「姉の時給30円」が原点だった。プロレスのリングを“誰もがいていい場所”に変える男の挑戦
プロレスは、激しくぶつかり合う競技だ。だが、その激しさの裏側には、相手を信じて身体を預ける「信頼関係」がある。技をかけるのも受けるのも、信頼がなければ成り立たない。だからプロレスは、“人と人が信じ合うことで成立する格闘技”でもある。
川崎を拠点に活動するプロレスリングHEAT-UP(ヒートアップ)は、その特性を社会へひらき「プロレスで社会貢献」を掲げてきた団体だ。障がいのある人の支援、青少年育成、地域貢献に取り組み、生まれつき耳が聞こえないプロレスラー・今井礼夢選手も所属する。
なぜプロレスを通じて社会支援を行うようになったのか。代表であり現役レスラーでもある田村和宏さんに、その実践を聞いた。
時給30円の衝撃

「僕の姉がダウン症だったことは大きい」
田村さんが「プロレスで社会貢献」を掲げる原点は、家族の存在にある。幼い頃から当たり前に一緒に過ごしてきた姉。
「お姉ちゃんの時給が30円と聞いて衝撃でした。そんなに安かったら自立するのは難しい。それなら自分が何かできないかなと思って始めたのが支援のきっかけです」
賃金だけではない。偏見にさらされた経験もまた、田村さんの中に強く残っている。
「偏見もありました。僕としてはみんなと変わらないお姉ちゃんだったので、何がおかしいのかなと思ったんですけど……どうしても障がいのある人はこっち、みたいに区別されてしまう。それも悲しいなと思って」
だからこそ「一緒に作る空間」をつくりたかった。障がいのある人を“特別な存在”として囲い込むのではなく、同じ場所で同じ時間を過ごせるようにする。その発想は、プロレスという文化そのものの捉え直しにもつながっていく。
「プロレスで新しい文化をつくりたい。プロレスをもっとメジャースポーツにしていくためには、より身近なものにしていかないといけない」
かつてリングは、触るだけで怒られるような“聖域”だったという。だがHEAT-UPは、リングを開放する。障がいのある人も、そうでない人も、そこに上がれるようにする。それは、競技の門戸を広げるだけではない。社会の分断に線を引き直す行為でもある。
もちろん、理想だけでは続かない。活動を進めるうえでの難しさを問うと、田村さんは意外なほど淡々と言った。
「そんなに“世の中を変える”って思ってなくて。本当に身近な人と関わってくれる人が少しでもよくなれば、という気持ちです」
大きな言葉より、届く範囲から。田村さんの裏表のない性格が皆を惹きつけ、支援者や仲間が増えていく。
「支援は大変な時もある。でもうちの選手とかスタッフも分かってくれている。そこは嬉しい限りです」
プロレスは信頼で成り立つ競技

「プロレスは信頼関係の勝負なんです」
田村さんが繰り返すのは、プロレスが単なる腕力勝負ではないということだ。技を掛ける側だけでなく、受ける側の技術も必要になる。だからプロレスは、相手を信じて身体を預ける関係性が前提になる。
「相手を信頼しないと技もかけられないし受けられないのがプロレスです」
この“信頼の土台”は、社会の課題にも直結していると田村さんは見る。いま、地域社会ではコミュニケーションが希薄になっている。その実感があるからこそ、プロレスを通して人がつながり直すことに意味がある。
「プロレスを通して地域のコミュニケーションが活性化できたらいいなと。もっと地域の方々がつながって、ゆくゆくは安心・安全に暮らせる社会ができたら」
だからHEAT-UPは、試合でも“来やすい理由”をつくる。たとえば「18歳以下無料」という取り組みもその一つだ。
「とにかくみんなとつながれて、顔見知りになってほしいなという気持ちでやっています」
無料にすれば興行収入は厳しくなる。田村さんは借金1000万円を抱えている生活をSNSで赤裸々に投稿する。そんな厳しい状況でもリングを開くことは決してやめない。誰もが「いていい」と思える入口をリングを通してつくり続ける。
道場でも一緒だ。障がいのある人や、仕事に就くことが難しい状況にある人も、拒まずに誰でもまずは受け入れる。
「道場にきてくださる方には障がいのある方や、引きこもりでお仕事がなかなかできない方がいらっしゃるんですけど、練習をする中で自信がついて、就職が決まりましたとか報告してくれる。とても嬉しい瞬間ですね」
自信をつけるために重要なのは、“甘やかしすぎ”ないことだ。田村さんが重視するのは、できることを増やすための具体的なプロセスだという。
「小さい課題をどんどんクリアして自信がついていく姿は何人も見てきました」
ネバーギブアップが自信を育てる

