資金ゼロ、前例なし。それでもガイナーレ鳥取の元Jリーガー社長が廃校を「未来の拠点」に変えた理由
少子化による児童生徒数の減少で、日本全国に廃校が増えている。鳥取県をホームタウンとするプロサッカークラブ・ガイナーレ鳥取の本拠地である鳥取県、境港市も例外ではなかった。そんな中、ひとつの小学校が廃校になり、それを中学・高校年代のアカデミー生の活動拠点にしようとSC鳥取が立ち上がった。しかし、実現にはいくつかの壁が立ちはだかる。地元の認知度100%のサッカークラブチームはどうやってそれを乗り越えたのか。前編では、廃校がアカデミー拠点に変わるまでについて、ガイナーレ鳥取の運営法人である株式会社SC鳥取・代表取締役社長の塚野真樹氏に伺う。
認知度100%の地元の信頼で廃校がガイナーレ鳥取の手に

きっかけは、境港市在住の塚野氏が市長から廃校になる誠道小学校の施設の使い道がなかなか決まらないと、相談を受けたことだった。その時既に廃校になってから3年が経っていたという。民間のさまざまな組織がアイデアを提案するのだが、地元の人々がなかなか首を縦に振らない。気に入った案はないけれど、だからと言って漫画“ゲゲゲの鬼太郎”にちなんでお化け屋敷にするのも嫌がられる(境港市は同漫画の作者・水木しげる氏の育った地で、毎年観光客が200万人以上も訪れる“水木しげるロード”があることでも有名)。
「だったらということでガイナーレ鳥取が提案したのが、中学・高校年代のアカデミー生の寄宿舎兼練習場として利用することでした。教室は改装して生徒たちが生活できる寮に。練習試合などで他県から選手がくる際には、簡易宿泊所としても使ってもらう。校庭は天然芝を植えてグラウンドにします。生徒たちが使用していないときは、地域の人に利用してもらっても構いません、というようなプレゼンをしました」
すると、地元の人々からは前向きな反応が返ってきた。中学生や高校生など若い子たちがいれば地域が活気づくと。しかも、ガイナーレ鳥取は地元の人の認知度は100%。あのチームだったら大丈夫だろうという信頼も大きかったようで、正式にガイナーレ鳥取による利用が許可された。
立ちはだかる制度と資金の壁

しかし、クラブとしてはただ喜んでもいられなかった。
「実は、ガイナーレ鳥取が利用すると決まってから改装着工まで2年かかったのです。小学校周辺は市街化調整区域だったので、県の審査機関に申請をして法律的に許可を得るのに1年。次に、保健所や消防署の審査をクリアしなければなりません。子どもたちの食事を用意するので、衛生面の規準を満たしているかどうか。火事が起きても大丈夫な防火構造になっているかどうか。小学校は宿泊が前提ではないので、低い防火基準で作られています。“この壁は規準を満たしていないので全部取り替えてください”などと言われ、対応を考えているうちにまた1年が過ぎてしまいました」
こういった衛生・防火などの基準に対応するため大がかりになる改装には、先立つものが必要だ。市には最初から“小学校は無料で貸すが、改装資金などは市からは出せない。自分たちで工面してほしい”と言われていた。
「ガイナーレ鳥取も、決してお金のあるクラブではありませんが、これまでこの地で積み上げてきた20年という時間があります。地元の方からは『勝ったり負けたり、負けたり負けたりで大変そうね……(笑)』と応援の声も大きい。そこで、企業版ふるさと納税という制度を利用し、いろいろな企業にお声がけして市に寄付していただき、それを改修の補助金の財源にしてもらいました」
“待つ”のではなく“自分たちで動く”という選択

