常識破りの“左利きだけの野球大会”「花形ポジションで、初めて主役になれた」逆回りに走って見えた新たな景色

常識破りの“左利きだけの野球大会”「花形ポジションで、初めて主役になれた」逆回りに走って見えた新たな景色
2026.04.14.TUE 公開

スポーツは「決められたルールの中で競うもの」。けれど、そんな“当たり前”が、誰かの可能性を静かに狭めているのかもしれない。野球では左投げ・左打ちの選手が、守備の構造上「やりたいのにできない」ポジション問題にぶつかってきた。

そんな制約を、発想の転換でほどいてみせたのが『レフティー野球大会』だ。走塁は時計回り。打ったら三塁に走る。守備の前提も左利き仕様に組み替える。すると、参加者の口から出てくるのは勝敗より先に「野球が楽しい」という純粋な言葉だった。

今回は『レフティー野球大会』の実行委員長である池谷勝之さんに、“ルールを変える”ことで生まれた新しい野球のかたちについて聞いた。

左利きが“花形ポジション”を取り戻すために

ピッチャーはもとより、バッターもキャッチャーも内野も左利きだけ。二塁にいる選手は一塁へ向けて走りホームを目指す

『レフティー野球大会』の源流は、杉並区にある。池谷さんが関わってきたのは「杉並区立小学校PTA野球協議会」。子どもが区内の小学校に通う“お父さんたち”がチームを組み、長年大会を運営しており、今では「もう60年近い歴史がある」と言う。

その名簿を見て、当時の会長だった二村好彦さんが気づいた。「左投げ左打ち」が思いのほかたくさんいる。

「左だけで集まれば、ショートやキャッチャー、サードみたいな“花形”もできる。なら、一回やってみよう」

野球の世界では、左利きは投手・一塁手・外野に“収まりやすい”。ショートやセカンドは、捕ってから送球までのわずかな時間差がアウト/セーフを分けるため、「構造的に不利」とされがちだ。池谷さん自身も、子どもの頃は左投げのキャッチャーを経験したが、レベルが上がるほど難しくなると実感してきたという。

しかし、左投げ左打ちだからといって、左利きの選手が左利きのスターに憧れるとは限らない。むしろ左利きほど、セカンドやショートの守備名人に惹かれたり、キャッチャーとしてピッチャーをリードしてみたいと強く思ったりするそうだ。

「できない」と言われ続けるほど、そのポジションに対する想いは深くなる。右利きの選手よりも、ずっと“強い憧れ”として心に残っている――そんな人も少なくない。

だからこそ、逆転の発想が生まれる。左利きが無理なく力を出せる“前提”を、最初から作り直す。こうして始まったのが『レフティー野球大会』だった。

初開催は2012年。最初は20人ほどが集まって実施された。翌年には事務局が立ち上がり、池谷さんが実行委員長として運営・広報を担当。区の広報やウェブで告知し、4チーム(約50人)まで広がった時期もある。

そして継続を支えたのが、杉並区の後押しだ。池谷さんはプレスリリースを作り、毎年、区の教育委員会(学校支援課)から後援を得ている。グラウンド提供や使用許可など、手続き面でも協力を受けながら大会を続け、2025年で10回を迎えた。

「逆走」が生む笑いと熱

打ったら一塁ではなく三塁へ猛ダッシュ。ルールはわかっていても、思わず一塁へと走り出してしまう選手が後を絶たないそうだ

『レフティー野球大会』の核心は明快だ。打ったら一塁ではなく三塁へ走る。通常の野球が反時計回りに塁を進むことを前提に作られてきた守備の“常識”を、そっくり反転させる。

池谷さんはこう説明する。

「左だけで集まって、左回りにして、走るのも逆回転。通常の一塁を三塁側に見立てれば、みんなスムーズにできる」

ルールは初回から「逆回転」。ここに、参加者の解放感がある。ショートを守りたい人が守れる。キャッチャーをやりたい人がやれる。ポジションが、利き腕によって“先に決まってしまう”状況をほどくことで、プレーそのものの手触りが変わる。
さらにこの大会では、守備がかなり自由だ。固定せず、試合中でもさまざまなポジションにつくことができる。「疲れたらピッチャー交代」「次の回はキャッチャーをやる」といった交代が、気を遣うことなく、自然に起きる。勝敗のために“最適な配置”を固めるのではなく、「やってみたい」を優先して回せる。この空気が、参加者の緊張をほどき、初対面同士の距離も縮めていく。

