正解のない時代を生き抜く、これからの子どもたちに授けたい!国際派ラグビークラブが育む“本当の多様性”

正解のない時代を生き抜く、これからの子どもたちに授けたい!国際派ラグビークラブが育む“本当の多様性”
2022.04.13.WED 公開

親が子どもに身につけてほしい力として、真っ先に挙げられるコミュニケーション力。これまで日本では「和を以て貴しとなす」という言葉があるように、波風を立てない、協調性の高いコミュニケーションが求められてきた。しかし、グローバル化の進むこれからの時代に必要とされるのは、お互いの違いを受け入れ、多様性を尊重するコミュニケーション力だ。

そうした中で、いま注目を集めているのが、日本の子どもたちがインターナショナルスクールの子どもたちと一緒になってラグビーやタグラグビー(年少者でも楽しめるようにタックルなどの接触プレーを排除したラグビー)を楽しめる「渋谷インターナショナルラグビークラブ」だ。グローバルコミュニティーの中で子どもたちの多様性が育まれると、保護者たちから評判も上々だという。そこでここでは、クラブの設立者である徳増浩司氏に、設立の動機やクラブの特徴、子どもたちに授けたい経験やクラブのモットーに込めた想いなどについて話を伺った。

世界に羽ばたく人材を育てる第一歩は、英語への苦手意識をなくすことから

渋谷インターナショナルラグビークラブのクラスは、ネイティブスピーカーのコーチたちができるだけわかりやすい英語を使って指導を行う。通っている生徒たちの言語圏は、英語スピーカーが45%、日本語スピーカーが25%、日英バイリンガルが25%、その他言語スピーカーが5%(フランス語と少しの英語やドイツ語と少しの日本語など)という割合だ

毎週日曜日の午前中に、都内の昭和女子大学内にあるブリティッシュスクールのグラウンドで元気いっぱいに汗を流す大勢の子どもたち。下は4歳から上は18歳まで、年代によって分けられた約190名の生徒が在籍する「渋谷インターナショナルラグビークラブ(SIRC)」の特徴は、なんと言っても他のクラブにはない、国際色豊かな環境にある。

通っている生徒の約4割は、日本で暮らす海外出身の子どもたち。欧米諸国からアジア圏まで、20カ国以上のルーツを持つ子どもたちと日本の子どもたちが一緒になってラグビーやタグラグビーを楽しむ。加えて、指導を行うコーチ陣も半数以上が外国人だ。クラスはすべて英語で行われ、一人ひとりの個性を大切にしたコーチングを実践しながら、いろいろな国籍の子どもたちが互いにコミュニケーションできる場を提供している。

「多くの子どもたちに国籍を問わずラグビーを楽しんでもらいたい。そんな想いから設立したSIRCが掲げるモットーは、ラグビーを通じて世界中に友だちをつくること。日本だけにとどまらず、世界に羽ばたいていける人材に育ってほしいとの願いがあるからです。そのため、まずは国籍というバリアを取り払ってたくさんの友だちと仲良くなれるよう、幼い頃から英語に慣れ親しむ時間を大切にしています」(徳増氏)

ラグビーの指導にあたる徳増氏。茨城県の茗渓学園高等学校ラグビー部を全国大会優勝へと導いた名将としても知られ、ラグビーワールドカップ2019では交渉役のキーマンとして日本開催を実現させた

SIRCでは、コーチの指導はすべて英語だ。当然、クラブに入った時期やもともとの会話力によって能力差が出てしまうものだが、それでも英語での指導を徹底している。その理由には、幼い頃から少しでも英語でコミュニケーションを取れた経験や気持ちが通じ合う体験ができれば、英語への苦手意識を払拭できるという狙いがある。事実、SIRCの子どもたちは、ラグビーを通じて生きた英語に触れ合うことで、自然と英語が話せるようになっていく。

