研究者アスリートの“仕事観”~バドミントン・長島理~

研究者アスリートの“仕事観”~バドミントン・長島理~
2019.07.17.WED 公開

「バドミントンでメダルを獲ったところで、会社の中では昇格しませんから」と笑い飛ばすのは、日本バドミントン界の第一人者・長島理(WH1)。

手首のスナップを生かした、巧みなラケットワーク。
片手にラケットを握りながら、車いすを素早く的確なポジションに移動させる、緻密なチェアワーク。
そして、後方に飛ばされた球を打ち返す時に見せる“背中の反り”は、フィギュアスケート・荒川静香のイナバウアーを彷彿とさせ、観る者の目を奪う。

数々の国際大会で優勝を果たし、日本選手権ではシングルス優勝14回、ダブルス優勝12回を誇るトップアスリートでありながら、メダルよりも“昇格”を気にするところに、仕事に対する姿勢がよく現れている。
長島の職場での顔、それは「研究者」だ。

車いすユーザーの学生×就職氷河期

長島は中学からバドミントンを始め、高校、大学とバドミントン部に所属。
大学では化学を専攻し、将来は専門分野を生かした仕事をしたいと思っていた。
しかし、20歳のとき事故で脊髄を損傷し、車いす生活となる。
復学して大学院に進み、その後、就職活動を始めるが、いわゆる就職氷河期の真っただ中、厳しい現実に直面する。
追い打ちをかけたのは、“車いすユーザー”だという点。
面接はおろか、受験前に車いすユーザーであることを電話で伝えただけで「車いすの人たちに研究は無理です」と、門前払いされることも少なくなかった。
いつしか採用試験を受けた会社は50を超えていた。

悶々としながらも辛抱強く就職活動を続けていると、やがて数社から受験の知らせが届いた。そのうちの一社が、長島が入社することになる、住宅設備機器メーカー、株式会社INAX(現・株式会社LIXIL)だった。
一次選考を通過すると、採用担当者からあることを伝えられた。
「うちには車いす対応の寮があるので、仮にこの先の選考試験に進んだとしても心配はないですよ」
聞くと、すでに車いすユーザーの社員がいて、その方が寮に住む時に、車いすに対応した部屋を作ったということだった。
長島は、この先の選考に進むことを想定してそのような言葉をかけられたことがとても嬉しかった。
二次選考、最終面接と順調に進み、ついに、一般採用枠で内定をもらった。

ピカピカの新社会人生活

2005年4月、愛知県常滑市で念願だった研究者としての社会人生活がスタートした。
作業着を着て、トイレの素材を研究する毎日。
研究所の所長がよく言っていたのは「明るく、楽しく、元気よく」。
長島は、こういう社風が大好きだった。

一方で、バドミントンの練習は週に2回、そして、ウエイトトレーニングが週1回できるかどうか。
週5日、フルタイムでの勤務。
残業もあり、決して競技中心という生活ではなかった。

大学院時代にアジア選手権でメダルを獲っていた長島だったが、あくまでもバドミントンは面接でアピールするための“特技”や“趣味”に過ぎなかった。
ただ、「趣味の延長」で年に一回出場していた国際大会には、当時の研究所・所長と人事部長の計らいにより、“出張扱い”として行かせてもらっていた。
大会に出てメダルを獲ると社内報で取り上げられ、長島は社内でちょっとした有名人だった。

“研究者”長島理の功績

研究者としてのハイライトが訪れたのは、入社して10年が経とうとしていた頃。
「プロガード」という技術で特許を取得したのだ。

プロガードを簡単に説明すると、汚れをつきにくくする成分のことで、水をコロッコロにさせる性質がある。例えば、便鉢(便器のすり鉢状の部分)に、このプロガードをつけると、汚れた水はコロコロと転がって下に落ちやすくなる。さらに、水垢の成分と陶器の成分をくっつけない性質もあるため、仮に便鉢に汚れが残ったとしても、さっと拭くだけで簡単にとれる。
主婦が泣いて喜ぶ、夢のような発明だ。
プロガードは、2015年の「インベントアワード(発明者の研究成果を讃える表彰)」で最優秀賞を受賞し、研究の中心を担っていた長島は高い評価を得た。

