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トライアスロン・秦 由加子の挑戦と進化の裏側 「もう私だけの競技人生ではない」

トライアスロン・秦 由加子の挑戦と進化の裏側 「もう私だけの競技人生ではない」
2018.05.09.WED 公開

2016年のリオパラリンピックから新たに正式競技として加わったトライアスロンで日本選手最高の6位に入賞。PTS2(立位・肢体不自由の重度のクラス)女子の秦由加子は、世界の大舞台で表彰台を狙える位置にいる。「もっと強くなりたい」――リオ後、再始動した秦は、競技で使用する義足も環境も見直して挑戦を続けている。

リオ6位から再出発。進化の過程でつかんだ多くのサポート


トライアスロンが楽しくて仕方ない。レースや練習の醍醐味について声を弾ませながら語る秦の笑顔は、いつだってそう物語っている。
普段は会社員としてオフィス通い。その前後に所属クラブの稲毛インターなどでトレーニングに励む。スイム、バイク、ランを連続して行うトライアスロンの特性上、3種目のトレーニングで多忙な競技生活を送るが、とかく大変といった様子はみじんも見せない。


秦 由加子(以下、秦)  そんなにいっぱいいっぱいではないですよ。練習は楽しいですし、特別なリフレッシュ方法もないですし……。そうですね、月2回ほど手話サークルに通っていて、トライアスロン以外の仲間とのつながりやいろんな世界を見られる意味で、リフレッシュになっているかもしれません。

笑顔でインタビューに応じる秦

  競技環境も変わり、先日もリオ後から個人合宿を重ねているプーケット(タイ)に行っていたところです。
現地のチームに参加させてもらうのですが、これまで1週間くらい滞在してこなすだけだったものが、先日は1ヵ月滞在し、3種目まんべんなく練習することができました。そこでは、いろんなメニューを組み合わせしたりして、追い込むからこそ見えてくるものもすごくある。それに、世界中からアスリートが集まっているから、刺激をもらいます。なかにはその過酷さから “鉄人レース” といわれるアイアンマンのチャンピオンもいますし、周りは健常者だけなので速いメンバーに引っ張ってもらって、私はとにかくいけるところまでついていくんです。
たとえばバイクの練習は、ほとんど信号のない道に走りに行きますが、一ヵ所だけある信号でも停れなかったりして、「あ~、停まりたかった!」って(笑)
「いつもこの坂で速い選手において行かれる!」みたいなポイントも練習を積み重ねれば楽になってきたりするので、いい練習ができていると実感しています。


そんな秦が、トライアスロンを始めたのは2013年のこと。もともと水泳でロンドンパラリンピックを目指していたが、出場がかなわなかったのをきっかけに、かねてより興味のあったトライアスロンの道を進み始めた。最初は楽しみのつもりだったが、毎年5月に横浜で開催される国際大会「世界トライアスロンシリーズ横浜大会」で完走し、競技者としての楽しさに目覚めたという。

その後も、強化してきたスイムで先行するスタイルで進化を続け、2016年にリオパラリンピック出場。スイム2位の位置から秦は6位まで最終順位を落としたものの、レース後は清々しい表情で「自分の力を出し切れた」と語っていたのをよく覚えている。


2016年のリオパラリンピックでは6位入賞 
© Getty Images Sport

  リオ後の1年、それなりにトレーニングは積んできて自分でも成長しているつもりでした。でも、実際は進化できていなかった。昨年9月のグランドファイナル(世界選手権)の順位はリオと同じ6位。どんどん速くなっている周りの選手との差が開いていることを痛感しました。

「このままでは勝てません。練習時間がほしいです」
そう会社にお願いして、ついに環境を変えていただきました。これまで、有給以上の休みは欠勤扱いでしたが、特別休暇にしていただけるようになって。思う存分海外のレースに臨んだり、合宿ができたりするのも、職場環境のおかげです。
これだけの方が支えてくださって、ありがたいプレッシャーを感じています。昨年より練習時間も増えたので、今年はグランドファイナルで表彰台に上がることが目標です。また、世界トライアスロンシリーズ横浜大会などの世界大会でも3位以内に入りたいですね。

