宇宙飛行士とデスクワーカーは似ている? 航空宇宙医師がすすめる老化予防エクササイズ
長いミッションを終えた宇宙飛行士は、地球に帰還してもすぐには自力歩行がままならないほど、体にダメージを受けるという。こうした宇宙飛行士の体の変化は、老化(加齢現象)やデスクワークによる体の衰えにも通じるものがあるそうだ。そこで、フライトサージャン(航空宇宙医師)として、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で宇宙飛行士の健康管理や帰還後のリハビリテーションに携わる速水聡医師に、一般人にもできる、おすすめの運動などについてお話を伺った。
宇宙空間ではラジオ体操ができない?

有人宇宙船が地球に帰還した際のニュース報道で、宇宙飛行士が人の手を借りたり、車いすに乗ったりして移動している姿を目にする。無重力の宇宙に長期滞在をすると筋力が落ちるのだろうという想像はつくが、具体的に彼らの体には何が起こっているのだろうか。
「ほぼ無重力の宇宙では抵抗負荷がないために、長期間滞在すると筋力や骨が衰えます。ほかにも、心肺能力、怪我をしないために必要なバランス力も低下します。ISS(国際宇宙ステーション)に半年間滞在すると筋力の減少が以前は20%、最近では改善されましたがそれでも10%も落ちてしまうんです。さらに、重力がないと上下左右の感覚がなくなるので、脳が混乱して目眩や吐き気などが起きる『宇宙酔い』と呼ばれるような状況になります」(速水医師、以下同)
この宇宙酔いと呼ばれる症状は、重力のない状況に慣れてくると治まるそうだが、地球に戻ったときには、今度は重力のある状態に脳が混乱するため、慣れるまでに再び時間がかかるという。
「また、宇宙飛行士に限らず柔軟性は誰にとっても大切ですが、宇宙空間では柔軟体操をすることも難しくなります。JAXAでは、若田光一宇宙飛行士がISSに滞在した際に行ったさまざまな実験動画を配信していますが、その中に『ラジオ体操』という項目があります。見ていただくと分かるのですが、重力がないため地面に足を着いて固定することも、ふんばることもできず、ラジオ体操のような簡単な運動も正しくできません」
若田宇宙飛行士のおもしろ宇宙実験 Try Zero-G
そんなさまざまな体の変化を元に戻すため、宇宙飛行士は地球に帰還してから45日ほどの長い時間をかけてリハビリを行うそうだ。
体が衰える前の予防が大事

このような宇宙空間における宇宙飛行士の体の変化は、人の加齢現象(老化)や運動不足による体の衰えと通じるものがあると言われている。それならば、宇宙飛行士の行っているリハビリを行えば、老化や運動不足による体の衰えを回復できるのではないだろうか。
「月並みな話になりますが、究極の医療は予防なんです。一次予防、二次予防、三次予防という言葉があって、一次予防は病気にならないように対応すること。二次予防は早期発見、早期治療。三次予防は病気になってしまった方のための再発防止対策やリハビリなどです。一次予防の効果のエビデンスを出すのは難しいことではありますが、基本は食事と運動と睡眠です。宇宙飛行士は帰還後のリハビリだけでなく、宇宙に行く前からこうした健康管理をきちんとしているのですが、一般の人にも参考になることはたくさんあると思います」
宇宙飛行士が地球に帰還してから行っているのは三次予防のリハビリだが、体に支障が起きる前の一次予防を生活に取り入れれば、加齢や運動不足によるリスクを減らすことができるというわけだ。
速水医師は、2021年4月からISSに長期滞在し、日本人として2人目のISS船長を務めた星出彰彦宇宙飛行士の専任フライトサージャンを担当。そして以前は在宅医療に携わっていたこともある。その経験から高齢者などの予防医療にも詳しい。そこで、速水医師にオフィスなどでも簡単にできる予防医療のための運動を教えていただいた。
老化予防、運動不足の人も必見!オフィスでもできるおすすめ運動
