スポーツ界でもジェンダー問題に本気で取り組むべき理由。オリンピアンが明かす世界と比べた日本の現状

スポーツ界でもジェンダー問題に本気で取り組むべき理由。オリンピアンが明かす世界と比べた日本の現状
2023.05.15.MON 公開

私たちを取り巻くさまざまな場面で、ジェンダー平等の重要性が強調されることが増えている。賃金の男女格差や指導者の男女比の問題など、スポーツ界も例外ではない。といっても競技の多くは男女に分かれてするもので、「スポーツ」と「ジェンダー平等」の関わりにピンとこない人もいるのではないだろうか。水泳のオリンピアンで東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会ジェンダー平等推進チームのアドバイザーを務めた井本直歩子氏に、スポーツ界のジェンダー問題についてお話を伺った。

久しぶりの帰国。何も変わっていないことに驚いた

井本直歩子氏

井本氏は、1996年のアトランタ五輪に出場。4×200mのリレーで4位に入賞するも2000年シドニー五輪への出場を逃し、現役を引退。その間、国際大会で発展途上国からの選手と自分たちとの格差に気づき、引退後は自分より恵まれていない環境にいる人のための仕事に就きたいと決意。海外留学を経て、引退後は国際協力機構(JICA)や国連児童基金(ユニセフ)の一員として20年間主に発展途上国を渡り歩いた。そんな氏が21年、久しぶりに帰国したとき、日本のスポーツ界があまりに何も変わっていないことに驚いたのだそう。

「あまりに時代錯誤な女性蔑視の発言があったり、役員や指導者は相変わらず男性ばかりだったり、私の現役時代と変わらない様子に、ふと昔に戻ったような気分になりました。年上の男性ばかりのところで、いつもおどおどしていた感覚を思い出したんです。そのままやり過ごすこともできたんですが、それではいけないと思ってアクションを起こすことにしました」(井本氏、以下同)

先ごろワールド・ベースボール・クラシックやワールドカップで日本中が湧いた野球やサッカーなどをはじめとして、盛り上がるプロスポーツは男性スポーツが圧倒的に多く、私たちもスポーツといえば男性の世界ばかりを見せられるのを当然に思ってしまっている。そのせいなのか、子どもの憧れの職業には、男の子はスポーツ選手が挙げられる一方、女の子の場合、スポーツ選手が上位になることはない。メディアを通して見る女性アスリートは、男性アスリートと比べ、容姿や私生活に関する報道が多い。どうしたら女性アスリートが注目され、ありのままにかっこよく活躍するシーンをもっと見られるようになるのか。女性も主役になるように、どうやったら変えていけるのか。傍観者になって、現状の再生産をする側にいてはいけないと井本氏は考えた。

「スポーツのジェンダー問題は、女性特有の健康問題や妊娠・出産後の選手のトレーニング環境、女性指導者数や、メディアの映し方など、いろいろな視点で多角的に見ていかなければいけないことだと思っています。その中でも私が特に問題意識として持っているのはガバナンス。理事会などの意志決定の場に女性が増えてきてはいるものの、依然として男性社会です。いろいろな課題があるのに、女性は意見を言えなかったり、言ったとしても周囲から煙たがられたり。そんな閉鎖的なガバナンスを変えなければ、不祥事をなくしたり、男性も女性も若い人も障害のある人も、誰もが活き活きと発言したり、現代社会の流れに沿って新しいことに挑戦できるようになりません。次世代のため、社会のためになるスポーツ界を作っていくために、ガバナンスに多様性が不可欠だと思っています」

意思決定の場に女性がいることで多様性が生まれる

井本さんが立ち上げた、女性リーダーたちがスポーツ組織のガバナンスについて包括的に学びながら、お互いを支え合うネットワーク「女性リーダーサポートネットワーク “Think Together, Change Together”」のセミナー参加者の皆さん

一昨年6月、井本氏は仲間たちと一般社団法人SDGs in Sportsを立ち上げ、アスリートやスポーツ関係者の勉強会を実施している。そこで現在取り組んでいるのが女性のリーダーシップ育成プログラムだ。

「意思決定の場に女性がいるべきというのは、優秀な女性の活躍の場を広げるという意味合いだけでなく、みんなにとってより良い議論や決定をするには、多様な意見を戦わせることが現代社会を生き抜くのに不可欠だからです。私は海外で20年近く過ごしてきましたが、至る所に女性のリーダーがいます。国際機関などは特に、構成する人の男女や地域の割合を含めたバランスをすごく大事にしていて、多様なバックグラウンドをもつ人たちが集まっています。一方日本のスポーツ界を見て思うのは、年功序列が支配して年配の方しか意思決定の場にいないということ。もちろん素晴らしい方も多いですが、どれだけ優秀な人が揃っても多様性がないと同質の集団になってしまって、異論や新しい意見が生まれにくい。そんな状態では、自分たちが良いと思っている決断が、必ずしもみんなにとって最良の決断ではない、ということに気づかないのではないでしょうか」

東京大会を経て、日本のスポーツ界の女性リーダーが占める割合は、約14~18%になったそうだ。とはいえ、まだまだ少ない。

「最近では、女性アスリートの月経問題、体重制限に関連した摂食障害などに関する議論が盛んになっています。その点では女性アスリートを巡る環境はよくなりつつあるとは思います。女の子がスポーツをする環境や、女性指導者に対するサポートや育成も重要ですし、妊娠・出産後の女性アスリートをどう支援するか、そして女性審判も増やしていく必要があります。現状、問題や取り組みがバラバラに存在しているので、いろいろな団体や取り組みを総合的にコーディネートするようなプラットフォームが必要なのではないかと思います」

