ダイバーシティ(多様性)、D&Iとは?多様性は日本の社会をどう変えるか

ダイバーシティ(多様性)、D&Iとは?多様性は日本の社会をどう変えるか
2023.03.27.MON 公開

パンデミック、急激な円安、ウクライナ侵攻など、想像もできなかった出来事が、ここ数年で立て続けに起きている。そんな変化の激しい時代を生き抜くために「組織には多様性が必要だ」と唱えるのは、『SDGs、ESG経営に必須! 多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』の著者であり、「日経xwoman」を創刊し総編集長を務めた羽生祥子氏。私たち日本人が知っておきたい多様性、D&Iの今とこれからについて、お話を伺った。

そもそも、ダイバーシティ(多様性)、D&Iとは?

D&I、多様性、ダイバーシティ

最近、企業や自治体、学校などさまざまな場所で目にする「D&I」という言葉。世界的な企業、あるいは国や自治体までもが、なぜD&Iを推進しようとするのか? その話に入る前に、まずは「D&I」とは何かについて、改めて押さえておこう。

「D&I」の「D」は「多様性、さまざまな種類、相違点」などという意味のDiversity(ダイバーシティ)、「I」は「包括、受け入れる」という意味のInclusion(インクルージョン)の頭文字。ざっくりと表現すると、「多様性を大切にし、受け入れる」ということ。近年は「E」、すなわち「公平」というEquity(エクイティ)を入れて「DEI(DE&I)」という呼ばれ方をされることもある。

羽生氏によると多様性には大きく分けて2つの種類があるそうだ。

属性の多様性と特性の多様性
©羽生プロ 羽生祥子の講演資料より抜粋

上記の図のように、ひとつは性別や民族、国籍などの「属性の多様性」。もうひとつは文系か理系か、営業職か事務職か、障がいがあるかないかなどといった「特性の多様性」。

「属性の多様性は主に生まれながらに与えられ、自分の努力や意向では変えられないものです。属性の種類が増えると組織の中に特性の種類も増えるというのが、多様性を推進する大きなメリットと言えます」(羽生氏、以下同)

つまり、男性だけ、20代だけ、特定の民族だけといった偏った属性による組織よりも、男女、年齢、国籍など属性の種類が多い組織の方が、さまざまな特性を持った人が集まるので組織の成長や改革に繋がるということだ。

ただし、ここで誤解しやすいのが「インクルージョン」の意味。

「インクルージョンには『包含』するという意味がありますが『同化』だと誤解しているケースも多いようです。D&Iにおいて『あなたと私は分かり合えた』というのは、意見も好みもぴったり一致しましたということではなくて、『私たちは違うということを理解しました』という意味です。どっちが優れているかとか、正しいかとかではなく、お互いに違っていることを理解し、それをお互いに尊重すること。それがインクルージョンです」

ダイバーシティ(多様性)の推進。するメリットとしないデメリット――なぜD&Iの推進が必要なのか?

zoom越しの羽生祥子さん
オンラインで取材を受けてくれた、著作家・メディアプロデューサー羽生祥子さん

D&Iの推進の目的を「差別はいけないことだから」などと、道徳的な意味で推進しなければならないと考えている人も少なくないようだ。一方で羽生氏によると、組織、特に企業にとってD&Iが推進されることには、はっきりと大きなメリットがあるのだそうだ。

――ダイバーシティを推進するメリット――

利益に直結

「メリットは複数ありますが、一番分かりやすいのは純利益が上がるということです。ある調査(智剣・Oskarグループ主席ストラテジストの大川智宏氏のレポート)で、D&I推進のランキングが上位の企業と下位の企業の2016年から2021年の純利益を比較したところ、上位の企業では増益率の平均がプラス28%。それに比べて下位の企業はマイナス43%の減益となっていました」

D&I推進ランキングが上位の企業と下位の企業の2016年から2021年の純利益比較グラフ
©羽生プロ 羽生祥子の講演資料より抜粋

たった5年間で純利益にこれほどの差が出ることは驚きだが、さらにD&Iの推進は企業にとって大事なヒューマンリソースにも影響するのだそうだ。

――ダイバーシティを推進しないデメリット――

1.企業の財産、ヒューマンリソースにも影響が?