「また、世界中に友だちをつくるには、自分の気持ちや考えを相手に伝えるコミュニケーション力の育成も欠かせません。子どものうちから自分とは違うカルチャーや考え方と出会い、世の中にはいろんな人がいるんだという事実を学ぶことができれば、“違い”を前提にしたコミュニケーションを図ることができます。さまざまな国籍の子どもたちが在籍するSIRCには、そうした多様性への理解を育める環境があります」(徳増氏)

徳増氏が子どもたちに伝えたいのは、主体的な学びとは、何がしたいかという目的が先にあるということ。SIRCの子どもたちは、ラグビーで友だちと会話をしたい、仲良くなりたいといった強い動機があるからこそ、そのために「英語で話そう」「他の国々の文化や習慣を知ろう」といった自発的な行動に取り組めている。

どんな運動レベルの子どもでもラグビーを楽しめるよう、褒めて伸ばす指導を実践

SIRCのクラスは、いつも笑顔で溢れている。それはコーチも生徒も思う存分楽しんでいるから

SIRCでは、もうひとつ大切にしている価値観がある。それは「ラグビーをエンジョイしよう!」という考え方だ。

日本では、ラグビーなどのスポーツは我慢して頑張ることが美徳で、それが勝利や人格形成につながると考えられてきた。しかし、スポーツの発祥の地であるイギリスでは、「スポーツは楽しむもの」という考え方が一般的だ。徳増氏がラグビー教育を学んだ地がイギリス南西部にあるウェールズであることや、コーチ陣も英語圏の出身者であることから、SIRCではラグビーを楽しむことを何よりも優先させている。

「スポーツは勝つことや何かを我慢することが目的なのではなく、プレーを楽しむこと自体が一番大切なんですね。そうしたスポーツの魅力を存分に感じてもらうために、SIRCではどんな運動レベルの子どもでも楽しめるラグビー指導を心がけています。その際、キーワードとなるのは、子どもたちを褒めて伸ばすこと。コーチたちは先週よりもパスがよくできていたら、『よくやった! 自分たちに拍手を送ろう』と称えますし、たとえミスをしてもそれを怒るのではなく、『Unlucky!(運が悪かった)Try again next time(次にがんばろう)』とフォローをし、自信を持たせます。みんなで褒め合うカルチャーが浸透することで、子どもたちは自然とSIRCに通うのが楽しくなり、ラグビーをエンジョイできるようになるんです」(徳増氏)

ラグビーや英語をめいっぱい楽しむからこそ、好きになり、好きになるからこそ、上達する。そんなSIRCが生み出す好循環に、子どもたちや保護者たちは惹きつけられている

実際にSIRCに通う子どもたちの中には、運動が苦手で他のクラブに馴染めなかった子や海外出身であることを理由に仲間外れにされた経験を持つ子も在籍している。そういった子どもたちも「声を出していることを褒められて嬉しかった」「このクラブでは、日本人でも外国人でも家族のように接してくれる」と喜びの声を上げ、毎週日曜日の練習を心待ちにしている。

お互いを認め合うために必要な国籍や文化におけるダイバーシティだけではなく、スポーツを楽しむために必要な運動能力におけるダイバーシティも実現するSIRC。いろんな価値観を持つ子どもたちが集い、それぞれが自分らしい居場所を見つけられるのも、子どもたちがSIRCに惹きつけられる理由といえるだろう。

多くの人を巻き込んだ、徳増氏の国際経験に裏打ちされた運営ビジョンとは

SIRCのコーチのほとんどは、保護者たちがボランティアで務めている。彼らに無償でも協力したいと思わせるのは、徳増氏の掲げる志に多くの共感が集まっているから

こうした国際色豊かな環境で多様性を育む教育を可能にしているのは、ボランティアとして参加してくれているコーチやクラブの運営スタッフはもちろん、保護者の方たちも徳増氏の志に共感し、その実現に向けて協力したいという賛同の声が集まっているからだ。徳増氏自身も「どうしたらより多くの人たちにクラブの運営ビジョンに共感してもらえるか、常日頃から自問自答している」と語り、共感によって多くの人たちを巻き込んでいく運営スタイルは、SIRCの大きな特徴のひとつとなっている。

