8つの奇跡を起こし、イギリスをガラリと変えた伝説のスポーツイベントとは?

8つの奇跡を起こし、イギリスをガラリと変えた伝説のスポーツイベントとは?
2021.07.08.THU 公開

政治、経済、気候変動、災害……社会を変える要因はたくさんあるが、ひとつの国のあり方を大きく変えるきっかけになったスポーツイベントがあることをご存じだろうか? それは、2012年にイギリスで開催されたロンドンパラリンピック。この大会は開催期間中はもちろん、その後も多くの点でイギリスにポジティブなソーシャルイノベーションを起こしたことでも知られている。災害などによりネガティブに変化するのではなく、楽しみながら、イギリスの人々の意識そして社会もポジティブに変えたロンドンパラリンピックとは、どのようなものだったのだろうか。

ロンドンパラリンピックで起きた8つの奇跡

(写真はロンドン2012パラリンピック)ⓒGetty Images Sport

2012年に開催されたロンドンパラリンピックは、史上最高の成功をおさめたと言われている。期間中にイギリス国民の多くがパラリンピックに熱狂したのはもちろん、大会後にもイギリス社会に多くのポジティブな影響を遺したからだ。特に以下の内容は「ロンドンパラリンピックで起きた8つの奇跡と変化」として今も語り継がれている。

1.事前に導入された教育プログラム「Get Set」によって、パラリンピックに興味を持つ子どもが増え、チケット購買数もUP
2.イギリスの公共テレビ局が作った革新的なCM「Meet The Superhumans」をきっかけに全世界がロンドンパラリンピックに注目
3.空前のパラリンピックムーブメントが起こり、観戦チケット280万枚が完売
4.「ゲームズメーカー(Games Maker)」と呼ばれた大会ボランティア7万人が、運営サポートにとどまらず、会場を盛り上げ、大会成功に大きく貢献
5.イギリスのバリアフリー化が加速
6.2012年以降、イギリスの障がい者雇用が増加
7.2017年にロンドンで開催された世界パラ陸上も大盛況
8.パラリンピック教育が、イギリスのレガシーとして今もなお受け継がれている

こうした奇跡と変化はなぜ起きたのか? これまでのパラリンピックとは何が違ったのか? まもなくパラリンピックを迎える東京、そして日本でもこうした奇跡を起こすことができるだろうか? といった疑問を追求すべく、先日より4週に渡り、「THE INNOVATION 2012 LONDON >>> 2021 TOKYO」(公益財団法人 日本財団パラリンピックサポートセンター主催)というオンラインカンファレンスが開催されている。ロンドン大会をはじめとするパラリンピックに出場したパラリンピアンや、大会にかかわったさまざまな人々、さらには人気の吉本お笑い芸人が参加して、パラリンピックを、【大会】【人】【メディア】【教育】の4つの側面から紐解く。

第1回は、日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)会長・山脇康氏、イギリスパラリンピック委員会会長・Nick Webborn氏、東京2020パラリンピックの車いすラグビー日本代表の島川慎一選手、そしてお笑いトリオ・パンサーの向井慧氏がパラリンピックという【大会】そのものをテーマに、熱いトークを繰り広げた。その一部をご紹介しよう。

教育やメディアが、人々の意識を変える

これまでに4度車いすラグビー日本代表としてパラリンピックに出場した島川慎一選手

ロンドンパラリンピックでは、1960年の第1回ローマ大会から約60年、15回行われたパラリンピックの中で、史上最多の観戦チケット280万枚が完売した。東京ドームが満席となっても5万5000席なので、その50倍のチケットが1つの大会で完売したのだから驚きだ。しかも、その購入者の多くが開催国イギリスの人たちだったという。

「車いすラグビーは全ての試合が超満員で、日本チームが戦う試合でも日本からきた応援団が入れないくらい地元の人が応援してくれました」と、当時車いすラグビー日本代表としてロンドン2012大会に参加した島川選手は当時の熱気を振り返る。

オリンピックのチケットが完売することはあっても、パラリンピックでは異例のことで大会関係者も驚いた。ロンドンパラリンピックがここまで人気となった大きな理由のひとつとしてNick Webborn氏は教育の重要性を説く。

自身も車いすテニスでイギリス代表に選出された経験をもつイギリスパラリンピック委員会会長・Nick Webborn氏(左)と、ロンドン大会ではボランティアとして参加していたパラサポ会長・山脇康氏(右)

「これからの世代は、障がい者の障がいを見るのではなく、その人自身を見ることが重要です。イギリスには『GET SET』という教育プログラムがあります。オリンピックやパラリンピックの選手達が協力して、学校で教員が使う教材を作るという取り組みですが、この影響でロンドンパラリンピック以降、子どもたちはパラリンピアンをロールモデルやヒーローとして見るようになりました」(Nick Webborn氏)