タイムを縮める最高の義足とともに、見据えるのは2020年の表彰台


気張りすぎることなく、自然体で競技に向き合う秦。それでも、2年後に迫る自国開催のパラリンピックという大イベントの存在は無視できない。東京パラリンピックのトライアスロンは男女各4クラスが実施されることが決まっているが、どの種目(障がいクラス)が採用されるかは今年中に決まるとみられている。


秦   今は東京パラリンピックを一番の目標にはしていますが、もし自分のクラスが採用されなかったとしても、そのときに納得できるかどうかは自分次第だと思っています。できる限り尽くしたうえで東京の種目に入らなかったら仕方ない。それまでしっかりとやることをやって、世界ランキングの上位に入ってアピールしたいですし、やはり今年のグランドファイナルでも表彰台に上って、それを東京につなげたい。東京パラリンピックでも、表彰台に上がることが一番の目標です。

はじめて出場したリオパラリンピックでは更なる進化を誓った © Getty Images Sport

13歳で病気のため右大腿部を切断した秦は、専用の義足を使用して競技を行う。

トップを極める義足アスリートは用具を使いこなすための筋力アップはもちろんのこと、常に義足を改良していく追求心も必要だ。トライアスロンは、スイムからバイク、バイクからランへと移行する “トランジション” もタイムに加算されるとあって、扱いやすい用具の選択も重要なポイントになる。秦はリオ後、義足を一新する決断をした。


秦   私の課題はトランジションの短縮です。海外選手に比べると私はすごくトランジションに時間がかかってしまう。だから、ランパート用とバイクパート用の両方の義足を新しいものに変えました。現在も調整を続けていますが、今の義足がベストといえる状態です。

これまで使っていたものも悪くなかったんですけど、トランジションというトライアスロンならではのポイントがあるので改良が必要だなと。


ラン用の義足の板バネは、これまで使っていた海外製の競技用義足から国内メーカーに変更。秦の進化にともなって変化する、板バネの反発度合いや角度を微調整しやすくなった。


秦   リオから大きく変わったのは、(速いピッチで推進力を生むことを追求するため)健足のひざにあたる屈伸するパーツをなくしたことです。(地面からの反発を得やすい)板バネは、義足の研究開発を行っている今仙技術研究所とスポーツメーカーのミズノが共同開発したものに変え、定期的に映像を送ることですぐに分析してもらい、すぐに微調整してもらえるようになりました。
体重のかけ方が変わったり、走るスピードが速くなったりすれば、義足の硬さの感覚も変わるので、定期的にチェックし、板バネの反発や角度を調整することが必要になるんです。

振り返ると、今までは感覚に頼る部分が大きかったなと思います。でも今はいろんな人の意見とか考え方を含めた、データという根拠があります。いろんな人が携わった用具で戦うのは、本当に心強いです。

今季2戦目の世界トライアスロンシリーズ横浜大会を控える

秦   新しく義足を作っていただいている松本義肢製作所にも、理想の義足の感覚に近づけるために何度も足を運んでいて、それこそ朝から夜まで苦労をかけています。私の場合、実際に装着してみると痛いということが結構あるのですが、何度でも直してくれるし、お互い決して妥協しません。

他にも、(タイヤを開発の技術を持つ)ブリジストンからは義足のソールを提供してもらっていますし、カラダのケアをしてくれるトレーナーやコーチ、そして喜びを共感できる家族や仲間の存在。これだけ多くの人に支えてもらっていて、もう私だけの競技人生ではないですし、勝ったときの喜びも自分だけのものではない。トライアスロンを通じてみんなが喜んでくれたら、こんな幸せなことはないですね。


勝ちたいという強い意思が周囲の人の心を突き動かす。多くの人の思いを力に変えて。トライアスリート秦由加子は、表彰台の階段を駆け上がるのだ。


text by Asuka Senaga

ITU世界パラトライアスロンシリーズ
http://yokohamatriathlon.jp/wts/

トライアスロン・秦 由加子の挑戦と進化の裏側 「もう私だけの競技人生ではない」

『トライアスロン・秦 由加子の挑戦と進化の裏側 「もう私だけの競技人生ではない」』