新記録、復活、挑戦、リベンジ……第39回大分国際車いすマラソンのドラマ

新記録、復活、挑戦、リベンジ……第39回大分国際車いすマラソンのドラマ
2019.11.25.MON 公開

晩秋の恒例である大分国際車いすマラソンが17日、大分県庁前から大分市営陸上競技場までのコースで行われた。男女のマラソン種目(T34/53/54クラス)は、東京2020パラリンピックにつながる2020WPAマラソンワールドカップの日本代表選考レースを兼ねており、レースの中にいろいろな喜怒哀楽があった。

女子は上位3人が世界記録を上回る超高速レース!

笑顔で撮影に応じる世界記録保持者のシャー

「1時間35分42、マニュエラ・シャー選手は世界記録です!」

車いすランナーが続々とフィニッシュする競技場に新記録誕生を告げるアナウンスが響くと、元世界記録保持者の土田和歌子は喜びに満ちた笑顔で拍手をしてたたえた。

この日、女子のトップでフィニッシュしたシャーは、序盤こそ日本の喜納翼、アメリカのスザンナ・スカロニと競り合っていたが、20㎞付近で飛び出し、引き離すことに成功した。「スプリント力はないけど、高速をキープし続けられるのが強み」と自身を評するだけに、スプリント勝負に持ち込ませず、中盤で仕掛ける作戦だったのだろう。シャーは自身が持つ世界記録を更新する快走で4年ぶり4度目の優勝を手にし「平坦なコースで美しい大分が好き。すごくうれしいです」とほほ笑んだ。

喜納は世界歴代2位の好タイムをたたき出した

2位に入ったのは、沖縄の29歳喜納。1時間35分50は日本新記録で自己ベストより3分46秒も速い。日本人トップで、上位3位が派遣対象候補となる来年のマラソンワールドカップ内定を掴み、場内インタビューで「最高です!」と喜びの声を上げた。

その後、喜納は「他の選手に比べてまだまだ経験が浅い。ライン取りで減速してしまうなどの課題も実感した」と冷静にレースを振り返り、「(マラソンワールドカップが開催されるだろう)ロンドンのコースは大分と比べて(凹凸の石畳を通るコースで)得意ではないが、しっかり準備して臨みたいと思います」と東京パラリンピックに向けて重要になる次戦を見据えて語った。

その喜納の成長を最も喜んでいた選手が、夏冬合わせて8度目のパラリンピック出場を目指すレジェンドで“車いすマラソンの第一人者”土田だ。土田は2017年、出場予定だった同大会が台風の影響で中止になった直後にトライアスロンへの転向を表明。さらには今年10月に今大会へのエントリーが発表されると、東京パラリンピックにトライアスロンと陸上競技の2競技でチャレンジすることを明らかにした。

レース後に笑顔を見せた土田

「毎日が挑戦。今の自分の力がどれくらいなのか、車いすマラソンでその成長を感じたかった」と出場理由を明かし、準備期間は2ヵ月足らずと短かったものの「気持ちよくスタートラインに立てた」と土田は話す。

レースは10㎞付近で先頭集団に離されたが、1時間45分を切る目標に向かってしっかりとペースを刻み、1時間44分43でフィニッシュ。自己ベストには遠く及ばなかったものの、「苦しかったけれど、あきらめずに前に向かえた。今回の目標は達成できた」と納得の様子だった。

「東京パラリンピックは、ひとつずつ階段を上るようにこなすことで見えてくる。車いすマラソンの世界は、強豪ぞろいで、レベルもぐんと上がってきた。以前も挑戦だったが、さらに壁は高くなる。今の自分の力と向き合って(スピードを維持する)競技力の高いところに挑んでいきたいですね」

1年前のインタビューで「パラリンピック『出場』には執着していない。レベルの高いところで限界に挑む。それができなければ、パラリンピック出場にはこだわらないんです」と話していた土田。越えるべき壁が高ければ高いほど、競技へのモチベーションは高まるに違いない。

「土田選手、おかえり」「ワコさん、ファイト!」--名前を呼んでエールを送る、大分ならではの温かい雰囲気に包まれて、土田の新たな伝説への挑戦がスタートした。

“世界最強ランナー”が参戦した男子はタフなレースに!

昨年に続き、最後はフグ(右)と鈴木の一騎打ちになった

シルバーに光るヘルメットのシールドの下で、過去7度の優勝を誇るマルセル・フグ(スイス)はひときわ燃えていたに違いない。今大会には世界の主要レースを制している21歳のダニエル・ロマンチュク(アメリカ)が初出場。フグにとっては、今年4月のマラソン世界選手権(イギリス)、そして直前のドバイ2019世界パラ陸上競技選手権のトラックレースで敗れている相手だ。

今シーズン最後のレースに大分を選んだロマンチュク

そんなフグは3㎞の下りで仕掛けるなど序盤から積極的なレースを展開。23㎞付近でスパートを仕掛け、鈴木朋樹とともにロマンチュクらを振り切ると、最後の競技場で鈴木を突き放した。8度目の優勝におだやかな笑顔を浮かべながら「過酷なレースで疲れました」とコメント。レース後に2位の鈴木と健闘をたたえ合う姿も見せた。

フグやロマンチュクと同様にドバイから大分に入る強行スケジュールで参戦した鈴木は「最後はトラック勝負になり、腕の力も残っておらず、気持ちでも負けてしまった」と反省の弁。それでも、すでに内定を手にしている東京パラリンピックを想定した連戦を日本人トップの2位という好成績で終え、表情は達成感に満ちていた。

スタート前の鈴木はリラックスした表情を見せていた

注目のロマンチュクは3位、終盤まで集団の中で体力を温存させていた渡辺勝が4位だった。

「最後に(勝負する)力が残っていた」という渡辺が日本人2位に

多くの日本選手が狙っていただろう位置でフィニッシュした渡辺は「(混戦だったため)どうなるかわからなかったが、いい位置でトラック勝負に持ち込めたら集団の中で勝てると思っていた」と好調ぶりを確かめた一方で、ドバイ2019世界パラ陸上競技選手権のトラックレースで世界に太刀打ちできなかった悔しさが重くのしかかり、今後マラソンで東京パラリンピック出場権を取りに行くかどうかは「まだ考えられない」と複雑な胸の内を明かしている。

日本人3位に入り、ほっとした表情を見せる山本

マラソンワールドカップ派遣対象ラインである日本人3位となる6位には、53歳のベテラン山本浩之が入った。ホンダグループのサポートで最新の車いすに乗り調子を上げている山本だが、それだけでなく今大会からグローブを新調した。グローブの一部に厚みを出したことでハンドリムを漕ぐ安定性が増し、ロスなくパワーを伝えられるようになったという。その手ごたえは「今まで苦手だった上りも、国内では置いていかれないようになった」と語るほど。「このまま走り込めば筋力も上がる」と計測に裏打ちされた自信を持つ山本は、東京への出場権がかかる来春の大勝負をにらみ、自分に合った用具とフォームを追求していく。

【第39回大分国際車いすマラソン リザルト】


マラソン(T34/53/54クラス)男子:
1位 マルセル・フグ(スイス)
2位 鈴木朋樹
3位 ダニエル・ロマンチュク(アメリカ)
4位 渡辺勝
6位 山本浩之

マラソン(T34/53/54クラス)女子:
1位 マニュエラ・シャー(スイス)
2位 喜納翼
3位 スザンナ・スカロニ(アメリカ)
4位 土田和歌子
7位 安川祐里香

text by Asuka Senaga
photo by Rokuro Inoue

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