また、メディアの力も大きい。8つの奇跡の1つである、イギリスの公共テレビ局 Channel 4が制作した革新的なCM「Meet The Superhumans」は、さまざまな競技のパラリンピアンたちが練習や試合に挑む迫力ある姿が映し出される。さらにその映像に、母親のお腹の中にいる胎児の映像や交通事故のシーンといった、動画が挿入されている。障がい者といっても、生まれながらなのか、あるいは後天的な事故などによるものなのか、一人ひとり事情が違うということに気づかせてくれるインパクトのある動画だった。「障がい者」とひとくくりにするのではなく、選手一人ひとりの人生やパフォーマンスに焦点を当てたメッセージ性の高いCMによって、人々のパラリンピックに出場する選手達を見る目が変わったのだ。

島川選手は「大会期間中、ロンドンのショッピングモールに行くと子どもたちや街の人たちから声をかけられ応援してもらいました。みんなが興味を持ってくれていて、まるでスター選手になったような気分になりましたね」と、その時の体験を嬉しそうに語った。

またNick Webborn氏にはロンドンパラリンピックで忘れられないシーンがあると言う。それは陸上競技(車いすクラス)のDavid Weir選手が5000mで金メダルを獲得したときのこと。
「8万人の観客が彼を応援したんですが、その声援がとんでもなく大きな音で、すばらしい声援でした。障がいを忘れてみんなが声援を送った瞬間でした」(Nick Webborn氏)

人々の意識の変化がレガシーを作り出す

©︎Shutterstock

ロンドン2012大会以降、オリンピックやパラリンピックでは「レガシー」という言葉が頻繁に使われるようになった。国際オリンピック委員会によるとレガシーとは「長期にわたる、特にポジティブな影響」のこと。それ以前の2002年の段階で、オリンピック憲章には盛り込まれたと言われている。しかし実際にそのレガシーが形となり、人々に認識されたのは、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックだった。たとえば、8つの奇跡と変化のひとつでもある障がい者雇用の増加。

「ロンドン2012パラリンピック以降、職場における障がい者に対する見方が大幅に変わりました。このように経営者や一緒に働く人たちの障がい者に対する姿勢が変わったのは重要なことです。ビジネスでも芸術でも、人生のあらゆる側面で平等な機会が与えられれば誰でも成功できるんです。私たちが姿勢を変えれば、あらゆる分野で人々に機会が与えられるということを、ロンドン2012大会で学んだのです」(Nick Webborn氏)

オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定してから、共生社会への取り組みが盛んにはなっている。しかし日本で人々の意識を変えるのはたやすいことではないようにも思える。

お笑いトリオ・パンサーの向井慧氏

「たとえばサッカーや野球だったら、応援しているチームがミスをしたり、よくないプレーをしたときに野次を飛ばしたりするじゃないですか。野次はよくないことではあるんですが、パラスポーツの選手には野次を飛ばしづらい。それって、どうなんだろうと思うんです」(向井慧氏)

と、パンサーの向井氏は見る側の気遣いや遠慮が純粋なスポーツとしてのパラスポーツ普及の妨げになっているのではないかと問題提起した。確かに日本の場合、見る側の意識が「障がいがあるのにすごい」という段階に留まっているという側面もあるかもしれない。それに対して当事者である島川選手は、

「僕らは障がい者スポーツとして車いすラグビーをしているのではなく、ちゃんとしたスポーツをしているつもりなので、意見や感想があるならば、それは聞きたいと思います」と言う。

障がいにばかりフォーカスするのではなく、選手自身のパフォーマンスを見て、スポーツに熱狂する。それがスポーツとしてあるべき姿であり、パラリンピックにはそうした多様性のある社会の実現に繋がるヒントが多く詰まっているのではないだろうか。


1990年代のバブル崩壊以降の停滞した日本のことを「失われた30年」という言い方をする。こんなに長い間停滞し続けてしまった理由のひとつに山脇氏は「多様性の欠如」を挙げた。 「まず女性の社会進出が遅れた。ジェンダーマイノリティや障がい者が取り残された。多様性が欠如した日本は課題だらけです。そんな中ロンドン2012大会は、パラリンピックを成功させることで、人々のマインドをポジティブなものに変えて多様性を進めていくと、ソーシャルイノベーションができるという好事例だと思いました」(山脇氏)

社会を変えるのは政治家や官僚といった特定の人たちだけではない。社会を構成する私たち一人ひとりのマインドを変えることが、社会をポジティブに変えていく力なのだということをロンドンパラリンピックは教えてくれたのではないだろうか。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)


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