ではなぜ、徳増氏の志はここまで強い共感を呼ぶのだろうか。その理由は、氏の志が自身の国際経験に裏打ちされたビジョンであることに由来している。

徳増氏はこれまでの人生で、過去に2回、海外で大きな挑戦に臨んでいる。1度目は自身が25歳のとき。花園ラグビー場で日本代表と対戦したウェールズ代表の試合に大きな感銘を受けた徳増氏は、そのインパクトを忘れられず、安定した地元新聞記者の職を捨て、単身渡英。ウェールズ代表の主要選手を輩出していたカーディフ教育大学で2年間ラグビーのコーチングを学んだ経験を持っている。その経験を振り返りながら徳増氏は、次のように個性や挑戦の大切さを語る。

「ウェールズで学んだ大事なことは、個性というのは一人ひとりが違って当たり前なんだということ。日本にいると、みんなと同じじゃないと不安に感じてしまうものですが、半世紀も前に髪や肌の色の違う人たちと一緒になって学んだ経験は、人とは違う自分の意見や考えを主張する大切さを教えてくれ、その後の私の人生の視野を大きく広げてくれました。また、好きなことややりたいことに打ち込む大切さもウェールズへの留学から学びました。自分の好きなことには情熱を持って取り組むことができますし、何よりそれを大事にしますから。だから、子どもたちには失敗を恐れずにやりたいことに挑戦しようというメッセージを発信しているんです」(徳増氏)

ウェールズ時代の徳増氏。このときに学んだ、個性のあり方や夢中になることの大切さは、ラグビーワールドカップの招致活動でも大きな糧になったという

そして2度目は、世界の並み居る強豪国を相手にタフな交渉を繰り広げ、「ラグビーワールドカップ2019」の日本招致を成功させた経験だ。これまでラグビーの伝統国でしか開催されてこなかった祭典を日本で開催させるには、並々ならぬ苦労があったはずだ。

「どんなにタフな交渉であっても、まず伝えないといけないのは、どうしても日本にワールドカップを誘致したいんだという情熱です。それを理事国のメンバーに“自分ゴト”として捉えてもらうには、国同士の“違い”を意識したプレゼンテーションを行う必要がありました。つまり、相手から日本がどのように見られると招致につながるのかを考え抜いてコミュニケーションを図らなければならないということです。こうした経験から国際社会における日本の見られ方や立ち位置を身をもって知ることができましたし、コミュニケーションにもイエスノーのはっきりした世界ルールがあることを学びました。SIRCが世界中に友だちをつくろう、世界に羽ばたける人材を育てようというモットーを掲げているのは、こうした経験があるからなんです」(徳増氏)

ラグビーワールドカップ日本招致のために、イングランドのラグビーユニオンを統括するイングランド協会を森喜朗会長とともにロビイングする徳増氏

多様性を学ぶ必要性や海外で挑戦する重要性は誰にでもわかることだが、実際に豊富な経験を積み、それらを成果や教訓として得られた人が発信しなければ説得力は生まれない。SIRCの掲げるビジョンが単なる理想ではなく、多くの人から共感を得ている理由は、背景にこうした徳増氏の実体験があるからなのだ。

ジェンダーのダイバーシティを実現させ、日本の女子ラグビーを盛り上げていきたい

徳増氏の誕生日を祝うために世界各国から寄せられたバースデイ・メッセージ

先日も徳増氏の誕生日会をクラブでお祝いする機会があったが、世界中に散らばったSIRCの卒業生たちがSNSでつながり、1本のバースデイ・メッセージ動画が制作された。たまたま子ども時代に東京でラグビーをしたという偶然の経験が、その後も国際的な友情関係を築いていることに保護者たちはいたく感動したという。

