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アーチェリー・上山友裕が考える東京パラリンピックとそれ以降

アーチェリー・上山友裕が考える東京パラリンピックとそれ以降
2021.04.28.WED 公開

2019年のパラアーチェリー世界選手権大会(オランダ)で東京パラリンピック出場枠を獲得し、内定を決めたアーチェリー上山友裕。きさくな人柄と関西人ならではの巧みな話術で多くの人を魅了し、アーチェリーやパラスポーツの認知度向上にも一役買っている。上山が目指す東京パラリンピックとそれ以降の、自身とパラスポーツ界の姿とは。

パラアーチェリーは甘くなかった

上山がアーチェリーに始めたのは、2006年のこと。関西の強豪として知られる同志社大学アーチェリー部に入部した。卒業後も競技を続けていたが、2011年、両脚がまひする。

上山友裕(以下、上山) まひの原因はあれこれ検査をしても結局わからず、現在に至るまで原因不明のままなのですが、当時から不安を感じることはありませんでした。というのも、アーチェリーって、当時から車いすの選手がたくさんいて、試合でもよく見かけていたんです。なので、もしこのまま車いす生活になっても、アーチェリーはできるからしっかり練習を続けていこうと思っていました。

リカーブ男子のエース・上山友裕(写真は、2018年JPAF杯パラアーチェリートーナメント大会)
photo by X-1

車いすユーザーとなったことで、パラへの転向を勧められた。

上山 当時の僕の実力は今ほどのものではなかったのですが、それでもパラの大会なら上位に入れるよとの言葉に誘われて、試合に出てみることにしました。一つはジャパンパラアーチェリー競技大会で、もう一つはフェニックス大会という、どちらも国内のトップパラアーチャーが集まる大会です。

あわよくば優勝できるかもとの気持ちで挑んだのですが、勝負強い人が有利と言われるジャパンパラでは3位、実力通りの結果が出やすいとされるフェニックス大会では2位。これだけ聞くと、決して悪くないのでは思われるかもしれませんが、特にフェニックス大会では、小野寺公正選手が僕が当時出したことがなかった高得点で優勝したんです。それで、「あ、パラの世界も甘くないな。本気でがんばらないと1位にはなれないな」とわかって。それで、週に一度の練習に、それまで以上に熱を入れて取り組むようになりました。

そのかいあって、翌2012年のジャパンパラで優勝。2013年には初の国際舞台・世界選手権を経験するが、そこでまた新たな壁にぶち当たる。

上山 パラに転向後、健常の世界選手権出場経験もある末武寛基コーチに本格的に指導を仰いできました。その結果、日本で勝てたんだから、世界でもそれなりに勝てるのではと思っていたのですが、結果は1ポイントも取れないまま敗退。世界の厳しさを思い知らされる結果となりました。

でもこのままでは悔しいし、僕とほかの国の選手たちは何が違うのか知りたくて、ある選手にどのぐらい練習しているのか聞いてみたんです。すると、「大会前に練習できないのか」と逆に質問されて。僕は普段働いているから、週に一度しか練習できないし、この大会も会社の有給休暇を利用して来ていると言ったら、「それじゃ、だめだろう」と。彼らとは、そもそも競技をするための環境が違っていたわけです。本気で世界で戦うなら、まずは環境を整えなければならない。そうわかって、帰国後、アスリート採用をしている三菱電機に転職しました。

絶大な信頼を寄せる末武コーチとは10年来の付き合い。リオパラリンピック時は日本からアドバイスを送ってもらい調子を取り戻したという

まずは僕自身を見てもらうために

練習量の増加に伴い、めきめきと力をつけた上山は、2016年のリオパラリンピックに出場し、7位に入賞。その時に感じた「地元の応援の力」を東京パラリンピックでは自身の力にすべく、「会場を満員にして金メダル」を目標に掲げた。

上山 「会場を満員にして金メダル」は、かつてプロ野球・日本ハムファイターズで活躍していた新庄剛志選手が掲げた公約「札幌ドームを満員にして日本一に」を参考にさせていただいています。新庄選手のように、僕も「上山がいるからアーチェリーを見てみよう」と思ってほしい。そのためにも、まずは一人でも多くの方に僕自身を知ってもらうことが必要と、講演会やイベントに積極的に出演してきました。そうした機会を通じて僕を知ってくれた方がツイッターのフォロワーになってくれているのは、率直にうれしいです。2019年のパラサポのイベント『パラフェス』出演後は1日に約1000件もフォローが増えて、すごかった。ところが、この1年ほどはコロナ禍で講演会やイベントにお呼びいただく機会が減っていて、残念です。

