日本財団パラリンピックサポートセンター

選手時代の挫折やモデル転身時の摂食障害を越えて自分の道を見つけた・アスリートビューティーアドバイザー® 花田真寿美さん

選手時代の挫折やモデル転身時の摂食障害を越えて自分の道を見つけた・アスリートビューティーアドバイザー® 花田真寿美さん
2019.04.26.FRI 公開

アスリートビューティーアドバイザー®として、現役選手や元選手に“自信をもたらす自分の魅せ方”をレクチャーしている花田さん。元アスリート×元モデルの経験と知識を活かした今の仕事にたどりつくまでの、波瀾万丈な道のりをうかがいました。

《前編はこちらから》

<パラアスリートを支える女性たち Vol.05>
はなだ・ますみ(31歳)
アスリートビューティーアドバイザー®

“もう、努力が裏切られる絶望感を味わいたくない”と、競技への意欲を失った

━━花田さんが今の仕事にたどりつくまでのお話をうかがいたいのですが、ご自身も学生時代はバドミントンの選手でいらしたんですよね。

そうなんです。小3でバドミントン教室の見学に行って面白さにハマりました。高校はバドミントンの強豪校に進学。練習に集中しようと親元を離れて下宿し、部員で共同生活をしていました。コーチからは「筋肉をつけろ、もっと太れ」などの厳しい食事指導もあり、朝からどんぶり飯で納豆をかきこむような毎日。私はニキビ顔なのに部では全員髪は角刈り、服はジャージで、おしゃれとはまったく無縁の女子高生でした(苦笑)。強豪校だけにレギュラー入りは熾烈な闘いで、最後のインターハイでも団体戦メンバーには入れませんでした。ものすごく辛かったです。でも必死に自分の現実を受け入れ、全国高校総体に向けて裏方としてチームを最後まで支えました。

それでも私は大学でもバドミントンを続けました。すると今度はすぐにレギュラー入りを果たせて、東海学生新人選手権大会でダブルス準優勝、インカレにも出場するなど結果を出せるようになってきたんです。ところが試合に出られなかった部員が頑張る姿を見て、“努力しても報われないかもしれないのに”と思ったり、いざ自分が試合で負けたときには、“悔しさをバネに今よりさらに頑張っても、結果が出なかったときが怖い。悔しいと思わないようにしよう”などと、ものすごく気持ちがひねくれてしまって…。

するといつしか、体育館に入ろうとするだけで勝手に涙が出てくるようになりました。心と体のエネルギーが尽き果てたバーンアウト状態。そんな自分がイヤになって、大学2年でバドミントンを辞めることにしました。今思えば努力しても結果が出なかったときに自分が傷つくのを回避する、一種の自己防衛だったのかもしれません。

ボーイッシュなビジュアルの高校時代の花田さん(写真向かって左の最前列)。
※写真はご本人提供

自分の弱さから、ミス・ユニバースのラストチャンスを諦めたことが分岐点に

━━アスリートからモデルへ転身されたのはどのような経緯からだったのでしょう。

しばらくの間、自分を否定するような半引きこもり生活を送っていたのですが、これまでの外見コンプレックスの反動から “きれいになりたい”欲求がむくむくとわいてきたんですね。就活をきっかけに“働きながら自分を磨ける仕事を探そう”と思っていたら偶然、ミス・ユニバース・ジャパンのオーディションでステージを颯爽と闊歩する知的な女性たちを見て“これだ!”と。自分の175㎝の長身も活かせると思い、モデル事務所に所属しました。

モデル修業を始めた当初は体型維持に気持ちが追いつめられて、0.3キロ増えたことで摂食障害になったこともありました。マクロビ教室で楽しみながらゆっくり食事をすることを覚えたり、摂食障害を治療する施設で専門家の手も借りながら、これからは心が元気で幸せになる健康的な生き方をしたいと思いました。そしてミス・ユニバースを目指しつつ、オーディションに合格して愛知の観光PR大使をつとめたりしながら、外見は健康美、内面は人としての成熟を目指す努力を続けてきました。

