最高のパフォーマンスを発揮するための超重要戦略! パリ2024大会の暑さ対策とは?

最高のパフォーマンスを発揮するための超重要戦略! パリ2024大会の暑さ対策とは?
2023.09.01.FRI 公開

猛暑の中で行われた東京2020パラリンピックは、暑さ対策も重要戦略の一つと位置づけられ、試合の現場でもさまざまな工夫をしている様子が見られた。では、来たるパリ2024パラリンピックでは、どのような気象で、どんな対策を行えばよいとされているのか。日ごろの熱中症対策にもつながる対策のポイントを紹介する。

※本記事は、6月に開催された「ハイパフォーマンススポーツカンファレンス JISS(国立科学スポーツセンター)特別セミナー パリ2024オリンピック・パラリンピックに向けた暑熱対策~東京2020大会から得られた知見を基に~」から構成しました。

寒暖差と気象の変化に注意

パリの北緯は、北海道稚内より3度北寄りの48度。過去10年間の気象データによると、パラリンピックが開催される8月下旬から9月上旬のパリの気象は、95%晴れかくもり、最高気温は32℃で、東京の6月上旬並みだという。

これだけ聞くと、東京大会より快適かも、とも思えるが、緯度が高い土地ならではの落とし穴がある、とウェザーニューズ・浅田佳津雄氏が解説する。

「日照時間が長く、最高気温を記録するのは夕方の時間帯。気温の下がり方もゆるやかで、夜でも十分に気温が下がらないことがあります。そのため、夜の競技では、東京より暑さを感じることがあるかもしれませんし、体内リズムや睡眠に影響が出ることも考えられ、コンディションの調整に注意が必要です。また、一日の中の寒暖差が激しく、朝の気温は6~9℃まで下がることもある一方、熱波に襲われると最高気温が40℃近くまで上昇することもあります」(浅田氏)

7月にパリ2023世界パラ陸上競技選手権大会が行われたシャルレティスタジアムは日差しが強く、暑さを感じる時間帯もあった
photo by X-1

気温が上がらなくても油断できない、と説明するのは、ハイパフォーマンススポーツセンター・国立スポーツ科学センター・スポーツ科学・研究部の岩田理沙氏だ。

「暑さを表す指標に暑さ指数(WBGT・単位は℃)というものがあります。気温と湿度、日射や輻射など周辺の熱環境をもとに算出されるもので、気温37℃・湿度25%と同28℃・75%のWBGTレベルは同じ28℃になります。WBGTが25℃以上の環境では暑さ対策が必要です」(岩田氏)

おおよその気象予報は3ヵ月前、高精度のものは1ヵ月前に出るというが、暑くなるかと思ったら寒くなったり、その逆もあったりと、日本より予測がしづらいそう。パリ大会では、暑さ対策と寒暖差対策を準備した上で、こまめに気象情報とWBGTをチェックして試合に臨みたい。

暑さ慣れ、水分補給、身体冷却で対策を

では、そもそもなぜ暑さ対策が必要なのか。

人は汗をかいたり、皮膚の表面から体温を外に放出することで、体温を一定に保つよう調節している。しかし、暑いなか運動をすると、大量の汗をかくことで脱水が進み、直腸温や食道温など身体の核心部分の温度「深部体温」や皮膚温が大きく上昇する。

「脱水率が高まるほどパフォーマンスが低下します。また、深部体温が38.9℃を超えるところから熱中症のリスクが上昇し、一定の体温に達すると運動の継続が不可能になります」(岩田氏)

競技前に水分補給をするトライアスロンの宇田(写真は東京2020パラリンピック)
photo by Jun Tsukida

暑い中でもパフォーマンスを維持するためには、深部体温の上昇を抑え脱水を予防することが不可欠。それこそが暑さ対策なのだ。

では、何をすればよいのか。東京大会に向けて研究が進んだ結果、次の3つにまとめられるという。一つ目は、汗をかいて体内の熱を放散できる体をつくる『暑熱順化』。二つ目は、汗として失った水分を補う『水分補給』。そして三つ目は、体を中と外から冷やす『身体冷却』だ。

一つ目の暑熱順化とは、いわゆる暑さ慣れのこと。暑さ対策の中で唯一、事前のトレーニングで獲得可能だそう。

「暑熱順化の方法もいろいろあるのですが、浴槽の管理ができる浴室が用意できるのであれば、運動前後に入浴する方法が取り組みやすく、おすすめです」(岩田氏)