ただし面白いのは、ここからだ。逆走塁は、頭では分かっていても体がついてこない。日頃から「打ったら一塁」という習慣が染みついているせいか、打った瞬間に三塁ではなく一塁へと走り出してしまう。

「間違えるんですよ。それが一番面白い。何回やってもダメな人はダメ。本能的なんですね」

その“間違い”さえ、楽しさになるような仕掛けもある。ホームから約5メートルのインラインに「レフティーゾーン」を設け、そこを通過しなければ逆走とはみなされない。間違えて一塁に走ったとしても戻ればOK。プレーを罰するより、笑いながら“戻れる設計”にしているのが、この大会らしさだ。

参加条件は「左投げ・左打ち」が原則。ただし、運用は柔軟だ。参加者は30歳以上の大人を目安に「やりたい」人がいれば門戸を開く。実際、神奈川や栃木など遠方からの参加者もいるという。さらに右利きでも「面白いから左で挑戦してみて」と促し、当日だけ左で投げるために特訓してくる人もいる。ルールを変えるだけで、参加の入口が増えていく。

参加は事前申請制。池谷さんが経験を聞き取り、力量のバランスを見ながらチームを編成する。とはいえ勝敗よりも楽しむことが主眼。ビギナーであっても門戸を閉じることはない。コロナ禍で一度休止したものの、再開の呼びかけに「待ってました!といってくれて。嬉しかったですね」と池谷さんは相好を崩す。けれどメンバーに強制はしない。固定メンバーになりつつ、出入りもある。その柔軟さは『レフティー野球大会』の穏やかさでもある。

より野球が楽しくなる

皆が右手にグローブで左手でガッツポーズ。ユニフォームは自由。左利きという制約がなくなり、とにかく自由に純粋に野球を楽しむことができるのもレフティー野球大会の魅力だ

印象的なのは、参加者の言葉が勝敗より先に「できなかったことができた」に向かう点だ。

「普段やれてないポジションがやれる。それが一番大きいですね」

即席チームで、初対面同士も多い。それでも不思議とすぐに打ち解けることができるのは、同じ境遇を共有しているからだと池谷さんは言う。打ち上げを「やりたいね」と話すほど、つながりも自然と育っていく。

そして池谷さんは、野球を続けることがもたらす効用を、ストレートに言い切る。

「野球は健康に良い。年齢を重ねても長くできるスポーツです。私は60歳を過ぎましたが、還暦軟式野球連盟に登録しているチームに所属して現役でプレーをしています。還暦野球は全国大会があるほど盛んにおこなわれ、チームも多くあります。還暦だけではなく古希の方々のリーグもあって、みんなはつらつとしたプレーをしていますよ。私は投手をやることもありますが、今でも1キロでも早く投げたいと思い、ランニングやジムなどで体を鍛えています。野球をやることは健康にも良いですが、日々の生活スタイルにも良い影響を与えてくれるスポーツだと思います」

このコメントが示すのは、野球の価値が「スポーツ」だけに収まらないということだ。年齢を重ねても、目標が消えない。今日より少し速い球を投げたい。昨日より少しだけ上手く守りたい。その小さな更新が、トレーニングの習慣を作り、生活のリズムを整え、週末の楽しみを生む。

しかも野球はチームスポーツだ。声を掛け合い、ミスが出てもカバーする。勝つためだけではなく、続けるために助け合い、相手を思いやる。そこに、コミュニティが立ち上がる条件がそろっている。

レフティー野球大会も同じだ。これは左利きのためのイベントに見えて、「ルールを変える」ことで視界が開ける“柔軟な発想”の大切さ、でもある。メジャースポーツの“固定された前提”は、時に誰かを黙ってベンチに追いやる。だが前提を少し組み替えるだけで、参加者が増え、仲間を支え、笑いが生まれ、もう一度やりたいという思いにつながる。常識に捉われないことで、スポーツの価値がより拡がっていく好例でもある。

text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:杉並区立小PTA野球競技会

『常識破りの“左利きだけの野球大会”「花形ポジションで、初めて主役になれた」逆回りに走って見えた新たな景色』

常識破りの“左利きだけの野球大会”「花形ポジションで、初めて主役になれた」逆回りに走って見えた新たな景色