比べてはいけないのかもしれないが、「会社で表彰されること」と「バドミントンの国際大会でメダルを獲得すること」、どちらが嬉しいかと尋ねると、長島は笑いながらこう答えた。
「バドミントンでメダルを獲ったところで会社の中で昇格しませんから(笑)仕事で業績を出すことはサラリーマンとして将来にわたって有益になりえます。そういう意味では、少なくとも社内向けにはそっちの方が嬉しいですよね」

「トップアスリート社員支援」の通達

バドミントンは2014年に、東京パラリンピックで正式競技として採用されることが決定した。
日本でパラリンピックムーブメントが加速し、バドミントンへの関心も高まっていったが、研究という仕事が好きな長島は、変わらず仕事中心の生活を続けていた。

そんな中、株式会社LIXILは、2015年に東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のゴールドパートナー(住宅設備部材&水回り備品カテゴリー)契約を結んだ。
そして翌年、2016年4月には「トップアスリート社員支援」という文書が社内通達された。
これは、スポーツを通じての社会的責任・CSRの取り組みの一環として、東京2020大会への出場が見込まれる選手に対して会社がサポートするというものだ。
具体的には「費用負担」と「勤務および業務内容」について支援される。
例えば、日本代表選考に関わる国際大会および国内大会への参加費用を会社が負担することや、勤務日に競技団体主催の練習会や大会などに参加する際は出勤扱いとする…などといった内容が含まれる。
この通達により、競技により集中できる環境が整った。

ところが、当の長島はというと、すぐにこの支援を受けようとはしなかった。
(今のままでは、勢いを増す海外選手に押され東京パラリンピック出場を逃す可能性もある。でも、好きな研究は続けたい…)

ただ、本人が思う以上に“アスリート・長島理”への期待は大きかった。
広報部や人事部をはじめ、社内中から長島を応援する声が寄せられた。
上司や同僚の思いに後押しされ、長島は、試験管を置きラケットを握る時間を増やすことを決め「異動希望」を提出した。
そうして、2017年4月、東京での生活が始まった。

バドミントン史上初のパラリンピックへ!研究者アスリートのプライド

研究職に変わりはないが、勤務時間は大幅に短縮され、15時には仕事を切り上げて練習に向かう日々。
週に4日は体育館でバドミントンの練習に励み、週2回は国立スポーツ科学センター(JISS)でウエイトトレーニング。
練習時間は以前の2倍以上となった。
東京パラリンピックに向けて、ギアは一段階も二段階も上がった。

今年2019年は東京パラリンピック本番を翌年に控え、どの競技においても重要な一年となる。
「開催国枠」が実質的にないバドミントンでは、世界ランキング上位者に東京パラリンピック出場権が与えられることが決まっており、ランキングを上げるには、対象となる国際大会で結果を出し、ポイントを獲得していかなければならない。
出場権をかけた熾烈なポイントレースは、すでに始まっている。

それでも、競技生活と仕事を両立させるというのが長島のスタイルだ。
体調面を考慮して、現在はさらに勤務時間が短縮されたが、仮に、100%競技に専念してもいいという社内制度ができたとしても、「0:10でバドミントンは選ばない」と断言する。

「会社の変化もあるので、常に情報を知っておかなければなりません。会社員であっての自分だと思っています。もちろん今までと同じように研究成果を出すのは難しいかもしれません。ただ、今やっている競技活動が、研究所のいろいろな刺激になったり、新たな研究の資産として会社にとってプラスになればいいなと思っています。
応援してくれる方のためにも、まずは東京パラリンピックの出場権を獲得できるように頑張ります。そして、東京パラリンピックではメダルを獲ることが目標です!」

研究者×アスリート。
業績×メダル。
全力で二兎を追う者は、二兎とも得る。それが、長島理というアスリートである。

text & photo by Rihe Chang

研究者アスリートの“仕事観”~バドミントン・長島理~

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