【スペシャル対談】漫画家・井上雄彦×車いすバスケ日本代表HC・及川晋平<前編>

【スペシャル対談】漫画家・井上雄彦×車いすバスケ日本代表HC・及川晋平<前編>
2019.09.05.THU 公開

日本最北端の街・北海道稚内市。
今年もこの街で合宿を行っていた、車いすバスケ男子日本代表“シンペーJAPAN”を、『リアル』の連載をリスタートさせたばかりの井上雄彦が取材に訪れた。
井上雄彦と及川晋平HCが、バスケを語りつくした熱いトークバトル。
『パラリンピックジャンプ』vol.3発売記念として完全版でお届けする!

※本記事はパラスポーツの“今”をお届けするスペシャルムック『パラリンピックジャンプ』(「週刊ヤングジャンプ」と「Sportiva」が共同編集/協力:パラサポ)との共同企画です。

チームの方向性を再確認し、
東京へ“整える”1年に

及川 ようこそ、稚内へ! 井上先生は、稚内は初めてですか?

井上 初めてだよ。街中に野生の鹿がいて驚いた(笑)。静かで雰囲気のある街だね。

及川 そうなんですよ。いま、選手たちは遠征や合宿で、すごくタイトな毎日を過ごしているから、ちょっとストレスから離れて、のんびりしつつもバスケに集中できる合宿場所を探していたんです。街の方々もすごく親身にサポートしてくれて、アットホームな雰囲気の中で充実した練習をやらせてもらっています。

井上 リオの後から毎年来てるの?

及川 はい。僕たちは3年連続3回目ですね。リオの後、東京でメダルを獲るという目標を掲げましたが、今までと同じことをやってもそこにはたどり着けない。メダルに向けて、新しい取り組みを始めた場所です。

井上 3回目の稚内合宿のねらいは?

及川 今年は11月にタイで開催される、東京パラの予選も兼ねた大会「アジアオセアニアチャンピオンシップス」が最大の目標です(結果に関係なく日本は開催国で東京パラ出場が決まっている)。これに勝ってアジアオセアニア王者となって、来年の本番へ駆け上がっていく流れを作っていきたいと考えています。今回の稚内合宿はその勢いを作る出発点と位置付けています。

井上 チームの土台は出来上がってきている上での、東京パラに向けた最初のステップだ。

及川 そうです。2020年までを4つに分けて、半分のステージは終わっています。最初の1年は「壊す年」。リオのチームでやったことを壊して、使えなかったものを捨てて、新しいものを採り入れました。2年目の昨年は世界選手権の舞台でそれを「試す年」。強豪に勝ったり、接戦したりする中で、チームとして取り組んできた方向性に間違いがないことを再確認しました。

井上 それは現地で観戦した僕も感じたよ。

及川 その一方で、世界選手権では修正点も見つかったので、今年はそれを修正しながら東京パラに向かう道を描いていきます。壊して、試した後の今年は、「整える年」なんです。昨年試したことを整理して、戦略面も整えていく。選手たちの考えや動きもさらに整理されてくると思います。

井上 僕の頭の中には世界選手権で見たゲームがすごく残ってて、とても魅力的なバスケだと感じたんだよ。それがチームとして継続されていて、次の段階に入ってきているのが嬉しい。この方向性で強化を続けて、あと1年でどこまでチームが強くなるのか楽しみだね。

若く真っすぐな自信が、
チームを変える!

及川 世界選手権後も、10代、20代前半の若い選手たちによってチームが活性化しています。次々と若い選手が出てくるのは、男子U23日本代表が機能していることが大きいですね。昨年代表でブレイクした岩井孝義もそうだし、鳥海連志、古澤拓也、緋田高大、川原凜・・・みんなU23との連携から代表の戦力になりました。若いから、いろんなことができる完成された選手たちじゃないんです。でもまだ自分の能力が備わってなくても「よし、パラリンピック出てやるぜ」みたいな勢いで入ってきて、いろんなことをすぐに吸収していく。U23とは戦略的に同じところが多いので、選手たちも「あぁ、これやればいいんでしょ!」って自分の役割がわかってる。だから先輩たちに臆することなく、自信を持ってプレーできて、すぐに戦力になってくれるんです。

井上 チームの核となる選手がいて、そこに若い血が入って戦力が増えてきているということは東京に向けて大きいね。

及川 前に井上先生に、『リアル』の戸川清春みたいな気持ちの強い選手がチームに欲しいって言ったことがあるんですけど、今の若い選手たちは、本当に戸川みたいなメンタルしてるんですよ。僕が選手だった時代は、日本代表でも先輩たちの言うことを聞いてやっていけばいいっていう文化だったんですけど、彼らは違う。先輩たちの作ってきた歴史の上に行く、自分の手で新しい歴史を作るんだっていう気持ちがあふれてる。もう、その自信が宝物のように思えます。

井上 そういう、自我の強い選手たちが集まると、衝突みたいなことも当然あったりする?

