SDGsの実現に「多様性」が必要な理由とは? 国連広報センターに聞く多様性の価値

SDGsの実現に「多様性」が必要な理由とは? 国連広報センターに聞く多様性の価値
2023.10.24.TUE 公開

メディアはもちろん、日常生活でもSDGsや多様性という言葉を聞く機会が増え、そうした概念も定着した感はある。しかし、取り組みが重要であることの理解は進む一方で、自分の身近なこととして実感をもって捉えられるような機会は少ないのではないだろうか。そこで、17の個別ゴールからなる世界目標のSDGsが2015年に採択されたのを受けて、日本でのSDGsの普及啓発の旗振り役を担ってきた国連広報センター所長の根本かおる氏に、日本の「多様性」の現状や課題についてお話を伺った。

【SDGsに多様性が必要な理由】
SDGsを進める多様な視点が危機の芽を摘み、ビジネスチャンスを広げる

SDGsと多様性について語る国連広報センター所長の根本かおる氏
国連広報センター所長の根本かおる氏

企業のHPなどはもちろん、テレビのCMなどでも、どれだけ積極的にSDGsやD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に取り組んでいるかをアピールする動きが目立つようになってきている。就活生がどこに就職するかを考える際にも、SDGsやD&Iへの貢献度合いがひとつのポイントになることも多いと聞く。そんな社会において、企業や組織が存在意義を確立していくために、SDGsやD&I、つまり多様性に対して、改めてどのように向き合っていくべきなのだろうか。

「まず皆さんに理解していただきたいのは、SDGsやダイバーシティを進め、企業や団体といった組織が生き残っていくには、組織の多様性が不可欠だという問題意識、危機感が必要だということです。これまでは、表面的なポーズだけの“やっています感”でも何とかなってきた部分があったのではないでしょうか。しかし、社会がグローバル化して、企業活動もグローバルな尺度で見られるようになってくると、企業の多様性・包摂性に向けた取り組みや状況のような非財務的な情報も公開し評価を受けるようになります」(根本氏、以下同)

つまり、今後は、企業や組織のSDGsやD&Iへの取り組みの本気度が、より問われるようになるということだろう。とりあえず号令をかけておけばいい、きっと誰かがやってくれるだろうというわけにはいかない。組織に属する一人ひとりが、自分事として取り組むことが求められるのだ。

「多様性というと男女間の差別や格差、つまりジェンダーの問題が注目されますが、それはダイバーシティの要素のひとつに過ぎません。障がいの有無や国籍・人種の違い、宗教の違いなど、多様性を図る要素にはいろいろあります。
組織に多様な目があるということのメリットのひとつは、リスクの可能性があるときに、おかしいと気づくことができ、危機の芽を早くに摘んで備えられること。もうひとつは、社会の中に存在する多様なニーズに気づき、ビジネスチャンスにつなげることができるということ。同質性の高い組織よりも多様な構成員を持つ組織の方がパフォーマンスが良いということは、研究からも明らかです。単一的なものの見方しかできなければ、リスクや社会のニーズに気づくことができない。つまり危機管理の面でも、ビジネスチャンスの面でも、単一的な価値観のもとでしか経営がなされていないと、非常にもったいないことになってしまうのです。
SDGsやD&Iは理想ではなく、企業活動に良い影響をもたらす不可欠の要素だということが、経営者だけではなく、中間管理職、一般従業員、職員、スタッフ、一人ひとりにどれだけ腹落ちしているかにかかってくるのではないでしょうか」

【ジェンダー平等における日本の現在地】
“やっている感”だけでは、多様性は実現できない

男女平等を表現した木製のシーソーに乗っている女性と男性の人形。

先頃、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数」で日本は過去最低の146カ国中125位という不名誉な判定を受けてしまったことから、日本のジェンダー格差解消の遅れを特に問題視する意見もある。各方面でさまざまな取り組みがなされているはずなのに、G7(主要7カ国)の中でランキングの最下位から脱することができないのは何故なのだろうか。