「令和3年度の内閣府の世論調査に『どんな仕事が理想的だと思いますか』という質問がありましたが、『私生活とのバランスが取れる仕事』と答えた人が50%以上いました。この話をすると、私生活がどうこうというのは女性だろう、女性を雇うとそういうことを言い出すから損をする、といった意見が出るんですが、そうではありません。世論調査で女性は50%以上、男性も同様に半数近くの人が私生活とのバランスが大事だと答えています」

また、この調査結果を年代別で見ると、若い層ほど私生活と仕事のバランスを重視していて、働き盛りの30代にいたっては約70%の人が私生活とのバランスを大切にしているという結果が出ている。

「テレワークがしやすいとか、男性でも育休がとれるとか、前もって申請すれば個人的な理由でも有給休暇が取れるとか、そういったことに重きを置いている若年層が増えているのに、『そんな考えは甘い』という古い発想の人ばかりが経営層にいると、女性だけでなく、働き盛りの優秀な男性すら確保できなくなるのです。それどころか、優秀な人材に退職されてしまうリスクもあるわけです」

つまり、D&Iが進まずいまだに「育児は女性がするもの」「出産や育児で休む可能性のある女性は要職には就けない」「男性は育休をとれない」といった考え方の企業には、いい人材は集まらない。あるいは優秀な人材が流出してしまうということだ。

2.資金調達が困難に?

さらに企業にとって大切な資金調達にもD&Iの推進は大きく影響する。

「日本の国民年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という世界最大級のファンドは、企業を評価し投資する際のひとつの指標として性別多様性を重視しています。つまりD&Iが進んでいない会社には投資をしないということです」

これは長期的な経済成長のためには女性人材を生かすことが有益であるという研究結果によるものであり、女性活躍が魅力的な投資指標となっているからだそうだ。

3.集団思考による経営判断の鈍化

D&Iが進まず、同じ属性の人ばかりが集まる多様性の低い企業では、グループシンクという8つの症状が起こりやすくなるという。

グループシンク8つの症状
『SDGs、ESG経営に必須! 多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』(羽生祥子著)より

「自分たちは正しいと思っている同じ属性の人が多数を占めている場合、数的なマイノリティの人たちから『この考えで大丈夫ですか?』と指摘されても、それを無視してしまいます。さらに病が深刻化すると、都合の悪い情報を遮断したり、異論を唱えるメンバーに圧力をかけたりするようになる。これが進むと、メンバーは自分がおかしいなと思っても疑問を持たないように自己抑制してしまいます。こうなると経営判断が鈍るし、組織の腐敗という大きなリスクに繋がってしまいます。皆さんの企業でも身に覚えがあるのではないでしょうか?」

日本の企業におけるダイバーシティ普及率

先程、属性の多様性の種類は多い方がいいという話があったが、日本では属性の多様性はどの程度進んでいて、D&Iはどの程度普及しているのだろうか。

「日本は島国で、伝統的に他国、他民族と交流する機会が少なかったため、欧米社会に比べて民族や国籍が問題になる機会が稀だった。そのため企業でD&Iというと、女性活躍が一番のテーマとなっているケースが多いですね。属性の種類を増やすどころか、性差の問題さえなかなか解決しない状況です」

性差の問題が前に進んでいないわかりやすい例がジェンダー・ギャップ指数だ。これは、各国における男女格差を測る指数で、0が完全不平等、1が完全平等を示すのだが、日本の「経済」「教育」「健康」「政治」の総合スコアは2022年の最新の発表で0.650。順位は146か国中116位で、先進国の中で最低レベルとなっている。なぜ、日本では女性活躍が進まないのだろうか。それはまず男女の能力に差があるという間違った刷り込みが原因だという。

「男女に違いはあるのか?という質問に答えるならば、“筋肉や骨格といった体格の違いと生殖機能は違う”が正解です。少なくとも第三次産業が8割を占める日本、ましてや都市部のオフィスであれば、体格や生殖機能の違いは仕事に影響しないはずです。「力仕事は女性より男性が適している」といった反論がすぐに出ますが、それを聞いたら「論点がズレた意見」と冷静に理解しましょう。また、一時期、男脳と女脳という言葉が流行りましたが、この言葉の出所を調べたところ、アメリカで書かれた怪しい論文で、『n(サンプル数)』がたったの9だけというとんでもない内容ということを最新のジェンダー研究者も指摘しています。こうした誤った刷り込みによって、仕事においても性によって能力に違いがあると思い込んでいることが、女性活躍を阻む要因の1つになっています」