及川 もちろん代表の座を争うライバルでもありますから、コミュニケーションは難しい部分はありますね。でも、俺が俺がって目立つプレーをすることと、俺のプレーでチームを勝たせることは同じじゃない。自分がシュートを打ちたいけど、周りを活かすことでシュートの成功率が上がりそうだなという場面でどちらを選ぶのか・・・強い相手ほどその選択力が重要になってきますから。今のチームは実績のある藤本怜央や香西宏昭から若い選手までみんな、勝つことを最優先に考えてプレーしていますね。

井上 若い選手の自信の持ち方の大切さは、健常の日本代表でもすごく感じたことがあったんだよ。去年のワールドカップアジア予選、オーストラリア戦の前に八村塁選手と話をしたときに、「大変な試合になるけど、勝てるんじゃないかなと思います」みたいなことを真顔で言っていた。この根本にあるその自信が、ひょっとしたらという予感を抱かせたんだよね。

及川 チームとしては4連敗で崖っぷちまで追い込まれていましたからね。FIBAランクも向こうがずっと格上ですし、チームとしては厳しい時期だったと思います。

井上 もう一人、実績があるニック・ファジーカス選手も、少なくとも勝つ可能性があることをまったく疑っていなかった。この2人の自信が、周りの選手をその気にさせた雰囲気があった。なるほど、その気にさせることの力っていうのは、すごいなって思ったんだよ。

及川 あっ、その雰囲気、わかります。ヨーロッパやアメリカ、アフリカの身体のサイズを武器にしたバスケに対して、アジアの身体の小さい日本は何もできなかった。でも、今のアカツキファイブは、様々な強化や戦術面での成果が少しずつ出てきて、そこから一歩前に進むことができましたね。なんとかなるぞっていう時代に入ってきていると感じますね。

井上 うん、そうだね。

及川 あんなバスケをやってみたいって、華やかな技術を一つひとつ真似してきたけど、何度も跳ね返されて、同じことをやっても勝てないんだということもわかってきた。それを理解した上で、日本らしさを活かした日本独自のバスケを進化させてきた結果、2020年東京では今度こそ世界で勝つことができるかもしれないと選手自身も関係者も、ファンも、みんなが感じ始めていますよね。

井上 それは車いすバスケも同じだよね。今までの国際大会と比べてどんどん内容がよくなってきていて、どこが相手でも勝つ可能性を感じるようになってきた。昨年の世界選手権のトルコ戦とか、圧巻だったからね。

及川 トルコ戦は、ヘッドコーチの僕の手の届かないところに行った試合でした。選手が自分たちでどんどんやっていって、それがバシバシ当たる(笑)。

井上 日本人として誇らしい気持ちになった試合だった。試合後のビールが最高に美味かった(笑)。

及川 例えば、4年前のラグビーのワールドカップで日本代表が南アフリカに勝った試合とか、他にも日本人が世界の強豪を倒していく試合は、意外とみんな似てるんじゃないかなという気がするんです。状況とか雰囲気とか、それを作っていく過程も。それが日本の底力みたいなものじゃないかなって思いますね。

(後編につづく:https://www.parasapo.tokyo/topics/20382


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現在、車いすバスケットボールを題材にした『リアル』を「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて大好評シリーズ連載中!!

井上雄彦(INOUE TAKEHIKO)

1967年1月12日 鹿児島県出身
1988年「楓パープル」で第35回手塚賞に入選し、デビュー。
1990年より1996年まで『SLAM DUNK』を「週刊少年ジャンプ」(集英社)にて連載する。この作品が日本におけるバスケットボールブームの火付け役となり、2004年には国内発行部数1億部を突破し、第40回小学館漫画賞や、日本のメディア芸術100選においてマンガ部門1位に選ばれている。

及川晋平(OIKAWA SIMPEI)

1971年4月20日 千葉県出身
16歳で骨肉腫となり、その後、千葉ホークスで選手としてのキャリアをスタート。2000年シドニーパラリンピックをはじめ、日本代表として数々の大会に出場した。アメリカ留学から帰国後は、「Jキャンプ」の活動を通じて車いすバスケの楽しさと人間の持つ可能性を多くの人に伝えてきた。指導者としては、カナダの名将であるマイク・フログリーに師事し、NO EXCUSEを強豪チームに育てた。2012ロンドンパラリンピック男子日本代表アシスタントコーチを経て、男子日本代表ヘッドコーチに就任。東京パラリンピックでのメダル獲得に向けてチーム強化を進めている。

構成・文/市川光治(光スタジオ)
取材・文/名古桂士(X1)
撮影/細野晋司

※本記事は『パラリンピックジャンプ』編集部協力のもと掲載しています。

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