再開したパラ陸上。東京パラリンピック有力選手の選考の行方は?

再開したパラ陸上。東京パラリンピック有力選手の選考の行方は?
2020.09.08.TUE 公開

国内のパラスポーツの大規模イベント再開を告げる「日本パラ陸上競技選手権大会」が9月5日と6日の2日間、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催された。同大会は新型コロナウイルスの影響で当初開催予定だった5月から延期されたもので、無観客で実施された。

大会の再開に笑顔を見せる100m、200mのアジア記録保持者・井谷俊介
両足義足の湯口英理菜は好記録を連発して笑顔を見せる

陸上競技は、昨年11月の世界選手権までに16選手が東京2020パラリンピック日本代表に内定したが、コロナ禍で中止となった3月のグランプリ大会や、岡山のワールドチャレンジなどで、好記録を出そうと練習を積んでいた残りの有力選手の不安も計り知れないものがあった。その後、東京パラリンピックの開催延期も決まり、先行きが見えない中で選手たちは約半年に渡る“空白”をどのように過ごし、どんな思いで来年の目標に向けて再スタートを切ったのか。今大会で見せた勇姿と共にお伝えしたい。

山崎晃裕~自粛期間は自分の弱点と向き合う期間~

熱風を切り裂くかのようにやりが遠くへ飛んでいく。60m09。この日最後の投てきで、やり投げ(F46)山崎晃裕の東京パラリンピック出場を争う世界ランキングは、圏外の7位から圏内の5位に浮上。コーチらが見守るスタンド方向に快心のガッツポーズをして見せて「世界選手権の成績(7位)が本当に悔しくて。まだ晴らせたわけではないけれど、次につながる一投になった」と喜んだ。

セカンドベストとなる好記録での東京パラリンピックを争うランキング5位浮上!

昨シーズンは思うような投てきができずに苦闘した。世界選手権から帰国すると、「自分の持ち味は振りきりの良さ。基本からやり直そう」とキャッチボールで投げる感覚を一から見直した。コロナ禍でやり投げができなかった約2ヵ月も、河原で石を投げるなど工夫した練習を続けて、腕のしなりを取り戻していったという。

苦しい時期を乗り越えた自信がこの日の試合運びにも表れた。4投目でライバルの高橋峻也に一時逆転を許したが、「面白くなってきたな、と。冷静に試合をすれば逆転できると信じていた」と振り返る。実際に、5、6投目は技術的な修正ができたことで飛距離を伸ばし、ライバルたちを抑えて日本選手権連覇を飾った。

古屋杏樹~肉体改造をしてアジア新記録!~

1500mで自身の記録を大幅に更新した古屋杏樹

まだ内定選手が出ていない知的障がいクラスで、東京パラリンピック出場を争う世界ランキング2位に躍り出たのは、地元・埼玉の開催で存在感を示した古屋杏樹だ。「持久力が武器」と言い、1500mで東京パラリンピックを目指す。この日のレースでは、前半からスピードに乗り、同走のベテラン2人を置き去りする快走を見せると、後半も先頭を譲らず、ゴールまで駆け抜けた。タイムは、4分36秒56のアジア新記録。東京パラリンピック代表に近づき、レース後の取材で「とても嬉しいです」とコメントした。

世界選手権を終えてから、甘いものを控えて5㎏の減量に成功し、筋力アップにも取り組むなど東京パラリンピックにかける思いは強い。その東京パラリンピックの延期が決まった当時は「ショックで練習に集中できなかった」と言うが、次第に「内定をもらえていなかったので、延期はチャンスだなと思えるようになった」と明かす。今大会の前には、健常者の記録会に出場するなど、記録更新に向けてコンディションは万全で「今日は朝から調子がよく、タイムが出せるかなと思っていた」という。

高3で本格的に陸上競技を始めたという25歳。来年の東京パラリンピックでも快走が期待される。

重本沙絵~世界上位と競うためにスピードを強化中~

リオパラリンピック400m(T47)銅メダルの重本沙絵は、昨年の世界選手権では惨敗したが、東京パラリンピックでの巻き返しを狙い、専門の400mでは前半のスピードアップに挑戦している。その集中的な練習の成果もあってか、100mでは4年ぶりの自己ベスト更新となる日本新をマーク。平凡なタイムだった400mとともに「もっと記録が出てもよかった」と貪欲な姿勢を見せつつ、「100mで自己ベストが出たことはよかった」と素直に喜んだ。

100mで自己ベストを更新した重本沙絵(右)

東京パラリンピック出場を争う世界ランキング6位は、ギリギリ圏内だ。
「3月末に内定が決まるかなと思っていたが、いろんな大会が中止になり、厳しいんじゃないかなと思うようになった。実際に東京パラリンピックの延期が決まって、内定も発表されず、残念だなという気持ちでした」と当時の心境を明かしつつ、「でも、内定が出ていたら気が緩んだかもしれないし、決まらなかったことで集中的に取り組めた。あと一年、もっと速くなれる期間が伸びたと考えるようにした」とポジティブでいるように心がけたという。

練習拠点となる大学のトラックが使えなかった自粛期間中も、「工夫をすれば何でもできる」と前を向き、自宅で筋力トレーニングを続けたという重本。今大会でランキングアップとはならなかったが、チャレンジするその姿勢から来年の本番にメダルをかけて勝負する固い決意をのぞかせた。

村岡桃佳~覚悟を持って二刀流をやり遂げる~

100mで好位置にいる村岡桃佳

「東京パラリンピックの延期は、正直なところ、私には苦しいところもあった。(アルペンスキーで2022年北京パラリンピックを目指す)冬のことがあるので……」

100m(T54)でセカンドベストをたたき出した冬季パラリンピックの金メダリスト・村岡桃佳は、報道陣からの質問に対して苦しい胸の内を明かした。

練習環境が整う岡山に練習拠点を置き、2020年夏に開催予定だった東京パラリンピックに向けて陸上競技に専念していた村岡は、今年1月に16秒34の自己ベストを出してランキング圏内の6位に食い込む成果を上げており、調子も上り調子だった。

そんな中で相次いで大会が中止になり、久しぶりのレースとなった今大会は「いいレースにはなったけど、レース中に焦りもあって悔しさが残る」と振り返る。

2020-2021年シーズンからスキーとの二刀流で東京パラリンピックに挑戦することを表明しており、「どちらもあきらめられなかった。自分で決めたからにはやり遂げたい」と言葉に力を込めていた。

来夏の金メダル候補も存在感!

走り幅跳びのアジア新記録で世界選手権女王の貫禄を見せつけた中西麻耶

今大会には、東京パラリンピック内定を手にしている選手12人も出場。そのうち、走り幅跳び(T64)の中西麻耶が自己ベストを19㎝上回る5m70でアジア記録を上回るジャンプを見せるなど、コロナ禍の影響を感じさせないパフォーマンスで大会を沸かせた。

「記録は出なかったが、全力を尽くすことができてうれしかった」と語った世界王者(T52)の佐藤友祈
1500m(T11)で大幅にアジア記録を更新した和田伸也(左)は、コロナ禍における視覚障がい者選手のたくましさを象徴した

text by Asuka Senaga
photo by X-1

再開したパラ陸上。東京パラリンピック有力選手の選考の行方は?

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