速水医師が高齢者の転倒予防のために考案した運動を3つ紹介するが、これは骨や足の筋肉の維持、さらにはバランス力も整えることができる。そのため、高齢者に限らず、運動不足が気になる人にもおすすめだ。
(注意)1と3の運動はイスの背もたれに手を置くなどして、転倒防止に注意して行ってください。
1.下肢・体幹を鍛える――大腿前部の筋と背筋に効果
(1)足を肩幅くらいに開いて立ち、つま先を前に向けて膝を軽く曲げる(イラスト左)。
(2)ゆっくり4秒かけて腰を落とす(イラスト右)。
(3)そのまま腰を落とした姿勢を1秒キープ。その際、膝がつま先より前に出ていると効果がないので注意を(イラスト右)。
(4)ゆっくり4秒かけて元の姿勢に戻る(イラスト左)。このとき、膝を伸ばしきらないようにすると、筋肉内の血流がより制限されて効果がアップ。
以上の(1)~(4)の動きを5回繰り返す。猫背にならないように注意を。
2.歩行力をアップ――ふくらはぎのヒラメ筋、腓腹筋を鍛える
(1)いすに座り、つま先を前に向け、足を肩幅に開く。かかとは膝の真下よりもやや後方へ引き、手は膝の上に置く(イラスト左)。
(2)つま先をつけたまま、ゆっくりと4秒かけてかかとだけ上げ、そのまま1秒キープ(イラスト右)。
(3)4秒かけて、かかとを下ろしていく。このとき、かかとは床につけないよう、床すれすれのところで保つ。
以上の(1)~(3)の動きを5回繰り返す。
3.ふらついてもバランスを取り戻せる体に――サイドキックで中臀筋を鍛える
(1)足を肩幅に開いて、いすの後ろに立つ(イラスト左)。
(2)片足を4秒かけてゆっくりと横に上げ、そのまま1秒キープ。キックといっても蹴り上げずにゆっくりと(イラスト右)。
(3)4秒かけて足を下げていく。その際、床に足底がつくと筋肉が緩むのでつけないように。
以上の(1)~(3)の動きを5回繰り返す。足は高く上げる必要はないが、膝は伸ばしたままにするよう意識を。
紹介した3つの運動は高齢者ならば各5回から、慣れてきた人や若い人は回数を増やして行う。ただし、やり過ぎは禁物だと速水医師は言う。
「医師の専門用語ではオーバーユーストレーニング、あるいは使い過ぎ症候群などと言ったりします。オリンピアンやパラリンピアンでも金メダルを取るために練習をやりすぎて同じところをずっと使い続ければ当然壊れますが、やりすぎで関節などを痛めるというのは一般人でも起こるので注意が必要です」
速水医師によれば、紹介したような一次予防はお金も時間もかけず、自宅でも手軽にできるもの。ぜひ今日から取り組んでいただきたい。
フライトサージャンは、宇宙飛行士の健康管理の他に、その人が本当に宇宙に行ける状態なのかという医学認定や、その認定のためにクリアしなければならないさまざまな医療基準の作成などの重要な任務も行っている。私たちは、そんな高い基準をクリアした宇宙飛行士の真似はできないと考えてしまいがちだが、速水医師は、金井宣茂宇宙飛行士が講演で話していた「宇宙飛行士はスーパーアスリートではない」という言葉を紹介してくれた。彼らは決して元から驚異的な体を持って生まれたのではなく、日々の運動や健康に関する意識を常に持つことで、宇宙飛行士になったのだ。昔からローマは一日にして成らずというが、私たちも宇宙飛行士にはなれなくても、日々の予防習慣で未来の健康を手に入れよう。
PROFILE 速水 聰(はやみず さとし)
東京都出身。リハビリテーション科専門医・指導医、高気圧潜水医学会専門医、公衆衛生学修士、認定産業医、防衛省陸上自衛隊予備自衛官(二等陸佐)、筑波大学医学群臨床教授(非常勤)。2017年より現職。 2019年~2022年までJAXA星出彰彦宇宙飛行士の専任フライトサージャンとしてISS第65次/第66次長期滞在ミッションを医学支援。趣味はフラッグフットボールと深海魚鑑賞。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo:🄫JAXA/NASA