「日本でも進展がないわけではありません。ただ、ジェンダー平等に向けた取り組みは世界的に優先課題として捉えられていて、各国がものすごいエネルギーとスピードで進めています。周囲が加速度的に取り組みを重ねて結果を出しているので、それに比較すると日本はどうしても緩やかな前進となり、なかなか追いついていないというのが現状ではないでしょうか」

ジェンダーギャップ指数は、「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野のデータから順位をつけられる。今回日本で一番低かったのが「政治」分野で、順位は146カ国中138位。衆議院で女性議員の割合、女性閣僚の割合が極端に低いこと、また今まで女性の首相がいないことが低評価につながったとされている。一方、「経済」に関しては、女性労働者の比率はほぼ半分と決して悪くはないのだが、女性管理職が少ないことが足を引っ張っている。根本氏が言うように、ジェンダーはもちろんのこと、障がいの有無、民族、国籍、信仰する宗教にかかわらず、多様性が尊重される社会へと変化のスピードをアップさせていくには、どうしたらいいのだろうか。

「ジェンダーをはじめとする多様性を巡る日本の現状は、法律上の男女差別はほぼないものの、長く続いた慣習や社会文化に基づく不平等が構造的に重なってきた結果だと思います。男性の育児休業が制度として存在しても、社会に根強く残っている慣習というものがあって、それに阻まれてなかなか改革が進まないということもあるでしょう。そういった社会の現状を根っこの問題も含めて包括的に捉えて、絶対に結果を出すのだという覚悟をもって取り組まないと、ただ“やっている感”を示すポーズだけでは目指す結果にはならないと思います」

【ダイバーシティを実践する組織の実例】
SDGsの旗振り役“国連”は、世界で最も多様性に富んだ組織

多様性に富んだ国連の職員たち
国連は2018年に、シニア・マネージメント・グループに参加する最高幹部職員レベルで男女比同率を達成した。現在は、2028年までにあらゆる職員のレベルにおいて男女比同率を実現することを目標に取り組みを続けている
(C)UN Photo/Mark Garten

根本氏は、日本のテレビ局でのキャリアの後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で難民支援活動に従事し、フリー・ジャーナリストを経て2013年より現職を担っている。海外での知見も深い氏の目から見て、SDGsやD&Iへの取り組みで大きく変わった組織といって思いつく事例はどんなものがあるのだろうか。

「たとえば、国連はもしかすると世界で最も多様性に富んだ職場かもしれません。さまざまな出自の人々が仕事をしています。SDGsの担い手であり進行役でもあるのですが、では全く人種差別やジェンダー格差がないのかと言えば、現実にはもちろん存在しています。ただ、SDGsの旗振り役である以上、自分たちの組織内の状況や施策に対してより厳しくなる必要はあります。英語でWalk the Talk(言動一致)と言いますが、ただ表面的に言っているだけではなく、行動も伴わなければいけない。言動が一致していなければ、組織としてのcredibility(クレディビリティ、信頼性)を失うことになります。逆に言えば、差別や格差をなくしていくことによって、あらゆるレベルでやりがいを持って仕事ができる組織、能力を発揮できる組織を実現することができるのだと思います」

そんな多様性の典型とも言える組織・国連関連の組織では、ジェンダー平等の推進が人事査定での評価対象になっているという。

「たとえば国連の広報の仕事を担っている私は、広報発信においてジェンダー平等を推進することを目標のひとつに必ず掲げています。イベントに登壇する際には登壇者のジェンダーバランスを尋ね、もし著しくバランスを欠く場合であれば主催者に再考を促す。制作するコンテンツの中では、女性を保護される立場としてだけでなく課題の担い手として描くなど、普段の活動の中で心がけられる項目をいくつか挙げて、それを自分の目標としています。これは、今すぐ、どんな組織でもできることではないでしょうか」

