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「オーダーの妙」で奇跡の勝利を狙った男子フルーレ団体、世界王者にあわや?

「オーダーの妙」で奇跡の勝利を狙った男子フルーレ団体、世界王者にあわや?
2021.08.31.TUE 公開

東京2020パラリンピックの車いすフェンシングは、8月29日に競技最終日を迎え、日本は男子フルーレ団体の予選リーグを0勝3敗で終えた。この結果だけを見ると、世界を相手に全く歯が立たなかったのではないか、と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。日本は強豪相手に最後まで諦めることなく、見せ場を作り続けたのだ。

わずかでも勝利の可能性を追求

男子フルーレ団体1次リーグでフランス選手と対戦する車いすフェンシング日本代表の藤田(左)

予選リーグの初戦、フランスに32-45で敗れた日本は、早くも窮地に立たされた。第2戦は前回銀メダルのポーランド、そして最終第3戦は前回王者の中国が相手。絶望的とも思える状況だったが、日本は強豪相手に見どころたっぷりの熱戦を演じた。あらかじめ選手たちが練っていた作戦が功を奏したのだ。

作戦立案の中心となった藤田道宣が、その中身をこう明かした。

「圧倒的に不利ですけど、やるからには勝ちたい。方法は1つしかない。最後回り(3巡目)で相手のクラスB(※後述)の選手に、クラスAの加納選手をぶつけて逆転。その勢いで、恩田さんと僕が“当たって砕けろ”で、5-5くらいでつなげば、勝ちの可能性はあるかなと」

フランス選手と対戦する車いすフェンシング日本代表の恩田(左)

団体戦は、各チーム3選手が総当たりで戦い、9試合の合計点を競う。選手は、障がいの程度によって体幹バランスが良好なクラスA、体幹バランスが悪いクラスBに分けられる。個人戦はクラス別に競技が行われるが、団体戦はA、B混合。クラスBの選手を必ず入れてチームを構成しなければならない。多くの国は当然、「AAB」で組んでくる。しかし、日本はクラスAの選手を2人立てられず、加納慎太郎(A)、恩田竜二(B)、そして藤田(B)という構成となっていた。

藤田が「圧倒的に不利」と言ったのは、クラスAを2人擁するチームとの対戦で「B(日本)対A(相手国)」の組み合わせが多く生まれてしまうからだ。藤田らが考えた作戦は、終盤に勝負をかけるというもの。クラスAの加納が最後の3巡目でクラスBの選手に当たるようにオーダーを組み、一気に巻き返しを狙う。

エース加納が追い上げる作戦通りの展開

団体戦は、1試合3分。各試合には得点の上限があり、どちらかの点数が5の倍数(1試合目5点、2試合目10点、3試合目15点……)に達した時点でも終了する。計9試合で先に45点取れば勝ちだ。

第2戦のポーランド戦は、6試合を終えて27-30。加納が第7試合で35-32と逆転し、作戦通りの展開となった。その後、恩田と藤田の試合で再逆転されるが、最終40-45で見せ場は作った。

ポーランド選手と対戦する車いすフェンシング日本代表の加納(左)

つづく中国戦は、6試合を終えて13-30と大きく離されていたが、加納が第7試合だけで18-5と一気に巻き返し、スコアを31-35まで持ち直した。この試合も最後は32-45で振り切られたが、終盤での勝負に持ち込めた。

障がいのクラスを越えて互角に戦えた自信

敗退したものの、個々の選手にも光るものがあった。パラリンピックはA、Bしかカテゴリー分けがない。クラスBの藤田は普段は、さらに障がいが重いCクラスの選手だ。それでも初戦フランス戦の最終9試合では、クラスAの選手に10-5で勝利した。中国戦でも、クラスBのフルーレ個人で銀メダリストとなった胡道亮を相手に5-5と互角の戦いを見せた。藤田は強豪を相手に善戦できたことに、手応えを感じていた。

「胡選手とは、今までに10回くらい戦っていて、個人戦で一度も勝ったことがない。団体戦なのでメンタル的なところも違いますし、いろんな要素が合わさって今日は5-5という形になりましたけど、(接戦を展開できたことは)評価しても良いところだと思います」

この日の試合を後でもう一度見返して、個人戦で当たったときには確実に勝てるように研究していくという。

高校時代にフェンシングを始めた藤田は、インターハイにも出場したことのある実力者だ。しかし大学に進学後、頸椎を損傷し、下半身まひの障がいを負った。同じ高校のフェンシング部の1学年先輩である、北京オリンピック銀メダリストの太田雄貴さんから励ましを受けるなど、周囲の勧めでパラ競技を始めたのは2009年のことだ。当初は障がいの重さから苦戦を強いられたが、2018年にはアジアパラ大会で銀メダル、2019年ワールドカップで銅メダルを獲得するなど、世界の舞台で台頭してきた。パラリンピックは「競技を始めたときから目標にしてきた」(藤田)あこがれの舞台。今回が初出場だった。

ここが終わりではなく、ここが始まり

日本代表チームの恒松健児監督は、今回の大会をこう総括した

「1年の延期でフェンシングに向き合う思考が充実し、それが動きに出てきたのだろう。非常に成長して、いくらか勝てるという見通しを持って臨めたのは、大きかった。指導者が教え込むのではなく、選手が学んでいくことができた1年。次のパリに向けて気持ちは変えられるのかなと思います」

課題も数多く収穫できた。恒松監督は、「ここが終わりではなく、ここが始まりと思っていかなければならない」と、選手たちのさらなる成長に期待を寄せた。

初めての大舞台での経験が、選手たちにも新たな刺激を呼び起こす。

「パラリンピックはやっぱり世界で最高の舞台」と実感した藤田は、早くも次回大会への意欲を口にした。

「この舞台に戻ってきて、活躍したいですね。その姿を家族や応援してくださっている方々、国民の皆さんに見ていただきたい」

世界の強豪とも互角に戦えることを示した東京大会。3年後、選手たちはさらに強くなってパラリンピックに戻ってくる。

対戦中の藤田を応援する加納(左)と恩田(右)

text by TEAM A
photo by kyodo

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