つまり「女性だから能力が低い」「女性は子育てに向いている」「女性だから理系は苦手」といった、属性の多様性と特性の多様性を結び付けることが、D&Iが普及しない原因になっているのだ。

「よく女性活躍推進の話をすると『女性にだけ下駄を履かせるのか』とおっしゃる方がいるんですが、そうではありません。誰もが同じチャンスに公平にアクセスできる環境を整えましょうということ。性別や国籍、年齢などでチャンスが不公平にならないようにして、どんな人も公平に同じスタートラインに立たせてあげましょうという話です。この意味ではむしろ、男性がこれまで“高い下駄を履いてきた”のですから」

イギリスでは、運転能力に男女差がないことが、タクシー協会の調査によって証明されたという。その他にも、仕事の能力に性別は関係ないことは、多くの実験や調査によって科学的に証明されている。それなのに、日本ではまだまだ女性は能力が低いからと、なかなか正規雇用してもらえない、昇進するチャンスすら与えられないということが、当たり前に起きている。これではD&Iが普及するはずがない。

日本で多様性の大切さを浸透させるためにすべきこと

D&Iどころか女性の活躍という1点を見ただけでも、世界的にかなり後れをとっている日本だが、今後、多様性の大切さを日本社会に浸透させるために、私たちは何をすればいいのだろうか。

「こんなに急激に円安が進んだり、半導体が足りなくなったり、米中露の地政学リスクがエスカレートしたり、誰も予想できなかった事が色々起きています。先程も説明した属性が同じような人ばかりの多様性の低い企業は、同じ価値観の人が集っているので、予想外のことに対応するのが難しいんですね。たとえばカードゲームをしていて、炎のカードばかり集めてしまうと、炎に弱い相手には勝ち続けることが出来ますが、そうでない相手が現れたときは一気に勝てなくなってしまう。どんな相手とでも戦えるようにするには、一見弱そうに見える草のカード、ふわふわした感じの風のカードなど、多様なカードを集めて自分のデッキを最強にしておかなければならない。会社もそれと一緒で、これからの世の中は多様な人を採用して会社を強くする必要があると思います」

G7各国のGGI比較グラフ
G7各国のGGI比較グラフ

羽生氏によると、アメリカの大手企業では、新規事業開発や会社の中心的な部署に、障がいのある人や、いわゆる発展途上国出身の人がいるそうだ。それは、着眼点が違う人がいることで、新しいアイデアが生まれ、それがビジネスチャンスに繋がるからだ。決して弱者救済のような視点ではない。

しかしその反面、人材が多様になると当然マネジメントが大変になってくる。企業はバラバラの個性を持った人たちをどうやってマネジメントしていけばいいのだろうか。

「多様な組織をマネジメントする上で重要になっていくのが、最近よく言われるビジョンやパーパスといったもの。同じスタイルでグイグイ引っ張っていくのではなく、バラバラの個性を持った人たちをパーパスやビジョンで引っ張っていくことが重要になります。ただ、多様性を浸透させる上で、時にはメンバーが執行役員や取締役に違う意見を言う勇気が求められますし、役員は人の話に耳を傾けなくてはいけないこともあるでしょう。そういった関係性は、すぐに作られるのではなくて、やはり日々の努力の積み重ねが重要です」

ビジョンを持つ上で羽生氏が重要だと考えることのひとつが、自分の“心の輪郭”をはっきりさせること。

「最近『モヤッとする』とか『モヤモヤする』という言葉をみんなが使いますが、それってすごく雑ですよね。そうではなく、自分はこの件のここに怒ってるんだとか、嬉しいんだとか、自分の感情の輪郭を曖昧にせずにはっきりさせること。そうやって自分のセンサーを鈍らせないでいると、自分にとって大切なことやビジョンが見えてくるのではないでしょうか」

