日本新に沸いた! 全日本パラ・パワーリフティングを制した強者たち

日本新に沸いた! 全日本パラ・パワーリフティングを制した強者たち
2019.02.07.THU 公開

「第19回全日本パラ・パワーリフティング 国際招待選手権大会」は、2月2日、3日、ベトナム、韓国、ラオスから選手を招き、東京都・日本工学院八王子専門学校で開催された。

東京2020パラリンピック出場の必要条件となる世界選手権(7月、カザフスタン)の派遣選考も兼ね、51人が熱戦を展開。男子10階級、女子8階級でチャンピオンが誕生し、男女合わせ7階級で日本新記録が生まれた。

ベトナム、韓国、ラオスから来日した選手たちも参戦

美しい試技にこだわったマクドナルド山本恵理

開催会場の専門学生が演出した闘争心を掻き立てる音楽が流れ、赤と黒でドラマチックに設えられた第19回大会の舞台――。女子4階級、男子1階級で日本新が生まれた初日、大きな祝福を受けていたのは、みなぎる気合いで観客を惹きつけ、自らの日本記録を6kg更新し、59kgをマークした女子55kg級のマクドナルド山本恵理だった。

52kgでスタートし、第2試技は56kgを挙げ、世界選手権の参加標準記録をクリア。ここで喜びが弾けてもおかしくなかったが、山本は厳しい表情を崩さなかった。戦い方への強いこだわりがあったからだ。

2017年12月の世界選手権で記録なしだった山本は、昨年9月のアジア・オセアニアオープン選手権大会でも失格に終わった。この1年で体重を5kg増し、着実に筋量はつけたが、国際大会で胸まで下ろしたバーは毎回ぐらつき、左右に傾いた。だから今回、こだわったのは“精度”だ。「絶対に白(ランプ)を9つ取ると決めていました」。

そんな決意を秘めた山本が練習で取り組んだのはメンタルリハーサルだった。昨年12月のアメリカ大陸選手権以降、台への上がり方など試合を想定した練習に励み、試技の場面では「心拍数を試合と同じくらいまで上げる体験をできた」というほど自らを追い込んだ。

この日は集中力を擁すトレーニングの成果をしっかりと出し、3試技で3人の審判員から成功を示す白ランプを3つずつ引き出した。3回目のあと、白9つを揃えられたことがわかると、ガッツポーズで封印していた喜びを解き放っている。

自らの日本記録を6kg更新し、女子55kg級で優勝したマクドナルド山本恵理
封印していた喜びを込めたガッツポーズ

目標としてきた勝ち方を実現できたからこそ、山本の喜びは大きい。60kgの大台に挑戦した特別試技こそ失敗したが、「やっとスタートラインに立てた気がする」と安堵を口にする。パワーリフティングを始めてもうすぐ3年。もちろん立ったのは東京パラリンピックへと続く道の入り口だ。

「今回の結果で世界選手権に行けることになり、2020年に一歩近づいた。応援してくださっている人と一緒に前へ進みたい」と晴れやかな表情を浮かべていた。

急成長の樋口健太郎が2連覇

男子7階級が行われた2日目も、キャリアを築き始めて間もない剛腕たちが前進をアピールした。97kg級の馬島誠は、2010年のバンクーバーパラリンピックのアイススレッジホッケー(現・パラアイスホッケー)で銀メダルを獲得した後、2016年にパワーリフティングを始めた異色の経歴を持つ。

今大会の2回目ではうめき声をあげながら日本新となる160kgを押し切り、白ランプ3つを獲得。3回目は失敗したが、世界選手権の標準記録を突破し、東京パラリンピック出場につながる道は切り拓いた。試合後は「4月のチャレンジカップでは165kgを挙げたい」と意気込んでいる。

冬季パラリンピックに出場経験もある馬島誠が97kg級で優勝した

また日本新こそならなかったが、静かな闘志で存在感を示した新鋭もいた。72kg級を制した樋口健太郎だ。

自身の日本記録171kgを上回る174kgに挑戦した3回目こそ赤ランプ3つだったが、1回目に160kg、2回目で170kgを成功させ、138kg以下に留まった他選手を突き放した。