決定権を担う女性がスポーツ界に増えていけば、まだまだ不十分な女性アスリートを取り巻く環境を整えていく流れをつくっていけるだろう。

女性がリーダーになりたくない“雰囲気”の問題

アスリートとして発展途上国の現状を目にした井本氏は、恵まれない人のために働ける国際機関での仕事を得るため、日本の大学を休学してアメリカに留学する。その中で自信に満ちた海外の女性アスリートたちの姿を目にし、日本の女性との違いに驚かされたのだという。

「特にアメリカがそうなのですが、親もチームメイトもものすごくお互いに褒め合うんです。選手を褒めて盛り上げて、みんなでもっともっと上に行こうという風に励まし合う。そんな空気の中で育ったアスリートは自信に満ちあふれていて、少しぐらい成績が悪くてもケロッとしている。“今回はダメだったけど、自分はとても優秀な選手だから、次回は絶対良いタイムを出せる”って言うんです。一方で日本のアスリートたちは女性に限らず、一回失敗すると自分はダメだと痛めつけて、どんどん穴に入り込んでいってしまう。よくみなさん“微力ながら”とか“させていただく”って言いますよね? 謙虚さから言っているんだとはわかっているのですが、最近自分はダメだとか、必要以上にへりくだる謙虚さは要らないと思うようになりましたね。余計に自信をなくすからです。女性同士がみんなで褒め合って自信をつける、そういう文化を作っていかなければならないと思っています」

日本には女性リーダーのロールモデルが少ないことも、女性リーダーが少ないことの要因のひとつだと井本氏は指摘する。

「たとえば、先日辞任を表明したニュージーランドのアーダーン首相などは良いロールモデルだったと思うんですが、日本からはずいぶん遠い世界にいる人です。そういう多くの女性が目指したいロールモデルが、まだ日本にはなかなかいません。年配の男性のリーダーしか知らないで、こういうリーダーになりたいという理想像がないと、女性がリーダーになりたいと思えないのだと思います。自分さえそうなので」

それでも井本氏は自分がリーダーになるよりも、むしろ次の人を育てなければいけない年代になったと感じているのだそう。道を作って次の人に継いでもらう。それが今の氏の活動の原動力になっていると語る。

「私はもう20年ほど教育をライフワークにして取り組んでいますが、発展途上国などでは特に教育環境が整っていないところも多く、女性の地位もなかなか向上しません。その点日本は、良い教育環境があるのにもかかわらず、ジェンダーに対する偏見が至るところにあって、知らず知らずのうちに受け入れてしまっているケースもまだまだ多い。先日ある場所にいったとき、男性は荷物を運ぶ係、女性はお茶を淹れる係と当然のように分かれていて驚いたことがありました。性別による役割分担がまだ根強くあって、それが女性のやりたいことや成長を妨げるような世の中であってはいけないと思います」

スポーツ界から社会のジェンダーの価値観を変えていく

そういった意味でも、スポーツ界でジェンダー平等を推し進めていくことには意義がある。スポーツ界からの仕掛けによって価値観を変えていくことができると井本氏は強調する。

「さきほど、女の子の憧れの職業としてスポーツ選手が挙がってきにくいというお話をしましたが、それはスポーツをしている女子選手が女らしくないと言われたりすることも要因としてあると思います。メディアでの取り上げ方もかっこいい女子選手が上手く描かれていることもあるのですが、可愛いとか私服が素敵とか、あるいはママアスリートだとか、競技のプラスアルファの部分、女性の役割的なもので装飾して取り上げるケースも多いと思います。そういうものを見ている子どもたちは、アスリートも女性らしくいなければいけないと思ってしまうのではないでしょうか」

女性アスリートを一アスリートとして捉え、ありのままの自分で勝負する女性アスリートが活躍すると、彼女たちがロールモデルになり、それに憧れる女性たちが現れる。それによって理想とする女性のイメージの多様化が進み、それが社会全体に波及していくはずだと井本氏は語った。これは東京2020組織委員会でも強く訴えたことのひとつだったそうだ。

そんな井本氏が代表を務める一般社団法人SDGs in Sportsは、先日公益財団法人日本スポーツ協会(JSPO)とスポーツ通じたSDGsの促進を図るための包括連携協定を締結した。この提携は何を目指したものなのだろうか。

「詳細はまだ詰まっていない部分もあるのですが、まずひとつはトップ層を含むスポーツ界全体におけるジェンダー平等の意識改革。そしてもうひとつが、気候変動への取り組みです。気候変動が進むとスポーツする時期や場所が限られてきたり、エネルギーや物価が高騰して、今までは無料、もしくは安くできていたスポーツに多大なお金が掛かったりして、スポーツへのアクセスにも格差ができてしまう。そうなったときに一番打撃を受けるのはパラスポーツです。ですから、ジェンダー平等はもちろんのこと、気候変動にもスポーツ界は真剣に取り組まなければならない時期にきている。さまざまな団体を巻き込んでみんなで社会を変えていきたいですね」


今回、モザンビーク在住の井本氏には、アメリカでの会議の後、日本に立ち寄ってさまざまな仕事をこなす合間にお目に掛かることができた。メディアの女性アスリートの取り上げ方についての指摘は筆者自身、肝に銘じなければと思わされた。スポーツ界のジェンダー平等、気候変動に対する取り組みは、スポーツをする人だけではなく、全ての人の人生をより豊かにしていくに違いない。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga, Shutterstock
資料提供:一般社団法人SDGs in Sports

スポーツ界でもジェンダー問題に本気で取り組むべき理由。オリンピアンが明かす世界と比べた日本の現状

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