閉校して使われなくなった小学校を中学・高校年代のアカデミー生の活動拠点にすることが決まって約2年後、やっと改装工事が始まった。ガイナーレ鳥取の廃校利用案には“グラウンドを天然芝にする”というアイデアが含まれていたが、実はこの天然芝は“自前”なのである。
「ガイナーレ鳥取のホームスタジアムのひとつ、YAJINスタジアムでは当初芝生の管理をスタッフが自ら行っていました。それを見た専門家から“きっと生産もできるからやったらどうか”と助言され、その気になってやってみたら上手くいき、今では収入の大きな柱になっています。そもそもYAJINスタジアム自体、日本で初めて市民の協賛金を財源に作られたサッカー施設で、我々は初めてのことばかりしているのですが、別に“初めて”が好きだからやっているわけではありません。地域の活性化、地方創生といったことが話題に上ると、大きな資金が調達できればできるのだけど……などと皆さんは諦め交じりに言いますが、我々はそもそもマーケットとしては最少の鳥取に価値を見出すような奇特な資産家がいるわけがないと思っています。そのように“達観”はしていますが、“諦め”ているのではありません。“何をやってもだめだ、どうせできない”というマインドに支配されることなく、自分たちでやれることはやろうというのが私たちの思いです」
諦めない力の源は、地元への愛とスポーツマインド

“達観”はしているが、“諦め”ているのではないと語る塚野氏。しかし、改装工事の着工まで約2年。さまざまな機関とのやり取りに加えて、企業への資金提供のお願いなど、やることは山積みだったはずだが、立ちはだかる壁を前に気持ちが折れそうになったことはなかったのだろうか。
「まあ、そんなもんだなと思っていましたね。ガイナーレ鳥取の前身は地元の教員の皆さんが集まってできたクラブチームで、設立当初からサッカーの指導者も多く、その教え子なども参加して大きくなってきました。ですから、Jリーグの他のチームのように親会社があってできたとか、大手の資本が既存のクラブを買収してできたといった成り立ちではないので、ホームタウンの皆さんとのつながりの下、地域密着で続けてきました。ふるさとは好きで住みやすいし、ここにいるのはハッピーだと思っていますから、基本僕のやっていることは地元をより良くしようというチャレンジなのです」
塚野氏の、何事にも果敢にチャレンジしようとする意欲は、サッカー選手として活躍する中で育まれてきたものなのだろうか。
「スポーツのマインドは、諦めとは真逆のものです。今日はできなくても明日はできるかもしれない。今年は無理だとしても、来年はもっと上のレベルにまで達しているはずだと信じて頑張るのがスポーツの本質なんです。良いコーチがいないと上達しないとか、良い環境がないとうまくならないなどとできない理由を他人に委ねるのではなく、まず自分に矢印を向けることが大事です。自分はどうしたいのか、どうしたら一歩でも前に進めるのかということを日々考えるスポーツマインドを我々は持っているので、廃校活用までにさまざまな壁にぶつかりはしましたが、気持ちが折れることはなかったですね」
境港市の小学校の校庭は、すべて天然芝で覆われている。お隣米子市の小学校の校庭をここ4年間で10校、ガイナーレ鳥取の手によって芝生化を実現した。“別に初めてが好きなわけではない”と塚野氏は語ったが、実は氏は鳥取初のJリーガーであり、Jリーグのクラブ初の元選手社長である。そんなトップが持つスポーツマインド、つまり他人任せにしない、明日は、あるいは来年はこういう自分であろうという目標に突き進む信念が、地域の活性化に貢献している。後編では、スポーツマインドを持って地域を見た結果、廃校利用がどれだけの輝きを地元にもたらし得るのかについて塚野氏に語っていただく。
PROFILE 塚野真樹
1970年10月、鳥取県米子市生まれ。早稲田大学を卒業後、本田技研工業サッカー部を経て1995年にヴィッセル神戸入団。1997年のJリーグ昇格で鳥取県出身者初のJリーガーに。2007年、ガイナーレ鳥取の運営会社「SC鳥取」の社長に就任。
※後編は8月10日(月)公開予定
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:ガイナーレ鳥取