圧勝を飾った樋口だが、勝利を手放しで喜ばないのが魅力だろう。「目指しているのはあくまで世界だから」と高い目標を口にし、試合中、派手なガッツポーズや喜ぶ表情は一切見せない。夢の途上にあることを自覚し、満願まで自己を律しようとする態度がにじむ。

72kg級を制した46歳の樋口健太郎

そんな樋口が競技に出会ったのは、2017年秋のことだ。同年9月、オートバイを運転中、後ろから車に追突される事故に遭い、右大腿部下を切断してすぐ「パラリンピックに出よう」という思いが浮かんだ。

たくさんの競技のなかでパワーリフティングを選んだのは、もともとベンチプレス好きで「これなら可能性がある」と見定めたからだ。決意してからの行動も早かった。医療スタッフの勧めもあり、11月、病院から直行して全日本選手権に出場するためのトライアルに参加。ここで標準記録を突破すると、翌月の全日本選手権では早くも頂点へ駆け上がっていた。

以来、トレーナー経験などを生かし、東京パラリンピックまで綿密な練習計画を立てている。トレーニング時間は、東京都荒川区の小学校で理科の非常勤講師として教壇に立つ前の早朝6時からの2時間。仕事と両立しながら成長曲線は急カーブを描き、この約1年で挙上できる重さは35kg増した。2019年の目標は、190kgに到達することだ。

世界を目指し、自己を律しようとする姿勢が印象的な樋口

2月現在、世界ランキングは13位で、今後180kgに到達すれば世界10位以内で東京パラリンピックの出場圏に入り、190kgに成功すれば表彰台争いにも絡める。順調に歩む46歳はさらに飛躍していきそうな雰囲気を漂わせていた。

中辻克仁が日本人初の200kgリフターに!

一方、豊富なキャリアを持つ選手たちも負けてはいなかった。初日は男子54kg級の西崎哲男が137kgで日本記録を更新。「最低限のラインはクリアしたが、1本目で決められないなど、まだまだメンタルが弱いので修正したい」と課題を挙げた。

54級の西崎哲男が137kgで日本記録を更新

さらに、大会のフィナーレで気を吐いたのは、男子107kg級の中辻克仁だ。30代で競技を始めた49歳は全階級を通し、日本人で初めてとなる「200kgリフター」の称号を手にした。

日本人初の200kgオーバーを記録した中辻克仁

「長くかかっちゃいましたね」と苦笑したのは、過去2大会で合計3度、200kgを挙げたにも関わらず、赤ランプ3つに終わる苦境があったからだ。そこで限界値でトレーニングする回数を増やすことで改革を図り、今回は3回の試技すべてで3人の審判員が成功と判定する文句なしの内容で優勝を決めた。

7月の世界選手権では「200オーバー。できれば210」と目標を立て、「215kgないと厳しい」という東京パラリンピックの足掛かりにするつもりだ。計画通り、重量を積み上げられれば、中辻は50歳にして初めてパラリンピックに出場することになる。

中辻は世界選手権では200kgオーバーを目指す

【第19回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会 リザルト】
▼男子(階級/優勝者・記録)
49kg級/三浦浩 119kg
54kg級/西崎哲男 137kg(日本新)
59kg級/戸田雄也 131kg
65kg級/城隆志 133kg
72kg級/樋口健太郎 170kg
80kg級/宇城元 176kg
88kg級/大堂秀樹 182kg
97kg級/馬島誠 160kg(日本新)
107kg級/中辻克仁 200kg(日本新)
ジュニア107kg超級/松崎泰治145kg(特別試技で147㎏のジュニア日本新)

80kg級で優勝したベテランの宇城元
▼女子(階級/優勝者・記録)
41kg級/成毛美和 51kg(日本新)
45kg級/小林浩美 57kg
50kg級/中嶋明子 53kg
55kg級/マクドナルド山本恵理 59kg(日本新)
61kg級/龍川崇子 50kg(日本新)
67kg級/森崎可林 53kg(特別試技で55㎏の日本新)
73kg級/坂元智香 66kg

67kg級でシニア及びジュニアの日本新55㎏をマークした森崎可林

text by Yoshimi Suzuki
photo by Haruo Wanibe

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