『やらなきゃいけない』から『やりたい』に! パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社の取組から見る、企業にとってのDEIの意義

ものづくりの世界では、社会課題の解決も商品開発のヒントになる。「DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)」もそのひとつ。DEI・組織開発室という部署があるパナソニック株式会社 くらしアプライアンス社は、「DEI」をキーワードにした商品開発に関する研修を行った。この研修を取材するとともに、現代のものづくり・商品開発におけるDEIの視点とは、どんなものなのかを探ってみた。
※本記事は2025年3月取材時の情報をもとに掲載しています。
自分の「普通」は本当に「普通」?
ものづくりのヒントがたくさん詰まっていた今回の研修。受講者の反応について、企画したパナソニック株式会社 くらしアプライアンス社のDEI・組織開発室の大美菜々子さんは次のように話す。
「まず皆さん受講前と受講後では目の色が違っていました。また研修後のアンケートによれば、満足度がとても高かったという結果が出ています。特にアンケートの中の『ワクワクしましたか?』という質問に対して、9割近くの受講者が『とてもワクワクした』あるいは『ワクワクした』と回答してくれたのは嬉しかったですね。
商品開発にDEIの視点を入れることを義務感ではなく、本人たちがこういう視点で製品を考えることはすごく楽しいんだと思ってくれたこと、『やらなきゃいけない』から、『やりたい』に変わったのを目の当たりにし、DEI推進にとても大きな手応えを感じました」(大美さん)

パナソニック株式会社の社内分社のひとつ、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社が、2025年2月にDEIに関する研修として実施したのが、日本財団パラスポーツサポートセンターが提供するパラアスリートを講師としたダイバーシティ研修プログラム「あすチャレ!Academy」。今回は、生活家電やデバイスの開発・製造を主に行っている同社の社員向けに、実際に同社の製品を題材にDEIを考えるカスタムメイドプランを実施した。
この日講師を務めた山本恵理さんは、パラリンピック出場を目指しているパラ・パワーリフティング選手。先天性の二分脊椎症のため車いすユーザーである山本さんは、小さい頃に両親が医師から「この子は一生歩けません」と言われたという話をしたあと、講習の参加者にこう問いかけた。
「ところで、障がいってなんだと思いますか? 私の障がいは、歩けないこと? 違います」
山本さんは時折子どもから「歩けるようになったら何がしたいですか?」という質問をされるそうだ。質問する側は「歩けること」が「普通」だと考えるからこのような質問をするのだろう。しかし、山本さんにとっては「歩けないこと」が生まれた時から「普通」のことで、歩けることが「普通ではない」こと。「普通」とされていることは全ての人にとっての「普通」とは限らないのだ。
だからこそ、ものづくりをする際には、まず自分の「普通」が本当に「普通」なのかを疑ってみてほしいと山本さんは言う。
「世の中から本当になくさなければならないのは、段差や階段ではなく、歩けることが『普通』で、歩けないことは『普通ではない』といった先入観、そこから生じる『障がい者』と『健常者』の間にある目に見えない壁です」(山本さん)
自分の「普通」が万人にとっての普通だと思ってしまうこと。人は十人十色なはずなのに「障がい者」とひとくくりにしてしまうこと。そういった線引きや壁が、無意識のうちに、ものづくりの可能性を狭めているかもしれない。
発想を「誰かの専用」から「みんなのためのもの」へ
そんな「壁」を越えるヒントとして山本さんが紹介したのが、パナソニックの「ラムダッシュパームイン」という電気シェーバー。コンパクトかつ丸みのある本体を指でつかむようにして使うため、肌を撫でるように髭をそることができ、そり残しも少なくなるというのが特徴だ。

もともとは、気分をあげたり、日々のくらしを豊かにするような道具としてシェーバーをデザインしよう、という意図で生まれた商品。その結果、持ち手のない、コンパクトなものに仕上がり、一見するとシェーバーには見えないようなデザイン性、持ち運びのしやすさなどが特徴となった。
実はこの電気シェーバー、視覚に障がいがある人たちから「使い勝手がいい」という声が上がっているそうなのだ。
視覚に障がいのある人たちは、今どの場所を剃っているか鏡を見ながら確認することが難しい。また、従来の柄の長いシェーバーでは柄を握る手と肌との距離が遠く、そり残しなく正確に操作するのが難しい場合もあった。しかし、ラムダッシュパームインのようにコンパクトなかたちであれば、シェーバーをつかむ指と肌との距離が近くなり操作性が安定し、そり残しの確認もしやすいという。
「たとえば、何かものをつくるときに、車いすユーザー用に作ればいいんじゃない? という案が出たとしても、車いすユーザーの数は限られているので、ビジネスになりにくいと言われることがあります。しかし、『誰かの専用』ではなく、『みんなのためのものをつくる』という発想を持ったらどうでしょう?」(山本さん)
受講する社員たちも、自社の製品に寄せられた思いがけない声から新しい気づきを得たようだ。
DEIの視点を生かしたグループワーク

