車いすフェンシング櫻井杏理、すべては東京で勝つための“海外武者修行”

車いすフェンシング櫻井杏理、すべては東京で勝つための“海外武者修行”
2019.03.12.TUE 公開

2018年年末に国内で初開催された「IWAS 車いすフェンシングワールドカップ 京都大会」。東京2020パラリンピックの出場権に関わる重要な大会で、日本のエース櫻井杏理は日本人唯一の銅メダルを獲得した。もがき苦しみながらも覚悟を持って挑戦を続ける。そんな櫻井の競技にかける思いを聞いた――。


どん底からの再出発

「選手生命の危機でした。それを考えたら、ここに戻って来られたことが奇跡。でも試合に出るからにはやっぱり勝ちたいんです」。2018年10月、ジャカルタで開催されたインドネシア2018アジアパラ競技大会。準決勝で敗れた直後、彼女が肩を震わせながら絞り出した言葉には、焦り、安堵、悔しさ……さまざまな気持ちが交錯していた。

櫻井杏理(以下、櫻井) 2017年12月から4月末まで脊髄の感染症の再手術でずっと手術で入院していました。そもそもの原因が体の中に埋め込んでいだ器械のアレルギー反応だったのですが、アレルギーを起こしたことで傷口が閉じても閉じても開いてしまう状態で。結局、器械ごと新しいものに替えることになり、皮膚移植も伴う12時間にわたる大がかりな手術をしました。入院中、車いすフェンシングの練習や動画のビデオは見ていたものの、本当に試合に戻れるのかもわからず、精神的にもきつかったですね。

車いすフェンシング・日本のエース櫻井杏理

復帰したのは2018年5月末。東京パラリンピック出場のためのポイントランキング対象大会が始まるまで、あと数ヵ月しかなかった。まず、国内で競技を再開した櫻井は、練習環境を求めて車で関西と東京を行き来した。

櫻井 車いすフェンシングは、(ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設のある)京都で練習してきたんですが、最近では東京にある日本財団パラアリーナでも練習するようになりました。今までは同じ競技のチームメートとしか顔を合わせなかったのが、練習の合間に他の競技の選手と交流するようになって、すごく視野が広がりましたね。お互いの競技の話をしたり、障がいのことや体の使い方について話したり。それ以外にも、チーム全体でウォーミングアップをしている団体競技や世界トップクラスのウィルチェアーラグビーの選手たちがゲームに向かう雰囲気の作り方なんかも見ているだけで参考になりますね。

その後、櫻井はかねてから合宿を行っていたイギリス・ロンドンで車いすフェンシング中心の生活を始める――。

櫻井 日本には女子のトップ選手がいません。女子選手の駆け引きを学び、自分の経験不足を埋めるため、日本人コーチ山本憲一氏のいるロンドンのフェンシングクラブ「レオンポール」で時々、武者修行をしていたのですが、所属する会社の理解もあり、9月からロンドンを主な拠点にして車いすフェンシング漬けの生活を送っています。試合ではいつも経験値不足によるプレーの引き出しの少なさ痛感するのですが、どうしたら強くなれるか、どうしたら世界で常に勝ち残る選手になれるか考えたとき、自分には「日本を出る」という選択肢しかなかったんです。

試合では毎回、経験不足を痛感するという

対戦相手もコーチも、当たり前のようにいる。日本にはない環境下で没頭できるロンドンでの練習は学ぶことが多い。

櫻井 ロンドンでは、だいたい朝10時から12時、午後2時から4時までの2回練習して、理学療法士についてもらってフィジカルトレーニングやケアを行い、また夕方の6時から夜の10時くらいまで練習です。レオンポールは、世界トップレベルの選手たちが集まってくるようなクラブなので、経験を積むにはとてもいい環境です。健常者のフェンサーたちも車いすフェンサーに協力的で、一緒に実践練習してくれるんですよ。

それに、練習の相手は子どもから大人まで幅広いので、今自分が試したい新しいことをあえて子どもにやってみたりして技を習得することもできますし、その次のステップとして、ある程度スキルのある大人に通用するかやってみたりして、2段階式の実戦練習ができるのもありがたいですね。

高校時代は陸上部。「長距離走に似ている」エペを得意とする

一方で、この恵まれた環境は特別なことではなく、世界の選手は当然のごとくやっているというのも事実です。日本は発展途上だなと感じますね。

自らの課題を明確にしてくれる、コーチの存在も大きい。

櫻井 現地はいろんな国のコーチたちがいるので、いろんな国のプレースタイルが学べます。それに、コーチ陣は何が何でもアスリートファーストで、選手を勝たせることに命をかけている。実際、今までの私の試合動画や他の選手同士が対戦している動画を片っ端から見て、一緒に徹底分析してくれます。いま自分にできることと、できないことを明確にし、「この選手にはどんな作戦で点を取ろうか」という戦略を考えていく練習を毎日毎日、繰り返しています。

ロンドンではホテル暮らしだ。肉体的にも精神的にも苦労が多いことは想像に難くないが、櫻井は、それもチャンスととらえている。

櫻井 現地の暮らしには、だいぶ慣れましたよ。日本とイギリス、どちらが母国かわからないくらいです(笑)。ホテルマンには「おかえり~」と言ってもらえるし、スターバックスでは「いつものやつね」とコーヒーを出してもらえます。食事は、ホテルのレストランで食べたり、トラベルクッカーでお米を炊いたり。近くのスーパーではサラダなど野菜を買うようにしていますが、ロンドンは移民が多いので、ケバブとかチキンとかも品ぞろえがよく、アスリートにとっては悪くないですね。

ロンドンでの武者修行について語る櫻井

英語はいざというときに単語がでてこない歯がゆさがありますが、やっぱり一人で現地に行っているので、しゃべらないと生きていけないですし鍛えられますね。以前、勤めていた会社が外資系だったのでそこから少しずつ始めたのですが、今は現地で練習に行ってトレーニングのことなどを聞きたいときに絶対、必要になるので英語は集中的に勉強したりしています。

それから、イギリスで暮らし始めてから、大会で海外の選手と会話することも増えました。今まで感じていたアウェー感っていうのも前と比べるとなくなってきているかな、と思います。

リオ不出場の悔しさを糧に

そんな櫻井が目指すのは、東京パラリンピックのメダル獲得だ。リオパラリンピックは出場権を得られず、観客席で見た悔しさもあるのだろう。自国開催の東京パラリンピックは、開催国枠ではなく自力で出場権を取ることにこだわる。

東京の切符を自力で掴むため、各大会のベスト8死守を誓う

櫻井 東京パラリンピックに向ける勝負の大会が続く2019年は、エペとフルーレのランキングで最低でもベスト8に入ることが最終目標です。ホスト国に与えられる枠もあるようですが、正直、それは眼中にありません。何が何でも自力で出場権を取るために、着実に勝ち進んでいかないといけません。世界のトップ8はいつも同じ顔ぶれになるので、一回の失敗も許されない。東京は出場することを目標に掲げているわけではありません。やるからには頂点を目指したい。そのために、東京パラリンピックに続く一戦一戦を大事に戦います。

櫻井のグローブにはこんな言葉が記されている。“Start where you are. Use what you have. Do what you can.(あなたのいる場所から始めなさい。あなたが持っているものを使いなさい。あなたのできることをやりなさい)”。自ら信じる道を進んだ先に、輝くメダルが見えてくる。

ⓒMasashi Yamada

text by Asuka Senaga
photo by X-1

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