では、なぜプロレスは自己肯定感が高まるのか。田村さんは「プロレスの醍醐味」をそのまま答えに置く。
「やられてもやられても立ち上がる、ネバーギブアップの精神。それこそがプロレスの醍醐味だと思うんです」
倒れて終わりではない。倒れても立ち上がる。その姿が観客を熱くするのと同じように、練習の現場でも「できないこと」への向き合い方が変わる。
「できないことに対して、道場の参加者が自然と応援している。みんなが誰にでも“頑張れ”という気持ちで参加してくれていて、そこがいいところかなと思います」
田村さんの指導方針は明快だ。厳しさで追い込むのではなく、褒めるポイントを探し、伸ばしていく。
たとえば腕立て伏せ。最初は1回もできなかった人が、練習を重ねてできるようになる。その“小さな変化”を、全員で喜ぶ。
「1回でもできるようになったら、“進歩しましたね”ってすごく褒める。その場にいるみんなもできたねって褒めてる。リングの上がすごくいい空間ができあがるんです」
プロレスというと、昭和的な根性論、厳しい上下関係のイメージが先行しがちだ。しかし田村さんは、一般の参加者に対してはそうした指導はしないと明言する。
安全面でも、思想は一貫している。基礎体力を重視し、怪我を防ぎ、一人ひとりを見て無理をさせない。
「基礎体力はしっかりやります。できないことを無理やりやらせることはしなくて、できることから伸ばす。反復して、どんどんできることを増やしていく」
この考え方は、障がいのある人の支援とまっすぐつながっている。
「誰でもできないことはあるけれど、何かできることはあるもの。だからそこを一緒になって伸ばしてあげるようにしています」
HEAT-UPには生まれつき耳が聞こえにくい難聴の今井礼夢選手が在籍している。障がいのあるレスラーについても、田村さんのスタンスは同じだ。
「できることがあるので、そこで勝負をする」
真っ当に勝負したら強い側が勝つ。それだけが勝負ではない。だから明確なルールをつくる。HEAT-UPに所属する小学生プロレスラーの助川蓮選手と闘うときには技や打撃を制限することで対等な勝負を成立させる。
「選手のできること、できないことを考えて、対等に戦えるルールづくりを真剣に考えています。助川選手と戦うときには、僕らはスープレックスなし、打撃なしというルールにしています。そうすると僕らの使える技が限られて、対等に戦える」
できることを見つける。できないことは無理にさせない。必要ならルールをつくる。そうして“勝負”を成立させる。その発想こそが、HEAT-UPの「肯定のリング」を支えている。

今後の展望を問うと、田村さんの視線は世界へ向いていた。すでにベトナム・ダナンの障がい者施設とつながりがあり、支援の活動を行なっているている。
「将来的には世界中に目を向けて、いろんなところでこういう活動をやっていきたい」
最後にメッセージをお願いすると、田村さんは“能力”ではなく“可能性”に言葉を置いた。
「自信がない人は、自分の中で何かできることを見つけてほしいです。もしそれが分からない方は、ぜひHEAT-UP道場に来て、一度レッスンを受けてみてください。僕が見つけていきたいなと思います(笑)」
リングは、強い人だけの場所ではない。誰かが自分の「できる」を見つけ、育て、ネバーギブアップの精神で立ち上がる場所でもある。プロレスが信頼で成り立つスポーツであるなら、その信頼はきっと、社会にも拡がる。HEAT-UPの取り組みは、その可能性を実践で証明している。
PROFILE 田村和宏
1980年生まれ・神奈川県出身。プロレスリングHEAT-UP代表。2013年に「プロレスで社会貢献」を掲げ同団体を旗揚げ。障がい者雇用や青少年育成、地域貢献活動に力を入れる。ダウン症の姉がいる経験を背景に、障がい者施設訪問、大会への無料招待、障がい者雇用の推進(食品ブランド「EAT-UP」販売など)を実施。川崎市多摩区を拠点に地域密着型の興行を運営し、3代目多摩区観光大使にも就任。自身も社長兼レスラーとしてリングに立ち、リングネームはTAMURA☆GENE☆。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:HEAT-UP