「ラグビーは、一人だけでトライすることはできません。みんなでパスをつないでいくスポーツです。だから、メンバー同士は瞬間的に目と目で会話をするわけです。『いまパスを回して大丈夫か?』『大丈夫だぞー!』って。こうした言葉を超えたコミュニケーションを子ども時代にさまざまな国の子どもと同じチームメイトとしてできるのは、その子にとって掛け替えのない経験となるはずです。心と心を通わすコミュニケーションほど、厚い友情関係を築いてくれるものはありませんから」(徳増氏)

信頼関係を築いた仲間にしか回せないラグビーのパスには、心の交流という深い意味合いが含まれている

設立したばかりの頃は、少し変わったラグビークラブと思われていたというSIRCだが、徳増氏をはじめ、コーチ陣や運営スタッフの方たちの地道な努力によってチームへの理解が広まり、最近では日本のスクールからの試合や交流の申し込みも増えているという。そんなSIRCの今後の展開を尋ねると、徳増氏は次のような将来像を話してくれた。

「日本のラグビーは、長らく“男性のスポーツ”という指摘を受け続けてきました。ところが、2016年リオデジャネイロオリンピックや東京2020オリンピックに女子の7人制ラグビーが採用されたことで関心が高まり、日本のラグビー界も女性が輝けるフィールドへと変わっていく兆しが見えはじめています。しかし現状ですと、どうしても女性のプレーヤー数が少ないので、SIRCでは『ガールズ・ラグビーフェスティバル』という学園祭のような楽しい催しを開催して、女子ラグビーを盛り上げていきたいと考えています。先日も女性で初めて駐日英大使に就任したジュリア・ロングボトムさんに、この催しの話をすると、『私もぜひ参加したい』と賛同してくださいました。SIRCはもともとサポートスタッフの多くを女性が務めるなど、他のラグビークラブと比べて女性が活躍しているクラブです。彼女たちの力もお借りして、今後は国籍や文化、運動能力におけるダイバーシティはもちろん、ジェンダーのダイバーシティも実現させ、多様性の輪を広げていきたいですね」(徳増氏)

最近では、トンガ王国で起きた災害への募金活動も実施。普段からSIRCに参加している学生ボランティアたちと、社会貢献や国際交流につながる一歩を踏み出した

多様性を尊重するとは、言い換えれば、お互いの違いを認め合い、自分と相手の両方を大切にするということだが、頭ではわかっても実現させるのは意外と難しい。しかし、子ども時代からSIRCのような環境に身を置ければ、頭ではなく、体で覚えることができるだろう。答えがひとつとは限らないこれからの社会で子どもたちに必要とされるのは、こうした違いを受け入れた上で重ねるコミュニケーションに違いない。

PROFILE 徳増 浩司(とくます こうじ)
1952年生まれ。国際基督教大学(ICU)を卒業。1975年に来日したラグビーのウェールズ代表に魅了され、渡航を決意。現地のカーディフ教育大学でラグビーのコーチングを学んだ後、茗渓学園高等学校(茨城県)のラグビー部監督に就任し、個性を活かした独自の指導方法で同校を全国高校大会優勝に導く。1994年に日本ラグビーフットボール協会に入り、国際部長に。2003年からはラグビーワールドカップの招致活動に尽力し、日本大会の招致を実現させる。その間、アジアラグビー協会選出のワールドラグビー(国際統括団体)の理事や、アジアラグビー協会会長なども歴任。現在は、神田外語大学客員教授や英国ウェールズ政府の特使としても活躍。著書に『ラグビー もっとも受けたいコーチングの授業』『君たちは何をめざすのか 《ラグビーワールドカップ2019が教えてくれたもの》』(ともにベースボールマガジン社)がある。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
写真提供:渋谷インターナショナルラグビークラブ

正解のない時代を生き抜く、これからの子どもたちに授けたい!国際派ラグビークラブが育む“本当の多様性”

『正解のない時代を生き抜く、これからの子どもたちに授けたい!国際派ラグビークラブが育む“本当の多様性”』


北京2022冬季パラリンピック

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