すべてをかけた特別な舞台、東京パラリンピック・テコンドー日本代表選考会

すべてをかけた特別な舞台、東京パラリンピック・テコンドー日本代表選考会
2020.01.30.THU 公開

初のテコンドーパラリンピック日本代表の座は誰の手に――?
1月26日、東京大会からの新競技であるテコンドーの東京2020パラリンピックの代表選手最終選考会「サンマリエカップ」が日本財団パラアリーナで開催され、各選手の“応援団”と多くの報道陣が詰めかけた。

東京パラリンピックの出場枠は、2019年年末の世界ランキング上位者の国に与えられるが、上位者のいなかった日本には開催国枠「3」が与えられ、国内選考会で勝利した男子-61kg級、男子-75kg級、女子+58kgの各1名がその切符を手にすることになっている。

前足で相手との距離をキープし、後ろ足である左の蹴りでポイントを重ねた田中

「競技を始めてから代表決定のこの日まであっという間の4年間だった。今日ですべてが決まるのか」とこの競技を国内の第一人者として引っ張ってきた伊藤力が話したように、それぞれが特別な舞台への思いを背負いながら一発勝負の選考会に挑んだ。

階級を落とした田中光哉が第一人者を下して東京切符!

選考会への出場資格のある3選手が出場し、総当り戦で競われた-61kg級は全てが激戦だった。

上肢障がいの選手によって行われるパラテコンドーは、障がいの程度によってK41〜K44まで4つのクラスに分けられるが、東京2020パラリンピックは両肘から下の障がいがある「K43」と、片腕に軽い障がいがある「K44」のコンバインドで行われる。

選考会に出場した3人のうち伊藤はK44 に当たり、田中光哉と阿渡健太はK43に区分されるため、本命視されていたのは伊藤だった。

一戦目は、世界ランキング11位の田中光哉と、同5位で上位にランクされる阿渡健太。序盤からリードしたのは、昨年3月から10kg以上の減量に取り組み、75kg級から61kg級に階級を下げた田中だった。お互いに肩で押し合う展開からの離れ際に蹴りを当てて得点をする阿渡に対し、体格で勝る田中がリーチの長さを活かし、後ろ足での蹴りでポイントを重ねた。そのまま田中がリードした状態で3ラウンドに突入し、お互いに激しい蹴りの応酬となるが、自分の間合いを掴んだ田中が相手の蹴りをすかしたあとに的確に自分の攻撃を当て、48-24の大差で阿渡を振り切った。

初戦で敗れ、東京パラリンピックの自力出場がなくなった阿渡

この階級の2戦目は、右腕切断の伊藤と田中。伊藤は欠損している右手を後ろに構え、前の手で田中の蹴りを防御し、自分の攻撃を返す作戦で、ポイントの高い180°回転の後ろ回し蹴りも決め、1ラウンドを10-9とリードする。

伊藤は右足で攻めたが、2ラウンド以降なかなか得点ができなかった

しかし、2ラウンドに入ると田中が反撃を開始。自ら前に出て相手の蹴りを誘い、それをかわして自分の蹴りを当てるというリーチを活かした展開でポイントを連取する。蹴りはポイントが2点と低い通常の前蹴りや回し蹴りだが、積極的に攻めていく。対する伊藤はポイントが3点や4点と高い回転しての蹴りを狙っているのか、やや後手に回っている印象だ。

両腕に障がいのある田中(左)が障がいの軽いクラスの伊藤を下し東京パラリンピック行きを決めた

11-30と田中がリードして迎えた最終ラウンド。伊藤は逆転を狙って回転蹴りを出すものの、田中は前足の蹴りでそれを止め、後ろ足の回し蹴りでポイントを重ねる。リーチを活かして間合いを支配し、相手の蹴りをかわして自分の攻撃を返す動きも板についている。終わってみれば15-38と大差をつけて田中が勝利。同時に東京パラリンピックへの切符をつかんだ。

所属企業や道場の仲間のいる観客席に満面の笑みで応えた田中は試合後、「今日のために研究はしたが、日ごろから道場で世界の相手をイメージして練習しろと言われてトレーニングしている。ここがゴールじゃない」とコメント。今後の課題については「-61kg級の海外選手はスピードがあるので、その部分を強化したい」と話し、その目は東京の舞台をしっかりと捉えていた。

応援を力に変えた田中。障がい者スポーツ指導員として働いていた経歴もあり、「選手としてパラスポーツを盛り上げる立場になれてうれしい」

対する伊藤は、試合直後は呆然としていたが、「相手の足が長く、自分の蹴りがふところに入りづらかった」と振り返り、「田中選手が競技を始めたころから知っているが、キックの質も変わりうまくなっていた」と勝者を称えた。