実はAIデータも偏ってる? 科学技術の発展にもD&Iは不可欠

日本では、まだまだ女性活躍推進の段階で足踏みをしている状況だが、今後、属性の多様性の種類を増やしていく上でぜひ知っておいてほしいことがあると羽生氏が見せてくれた資料がこちらだ。

欧米人の花嫁とアジア人の花嫁の画像
「Londa SHEBINGER,学術フォーラム『性差別研究に基づく科学技術・イノベーション』」講演資料より

「まずは上記の資料を見てほしいのですが、左の写真と右の写真、どちらも花嫁の衣装です。これをAIにラベリングさせたら、どういうキーワードが出てくるかというと、左側は『花嫁』『結婚式』『ドレス』『女性』。一方で右側のアジア人の画像をラベリングさせると、『パフォーマンス』『アート』『赤』『衣装』となります。これは、ラベリングのもととなる資料画像の45%がアメリカ製だからです。しかし、ご存じのとおり、アメリカ人の数は世界人口のたった4%。それなのに、数が多いアジア人の伝統的な花嫁の写真が、『パフォーマンス』とラベリングされてしまうんです。

その他にも、コロナ禍で需要が高まった血中の酸素飽和度を計るパルスオキシメーターも、参考とする血液成分や筋肉などが白人を対象に作られているため、白人の方は正確に計測することができる一方、それ以外の人種の人では計測の精度は落ちるということが分かっています。あとは洗面所などにある電動のソープディスペンサー、これも黒人だと反応しないものがある。理系と言われる分野でも、マイノリティが尊重されず、結果として企業活動、社会活動、人間活動にも影響を及ぼしているということは知っておくべきです」

以前、Amazonが採用の一次審査をAIで行っていたところ、有色人種に不利な結果が出ていたことがわかり、その不具合を訂正したことがあった。Amazonはこの事実を隠さず公表したが、もしこれが多様性が進んでいない企業であれば隠蔽する可能性もあっただろう。

急激な進化の途上にあるAIを始めとする科学技術は、私たちの暮らしを豊かにする一方で、偏った考え方や背景のもとで運用されてしまうと、気づかぬうちに重要な判断を誤り、社会や人の生活をゆがめてしまう可能性があるのだ。このようなことを防ぐためにも、多様性にしっかりと向き合い、ひとりひとりの中にある物差しを古いものから新しいものに変えていく必要がある。人事、総務、経営者だけでなく、技術職や研究職も含め、未来に向かう人・組織に普遍的に求められる姿勢が、D&Iだといえるだろう。


日本は何年もの間、ジェンダー・ギャップ指数の順位を上げることすらできないでいる。果たして今後、日本でD&Iは浸透していくのだろうか? という問いに羽生氏は「皮肉ではあるが」と前置きをしてこのように答えてくれた。

「日本が大きく動く時って、“みんながやってるから”っていう時なんですよね。例えば同業他社がやっていたら、うちもやらなきゃとなる。すでにD&Iを推進しなきゃというムードはあって、外堀は埋まっているので、今後一気に浸透していく可能性はあります」

また、D&Iを皮切りに、自分たちの物差しを変えてみるという経験をすることによって、新しいことへのチャレンジに対するハードルが低くなり、DXやグローバル化が進みやすくなる可能性もあるとのこと。D&Iの推進こそが、日本の企業が世界で戦い生き残っていくために必要不可欠なのではないだろうか。

PROFILE 羽生祥子(はぶ さちこ)

著作家・メディアプロデューサー、(株)羽生プロ代表取締役社長
京都大学農学部入学、総合人間学部卒業。2000年に卒業するも就職氷河期の波を受け渡仏。帰国後に無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員など多様な働き方を経験。編集工学研究所で松岡正剛に師事、「千夜千冊」に関わる。05年現日経BP入社。12年「日経マネー」副編集長。13年「日経DUAL(当時)」を創刊し編集長。18年「日経xwoman」「日経ARIA」を創刊し総編集長。20年「日経ウーマンエンパワーメントプロジェクト」始動。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクトなどのメンバーとして働く女性の声を発信する。22年羽生プロ代表取締役社長。直近は内閣府小倉大臣検討会「女性活躍と経済成長の好循環実現のための政策検討会」委員を務めG7に向けて提言を作成中。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock

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