ちなみに国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、2028年までにあらゆる職員のレベルにおいて男女比を50%-50%にすることを目標に掲げ、幹部職員に関してはすでに達成されているのだそう。

「大事なのは、数値目標と時間軸を決めること。何をいつまでに達成するか、必ず結果を出すのだという大号令の元に進捗を測りながら実施していくという体制さえあれば、できることなんです。トップダウンと草の根からのボトムアップ。両方の歯車が上手にかみ合うと大きな起爆剤になるのではないでしょうか。義務感ではなく、SDGsやD&Iを推進するとこんないいことがあったというメリットを多くの人と共有し、仲間を増やしていくと、それが組織に対する社会的な評価につながるという、良い循環を作っていくことが大事だと思います」

【SDGsと多様性/日本の今後】
東京2020大会のレガシーを未来へ繋ぐ

東京2020大会のマスコット、ミライトワとソメイティ
photo by Shutterstock

ともすれば我々メディアの側は、たとえば日本のジェンダーギャップ指数の順位が下がったなど、ネガティブな側面に焦点を当てがちだ。しかし根本氏は、その姿勢も変える必要があると語る。

「6月30日は、“議会制度の国際デー”です。議会がより代表的な存在となって時代とともに前進するために、重要な目標の達成度合いを見直す機会なのですが、日本の衆議院議員の女性比率は実のところ10%です。これは193カ国中167位。この順位の前後に並ぶ国に先進国はありません。紛争にあえいでいるような小さな国ばかり。そう言うとネガティブな話になってしまいますが、私たちの暮らしにより近いところにある地方議会では、少しずつ女性議員の割合は増えつつあります。このような動きをより太いものに、揺るぎないものにしていかなければなりません。メディアもそのような状況を紹介しつつ、変化を進めていくためには何が必要なのか。制度や法律なのか、あるいは支援なのか、みんなで考える機会を作るような、提案型の発信の仕方をしていってほしいと思います」

国会審議のテレビ中継を、時間が許す限り見ているという根本氏だが、障がいのある議員が当事者だからこそ訊ける質問、議論しようとする姿勢に胸を打たれるという。障がいのある人の人権や自由を守ることを定めた「障害者権利条約」。日本は2014年に批准しており、政府がどのような取り組みをしてきたのかに関して、国連の障害者権利委員会による初めての対日審査が、昨年8月に行われた。

「ジュネーブで行われた審査会には、日本から障がいのある方々が大勢訪問しました。審査の結果としては、まだまだ課題が多く日本に対し勧告がなされることになりましたが、自分たちの目で見届けようというみなさんの姿勢が素晴らしいと思いました。当事者の方々が出向いて、自分たちの声を委員に届けることができたのは、よいファーストステップになったのではないでしょうか。一方、東京2020大会で、1964年に続いて東京でパラリンピックを開催できたのは、非常に大きなきっかけになりました。障がいのある方が競う、表現することが当たり前の風景になってきたのだと。それが日本社会に対して非常に大きな刺激になっていると思います。これを一過性のものではなく、ずっと継続するレガシーに繋いでいかなければならないでしょう。ただ単にアクションを重ねるだけではなく、大きな手応えを感じ取るにはどうしたら良いかを、一人ひとりが考えていきたいですね」


根本氏は現職につく以前、TV局に勤務後、フリー・ジャーナリストとして活動していた期間もあり、難民問題に関する著作もまとめている。取材中にメディアについての提言があったのは、まさにその経験からだろう。メディアはさまざまな社会の変革の動きを伝え、自分たちはどんな取り組みができるかを「読者・視聴者とともに考える」ことが大事なのではないかと語ってくれた。すべては繋がっており、他人事ではなく、自分事。そのように皆が自然に考えることのできる発信を我々も考えていきたい。

PROFILE 根本かおる
東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院より国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。2016年より日本政府が開催する「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」の構成員を務める。2015年以来、SDGsの重要性を訴え続けたことが評価され、2021年度日本PR大賞「パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock

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