消化試合となった-61kg級の最終試合も熾烈さを極めた。伊藤が最後の蹴りを決めて28-26で阿渡に勝利。両者ともに力を尽くした。

2016年から競技を始め、さまざまな道場を回って競技環境を切り拓いてきた伊藤は、最大の目標だった東京パラリンピック出場の途を断たれたことになる。しかし「これだけのお客さんに見てもらえるようになり、盛り上がる試合ができたのは成果。やってきてよかった」と語り、パイオニアらしく、後進への気配りを忘れなかった。

伊藤と阿渡の最終試合も、激しい攻防が繰り広げられた

逆転劇を想定していた工藤が期待の若手・星野に勝利!

-75kg級は昨年の日本選手権優勝者であり世界ランキング8位の工藤俊介と、18歳と年齢が若く-61kg級から階級を上げてきた星野佑介(ともにK44)が対戦。お互いに欠損のない右手を前に構える点は共通だが、積極的に前に出て近い間合いの蹴りを得意とする工藤に対して、星野はカウンターの右蹴りにキレがあり戦い方は対照的。両者なかなかポイントを許さない好勝負で1ラウンドは2-2と同点、2ラウンド目は得意のカウンターを決めた星野が5-4とリードして終えた。

若手伸び盛りの星野(右)は大学受験の合間を縫ってトレーニングを積んだが……

しかし、同じ道場でともに練習を積み東京オリンピック出場を狙う本間政丞に「たぶん1点差で負ける展開になるので最後に逆転して勝ちましょう」と言われたという工藤は、最終ラウンドに地力を発揮する。自ら前に出て間合いを詰め、得意とする近い距離の蹴りを連続して決めてポイントをリード。逆転を狙う星野の360°回転しての蹴りも見切り、15-11のポイント差で勝利を決めた。

得意の近い間合いの蹴りを連続で当て、最終ラウンドで逆転勝利した工藤

「コーチの指導のもとに、相手選手を研究し練習してきた成果」と試合を振り返った工藤。東京パラリンピックでの目標を問われると「今まで支えてくれた両親や仲間に恩返しするために金メダルを獲りたい」と語り、「そのためには体格の大きな海外選手と対等以上に渡り合えるようにフィジカルを強化したい」と、東京の舞台を見つめた。

「死ぬかと思った!」苦しい試合を戦い抜き、工藤は喜びを爆発させた

女子の太田渉子は夏冬パラリンピアンに

代表候補選手が1名のみの女子+58kg級は、太田渉子がエキシビジョンマッチを行った。相手は同じ道場のコーチとあって、手の内のわかっているもの同士での対戦だったが、積極的に前に出て蹴りを出す。試合後半になっても全く動きの落ちないスタミナ面での強さも見せて、13-12で勝利し代表確定に華を添えた。

パラテコンドーの競技歴は2年ながら、スムーズな蹴りを連発し強さを見せた太田

過去にクロスカントリースキーとバイアスロンで冬季パラリンピックに3回出場し、銀メダルと銅メダルを獲得している。夏季パラリンピックは初出場となり、パラリンピックの金メダルを手にしたことはまだない。「日本で開催するパラリンピックは私にとって特別。そこに挑戦できることはすごくありがたい。多くの人にパラテコンドーを見てもらえる機会なので、ベストコンディションでNo.1を目指す」と語った太田。「私の階級は女子では重量級なので、海外では身長が190cmあるような選手もいるが、パラテコンドーは頭部への攻撃が禁止されているので中に入って近い間合いでの蹴りを練習している」と言い、スピードやステップワークを磨いて表彰台を目指す。

東京パラリンピックの切符を掴んだ(左から)田中光哉、工藤俊介、太田渉子

2015年1月に東京パラリンピックでの競技採用が決まったテコンドー。その後、伊藤が競技を始めるまで国内では競技人口がゼロだった時期もあった。全日本テコンドー協会のパラテコンドー委員会が発足し、今では競技人口は男子15人・女子5人の約20人に増えた。

さらなる普及のチャンスは、今年の夏。自国開催のパラリンピックでの活躍が普及への“一番の近道”だと選手・関係者は考えている。

「初めてのパラリンピックの戦いになる。メダルを獲れる可能性もあると思うので、選手たちがいいパフォーマンスをできるようにサポートしていきたい」。全日本テコンドー協会の木下まどか氏はそう言葉に力を込めた。

text by TEAM A
photo by X-1

すべてをかけた特別な舞台、東京パラリンピック・テコンドー日本代表選考会

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