「会場を満員に」という目標も、現時点ではどうなるかわかりません。ただ、観客数を半分にするなら、その半分がすべて埋まればいいし、ゼロならできるだけ多くの人にオンラインやテレビで観戦してほしい。その時の状況での「満員」を目指すことに変わりはありません。

コロナ禍でファン層の拡大にも苦労していると明かす。

上山 SNSはこまめに発信することが大切ですが、だからといって、なんでもいいわけではありません。僕たち選手が発信できる大きなニュースといえば、国内外での大会の結果ですし、選手ですから試合で目立つのが一番だとも思うのですが、コロナ禍で2020年2月以降、試合自体が無くなってしまい、ファンにお届けできる情報が少なくなってしまいました。そのせいもあって、せっかく獲得したフォロワーさんが減ったりもしたので、とくに去年はこの状況下で何をどう発信していこうかということが課題でした。

今は面白いことがあったら、とりあえず書いてみるようにしているのですが、大阪人なのでオチがない話はイヤなんです(笑)。いい話でオチもあって、というのは正直レアなのですが、ないわけではない。なので、常にアンテナを張って、ちょっとでもよさそうなネタに出会えたら逃さないぞという心構えでいます。

自粛期間中だったからこそ、チャレンジしてみたこともあります。その一つが、ファンとのオンライン飲み会です。もともと一方的に発信するより、もっと交流したいなと思っていましたし、どんな方が応援してくれているのかも知りたかった。さらに、オンライン飲み会は、僕が発祥ちゃうかっていうぐらい早い時期からそれこそ毎日のように開催していたので、コツもわかっていましたから。

僕が体得したオンライン飲み会のポイントは、参加者は僕以外で4人までに絞るということ。それなら、誰が話しているかわからなくなることもないですし、話に入れなくてつまらない思いをする人もなく、みんなで盛り上がれます。実際にやってみたら、僕が話を振らなくても、ファンの方同士で話題を振り合って盛り上がって。リアルの飲み会みたいで、楽しかったです。参加してくれた4人中2人はパラフェスでの僕のトークやパフォーマンスをきっかけに応援してくれるようになったとのことだったのですが、具体的に僕のどこを気に入ってくれているのかまでは、さすがに恥ずかしくて聞けませんでした(笑)。

シャワーを浴びているときに思いついたというファンとのオンライン飲み会。情報発信やファンとの交流に積極的なのも上山の魅力

パラスポーツだからできることで、ファンを増やしたい

今は東京パラリンピックに向けて全力投球だが、大会後にやりたいことがあるという。

上山 東京パラリンピックは、パラスポーツを知ってもらう機会としては、今後二度と訪れないのではというほど貴重なチャンスだと思っています。このチャンスを生かし、次のパリ大会に向けてパラスポーツ界をもっと盛り上げていきたいです。

僕としてはやはり、有名な選手を作るところから始めたい。それは競技成績が優秀というだけではなく、なんだか面白いヤツということでもいいと思うんです。現時点で僕の友人の中でYouTubeチャンネルを持っているのはパラ卓球の岩渕幸洋選手だけなので、岩渕選手の力も借りながら、ゆくゆくは僕もYouTubeチャンネルを開設して、アイデアを形にしていきたいと思っています。

もちろん、アーチェリーももっと広めていきたい。僕のツイッターのフォロワー数は現在約3500なのですが、これは健常とパラを合わせた国内の全アーチェリー選手の中でトップです。もっとアーチェリー界全体を盛り上げたいとがんばっている方たちからもお声がけいただいているので、そちらでもぜひ力になれればと思っています。

競技では、国内最高峰の大会である全日本ターゲットアーチェリー選手権への出場を目指します。オリンピック種目であるリカーブ部門で僕が出場できれば男性のパラ選手としては45年ぶりに、決勝トーナメントに進出できれば史上初となります。健常のトップ選手たちは、練習で1日500~600本射つなど、ものすごく努力をしていて、比べるのも申し訳ないぐらい実力差がありますが、決勝トーナメントでは一発逆転の可能性がある。試合ではめったに緊張しない僕としては、決勝トーナメントに進めれば、面白い戦いができるのではないかと思っています。

”緊張しない“強みで実力を発揮し、東京後は「全日本ターゲットアーチェリー選手権」での活躍も誓う

東京パラリンピックでは、重定知佳とのペアでミックス戦にも出場する可能性がある。「お互いに波長が合う」というだけに国際舞台で目覚ましい成績を上げており、本番でも金メダルが十分に期待できる。リカーブ男子とミックス戦の二つで、表彰台の真ん中に上がれるか。「うえやま劇場」と「うえしげ劇場」の結末をぜひ見届けたい。

text by TEAM A
photo by Haruo Wanibe

アーチェリー・上山友裕が考える東京パラリンピックとそれ以降

『アーチェリー・上山友裕が考える東京パラリンピックとそれ以降』