「あすチャレ!Academy」の前半で、自分たちの「普通」の概念をいい意味で壊された参加者たちは、後半では4人1組に分かれてグループワークを行った。
会場に置かれた自社の家電の中から1グループにつき1つ、好きなものを選び、その家電が、グループのメンバー全員にとって使いやすいものにするには、どうしたらいいのかを考える、というものだ。
各グループのメンバーは参加者4名に山本さんを加えた5人。車いすユーザーである山本さんも含めて「使いやすい家電」を考えていく。
選ばれた家電は、掃除機、冷蔵庫、マッサージチェアー、水流で口腔ケアをするジェットウオッシャーなど、幅広いラインナップ。
選んだ家電を手にしながら、それぞれの「使いやすさ」を探ろうと、各グループは山本さんにさまざまな質問を投げかけた。
例えば、掃除機を選んだグループはこんな質問を投げかけた。
「普段家の中でも車いすを使っていますか」
「部屋の中では車いすが使いやすいよう床にモノを置かないようにしていますか。その場合はお掃除ロボットが便利ですか」
山本さんの答えはこうだ。
「皆さんが家に帰ると靴からスリッパに履き替えるように、私も室内用の車いすに乗り換えます。また、今もそうですが、車いすに座っていても、気持ちとしては立ってお話をしているつもりです。なので自宅で座るとなると、ダイニングテーブルのいすに座ったり、小上がりの畳に座ったりします。
また、床に置いたモノは多くはありませんが、座ったままの状態では高い位置に手が届かないため、自宅では低く横幅のある棚を多めに使っていることもあり、床面積が結構ある部屋なんです。そのためお掃除ロボットで掃除をするには時間がかかるので、普段は普通の掃除機で掃除をしています」(山本さん)

また、冷蔵庫を選択したグループが投げかけたのはこんな質問だった。
「山本さんは普段どんなサイズの冷蔵庫を使っていますか。上の方の棚は使いづらくないですか」
山本さんはこう答えた。
「私は自動製氷機を使いたいのですが、容量の小さな冷蔵庫にはついていないことが多いです。それで容量の大きな冷蔵庫を使っていますが、以前は背の低いタイプを使っていました。でも、自動製氷機付きで背の低いタイプとなると横幅が広くなってしまうんです。横幅のある冷蔵庫は今の住環境では置けないので、現在は容量のある背の高いものを使っていますが、上の段はガラガラです。たまに友人が置いていったチーズが上の段でカピカピになっている、なんていうこともあります(笑)。なので、私があったらいいなと思うのはキッチンの吊り戸棚などで見る、ひっぱると低い位置まで下がってくる棚。あれが冷蔵庫でもできるといいなと思うんです。これなら車いすユーザーだけでなく子どもやお年寄りも便利ですよね」(山本さん)
研修で得た新しい視点をもとにイメージを膨らませ、山本さんへの問いかけを通して思考を巡らせた参加者たち。山本さんも、参加者の想像以上の反応に期待を寄せた。
「1つの商品から、色んな人の生活を想像するようになったのはすごいことだと思います。この人は、普段どんな暮らしをしているんだろう、というところまで考えていけば、トータルな家電の提案ができるようになるんじゃないかという可能性を感じました」(山本さん)
「みんなが使いやすいってどういうことだろう」
研修後、実際にこの講習にも参加した同社の米田友花さんに話を聞いた。米田さんは、通常はくらし技術開発部第一課第一係という部署で、アプリなどの研究開発関係の仕事をしているが、社内の「複業制度」を利用して1年間、大美さんと同じDEI・組織開発室にも籍を置いていた。

「今回の講習は、社員全員が受講したらいいのにと思うくらい充実していましたし、楽しかったです。
例えば、私は以前から多くの家電からピーピーと、みんな同じ音がするなと思っていました。音の高さや回数は違うんですが、似たような音なので、だったら『洗濯が終わりました』とか言葉で知らせてくれたほうが分かりやすいですよね。それならば晴眼者(視覚に障がいのない人)だって便利なのにという話を社内でしたことがあります。
しかし、実際のものづくりの現場ですと『人が話すようなスピーカーは原価がすごく高いんです』といった、どちらかというと守りの姿勢になりがちです。でも、今回のような話を聞くと、『みんなが使いやすいってどういうことだろう』と素直に考えることができますし、山本さんのような方がものづくりを引っ張ってくださるというのは、すごくいいことだなと感じました」(米田さん)
企業がDEIを推進するメリットとは?

そもそもパナソニックグループは人的資本経営に関わる取り組みの一環としてDEIを推進している。その理由はどんなところにあるのだろうか。
「パナソニックグループでは、DEI推進を会社戦略の1つ、重要な経営アジェンダであるというふうに捉えて取り組んでいます。
DEIと聞くと、まだまだマイノリティのための支援と捉えられがちですが、決してそうではなく、一人ひとりの社員が個性を最大限に発揮するためのツールであり、それは会社にとってとても意味のあることだと思っています。
マイノリティの方々というのは、あくまでも多様な社員の代名詞と捉え、その方々のための環境は整えますが、それによって生まれる効果、その受益者は全ての従業員なんです」(大美さん)

今回の講習は社員にとって身近なくらし家電の開発をテーマにしているが、実はDEIが自分たちが携わる商品、自分たちの仕事に繋がるものだと気づいてほしいという思いから実施されたそう。結果として9割以上の人がワクワクし、自分の行動に反映されるフェーズまで進められたのではと大きな手応えを感じたそうだ。
米田さんは1年間、DEI・組織開発室に籍を置いた経験を生かし、外国籍の方に向けた家電の開発にも取り組みはじめたそうだ。そこでは、自身が作ったものを外国籍の方々に見てもらい、この音声の訳はおかしい、などといった感想を聞くPOC(概念実証)に繋げるなど、当事者の意見を具体的な商品開発に役立てているという。
多様な視点からものを見ることは、今までにない可能性を商品にもたらすヒントになるという気づきがあった今回の研修。多様な人たちの、多様な生活、暮らしぶりを想像し、自分ごととすれば、ものづくりの可能性は今よりもっと広がるのではないだろうか。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Haruo Wanibe