができたのです」
トレーニングを始めた当初は、戸惑いもあったと語る成田選手だが、思考を言葉にする能力を鍛えて今に至る自身を、どのように見ているのだろうか。
「大事なのは、自分を使いこなせるようになることだと思います。自分を道具だと思って完璧に使いこなすためにも、技術以外の、“獅考トレーニング”のような能力もきちんと鍛えて、ライオンズの中心選手の位置にたどり着けるように頑張りたいと思います」
このインタビューの約1か月後、成田選手は見事1軍デビューを果たした。技術面の努力はもちろん、その土台となる考え方もまた、少しずつ実を結び始めているのかもしれない。
答えは選手の中にある

“自分を使いこなす”というキーワードが成田選手の口から出てきたことに、伊藤さんは感慨深いと語る。
「成田選手は、最初の頃と比較すると見違えるように話せるようになりました。トレーニングを始めると、“目標なんて別に要らないんじゃない?”という選手もいます。
しかし、成田選手も言ったように、自分をどれだけ知ることができるかということが大事です。自分のプレーは何が課題で、不調の原因は何かということをきちんと言葉にできる選手は、確実に伸びます。
遠回りかも知れませんが、一人ひとり成功体験を積み重ねていく中で、効果があるなと感じてもらえれば、あとは加速度的に良くなっていきます」
選手が提出する日々の振り返りは、伊藤さんほか人財開発グループの皆で読み、個別に対応する。中には論文かと思うような長文の振り返りを送ってくる選手もいるそうだ。
「僕は、答えは選手の中にあると思っているのです。アスリートは自分の感覚を大事にしています。周りがとやかく言っても響くとは限りません。
ですから、僕たちの役割は、選手の中にある答えを引き出し、いかに整理してあげるかということなんですね。そういう局面では、問いが大事になってきます。
僕たちが何を問うかによって、選手の思考も変わってくるので責任重大ではあるのですが、選手一人ひとりをよく見て、適切な問いを発することができるようにと思っています」
選手一人ひとりをよく見るというのは、たとえば振り返りを提出しない選手がいたとして、厳しく“提出しなさい”と叱ることではない。
「提出しない選手には理由があると思っています。なぜ提出しないのかというところを掘り下げてあげると、自分でも気づかなかったことが見えてくることがある。僕は結果よりも成長を大事にしたいのです。結果が良くないと選手は反省しますが、反省ばかりではメンタルがキツくなってきます。
野球は“結果が全ての世界”ではあるのですが、逆に成長すれば結果はついてくるという考え方を選手たちには伝えるようにしています」
野球と言語化。一見、関係のないような事柄に思えるが、アスリートとして“自分を使いこなす”には、自分を知ることが欠かせない。そのために必要なのが、自分の考えを言葉にし、自分自身と向き合うことだった。
「答えは選手の中にある」
伊藤さんの言葉が象徴するライオンズ流の選手の育て方は、毎日を生きる私たち自身にも通じるヒントになるのかもしれない。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kaori Hamanaka
写真提供:埼玉西武ライオンズ