そのかいあってか、3回めのトライで遂にミス・ユニバース・ジャパンの愛知ファイナリストに入賞することができたんです。ですが年齢的に応募できるのは来年まで。“よし、27歳のラストイヤーで優勝しよう!”と意気込んだものの、実はそのチャンスを自ら見送ってしまいました。最も近しい存在であったパートナーから反対を受けたのがその理由です。人生をかけてやってきた競技から離れたことで自分の価値がわからなくなり、無意識のうちに人にゆだねる気持ちが強くなってしまったのだと思います。しかし最終的には夢を諦めたことに大きな悔いが残りました。これからは人生の舵は自分でしっかり取る。責任も決断も自分自身という自覚をもつことでものごとに誠実に向き合えるように変わった、大きな分岐点になったと思っています。そしてこのことがアスリートのセカンドキャリアについて考え始める、大切なきっかけにもなりました。

愛知の観光PR大使「愛知戦国姫隊」のメンバーとしてモデルとしてのキャリアを積み(左)、World Supermodel JAPAN2016の関西エリア代表に(右)。
※写真はご本人提供

アスリートを支えることで“新しい景色”を一緒に見たい

━━人生の前半でものすごく大きな体験をふたつもされたのですね。今の仕事を始めた経緯についてもう少し教えてください。

もともと“30歳までに起業したい”という漠然とした思いもあったので、ミス・ユニバースを諦めた後は、自分の強みについて真剣に考えるようになりました。自分から競技をとったとしても、引退しても、ひとりの人間としての価値は変わらない。そんなふうに思えて輝き続けられるようなサポートをしてみたい。実際、周囲のアスリートたちにも「引退して自分には何もなくなってしまった」と感じる人が少なくありません。そこでアスリート時代の経験と、モデル時代に培ったビューティーの知識をかけあわせた事業をやってみたいと考えたのです。

━━本格始動するにあたって何か資格は取得されましたか。

アスリートフードマイスターやホリスティックビューティアドバイザー、Re:style method® Special Adviserなどを取得し、29歳で会社を立ち上げました。翌年、所沢市から「埼玉からメダリストを育てよう!」プロジェクトにアスリートサポーターとしての参加をご依頼いただき、これがパラアスリートの方との関わりが始まるきっかけとなりました。

会社の事業内容としては、現役・元アスリートを対象にメークやファッション、所作や立ち居振る舞いからメディアトレーニングまでアドバイスする「アスリート・ビューティ講座」を軸に、いくつかのプロジェクトを並行させています。その中に、“アスリートの自分らしいセカンドキャリア構築”をめざすプログラムもあり、そちらについては各ジャンルの専門家の方と連携して講座づくりをしていけたらと考えています。

━━今の時代、セカンドキャリアはすべての人にとって大切な課題ですね。ご自身の今後についてはどのようなプランを描いていらっしゃるのでしょう。

さまざまな意味で困難も多い時代なので、どうしても“何かいいことや面白いことがないかな”と受け身になってしまう方も少なくないと思います。でも、自分で何かいいことや面白いことを能動的に創っていく人生のほうが楽しいですよね。私もこれまでさまざまな経験をしてきましたが、結局どんなことも今につながっていますし、むしろつなげたいなと思っています。後悔や失敗のような“一見いいこととは思えないような出来事”でも、きっといい未来につながるという希望は忘れない。アスリートの方たちと一緒にぜひ“新しい景色”を見たいですね。

「座右の銘はSpecialな1日×365日。特別な日を積み重ねていきたい」と花田さん。
「仕事に欠かせないのは、体調管理のためのマヌカハニーののどスプレーと、見せたい印象別に使い分けている口紅たち。健康的なイメージを重視しています」(花田さん)

text by Mayumi Tanihata
photo by Yuki Maita(NOSTY)

選手時代の挫折やモデル転身時の摂食障害を越えて自分の道を見つけた・アスリートビューティーアドバイザー® 花田真寿美さん

『選手時代の挫折やモデル転身時の摂食障害を越えて自分の道を見つけた・アスリートビューティーアドバイザー® 花田真寿美さん』