順化にかける期間が長いほど効果も高いため、10日前後で行うことが推奨されている。また、順化の効果は1週間から1ヵ月ほどで消えるため、現地へ移動後に再順化することも考えてスケジュールを立てたい。

日ごろのトレーニングから取り入れたいのが、二つ目の水分補給だ。脱水を防ぐうえで重要だが、そのためにも発汗量を把握しておくことが必要になる。

「発汗量にもとづいて、適切な量の水分を用意して試合に臨み、それをきちんと飲むことで、脱水のリスクを減らせます。水分は脱水レベルにもよりますが、運動前後は塩分が含まれたものを、運動中は塩分と糖分入りのものをそれぞれ摂ります」(岩田氏)

1時間当たりの発汗量は、運動前後の体重差に飲水量を足したものを運動時間で割ることで算出できる。順化トレーニングをしたらその発汗量も把握しよう。パリへ移動後のトレーニングで再度確認すると安心だ。

三つ目の身体冷却には、体の中と外から冷やす方法がある。
体の中から冷やすには、細かな氷を混ぜたスポーツ飲料「アイススラリー」を摂る。また、体の外から冷やすには、ひじから下を氷と水で冷やす「手掌前腕冷却」を行なったり、アイスパックやアイスベスト、ファン、ミストスプレー、濡れタオルなどを活用する。トレーニングや試合後に全身を冷やすには、冷水浴(アイスバス)が最適だそう。

こうした方法を使って、運動前・運動中・運動後に体を冷やすわけだが、競技や選手の特性に合わせて、いつどの方法でどれぐらい冷やすのが効果的か、日ごろのトレーニングで検証しておく必要がある。

例えば、視覚障がいや車いすのマラソン、トライアスロンなど、長時間行う上に途中で冷却がむずかしい競技では、運動前の冷却がより重要になる。ブラインドフットボール、車いすテニスなど途中で休憩をはさむ競技では、休憩時間の使い方がポイントだ。

車いすテニスのベンチにはパラソルやクーラーボックスが用意されている(写真は東京2020パラリンピック)
photo by Jun Tsukida

パラアスリートの暑さ対策はより繊細に

「暑さ対策は健常のアスリートもパラアスリートも共通ですが、パラアスリートの場合は、それぞれの特性に応じた暑熱順化の期間や水分補給、身体冷却方法を検討し、選手ごとにカスタマイズする必要があります」とは、パラアスリートの暑熱対策を研究する北海学園大学講師の内藤貴司氏だ。

例えば、内藤氏は東京大会本番でブラインドマラソン日本代表チームをサポートした経験から、水分補給の難しさを指摘する。

「ブライドマラソンでは途中で水分を摂りにくいため、スタート前にできるだけ水分補給をしたいところなのですが、トイレを気にしてナーバスになる選手がいるのが難しいところです。また、レース中のスペシャルドリンクは、伴走者が自分と選手、2人分を取らなければなりません。できるだけ取りやすいよう、東京大会ではそれぞれが小さな手提げ袋に入れるようにしたのですが、引き続き工夫が必要です」(内藤氏)

ボッチャや車いすラグビーの選手には汗をかけない選手も多くいる(写真は東京2020パラリンピック)
photo by Takashi Okui

車いすなど脊髄損傷の選手の場合、体温調節機能に個人差があり、1℃の違いが体調を大きく左右する。

「脊髄損傷の人がアイススラリーを摂ると、健常者より深部体温が下がる一方、皮膚温は上がる傾向があります。また、アイスベストは、皮膚温は下がっても、その温度が身体の深部に伝わりにくいため深部体温は下がりにくい。そのため、アイススラリーとアイスベストの併用が望ましいのですが、アイススラリーの摂取量やアイスベストの着用時間は、選手ごとに細やかな調整が必要です」(内藤氏)

競技場などで深部体温を評価するには、外耳温や鼓膜温といった耳を利用する方法がおすすめだそう。

また、まひの範囲の広さも考慮に入れたい。

「まひの範囲が大きい場合、全身の筋量が少ないことから、運動前に全身の温度を下げすぎると運動時の体温が上がりにくくなり、運動パフォーマンスが十分に発揮できなくなる可能性があります。手先の巧緻性が必要な競技では、控え室の冷やし過ぎも要注意です」(内藤氏)

年々、夏場のスポーツ環境は厳しさを増しており、暑さ対策は不可欠。日ごろのトレーニングの効果を高め、その成果を本番で十二分に発揮するためにも、それぞれが最適な暑さ対策を見つけてほしい。

text by TEAM A
key visual by Jun Tsukida

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