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リオパラ銅メダリスト 視覚障害者柔道 廣瀬順子の「現在・過去・未来」

リオパラ銅メダリスト 視覚障害者柔道 廣瀬順子の「現在・過去・未来」
2019.04.15.MON 公開
2016年のリオパラリンピックで日本の女子として初のメダルとなる銅メダルを獲得し、その後の全日本大会も連覇。2018年の世界選手権では銀メダル、3月の東京国際視覚障害者柔道選手権でも優勝を果たすなどの結果も残し、視覚障害者柔道全体をけん引する存在となっている廣瀬順子。競技を始めて、そして続けて行くなかで”変わったこと”を聞いてみた。

わずか5秒での敗退から出発

高校までは通常の柔道に打ち込み、インターハイにも出場。しかし、大学時代に難病を患いいったんは競技から離れていた。そして2011年より視覚障害者柔道に取り組み始める。だが、その道は決して平坦ではなかったようだ。

笑顔でインタビューに応じる廣瀬

廣瀬順子(以下、廣瀬) 初めての国際大会では、わずか5秒ほどで投げられてしまいました。それまでやっていた柔道では、組み手争いで相手を崩し、技に入るときだけ力を入れるように教わっていましたが、視覚障害者柔道はお互いに組んだ状態で始まるので、はじめから力を入れていなければいけません。その感覚がわからずに、力を抜いてしまったのが敗因でした。この競技では、最初からお互いにフルパワーで組んで、力で勝って自分の体勢を作ってから技に入るのが基本。一瞬、わざと力を抜いて相手を崩したりすることもありますが、それも力で負けない状態を作ってからでないと効果がありません。基本的にお互いに力を込めている状態なので、道着を掴んでいる腕はもちろん、引く力を発揮する背中の筋肉など全身に常に力が入っているので、すごくハードですね。

ですから、視覚障害者柔道に転向してからは筋力トレーニングに多くの時間を割くようになりました。基本的には夫(パラリンピアンで柔道選手の廣瀬悠)とトレーニングすることが多いですが、今はパーソナルトレーナーにも付いてもらっています。

見ようとせず感じることが大切

視覚障害者柔道は選手によって、全盲であったり部分的に見えないところがあるなど試合中の”見え方”にも差がある。それによって有利・不利も生じてしまうように感じるが、実際のところはどうなのだろうか。

廣瀬 私の場合は視野の正面部分が見えないので、正面を向いて組み合うと、相手の肩の部分が見えている感じです。技に入る瞬間に、顔の向きを変えて視野の見えている部分で見ることもありますが、試合中はあまり相手を見ようとしていないですね。組んでいれば、相手がどんな体勢になっているか、どこに力が入っているかはだいたいわかりますから。それは普段の練習の積み重ねとしか言いようがないですが、相手がどんな技をかけてきていて、それにどう対処するかなどは体が反応します。寝技に移行するときも、この技が崩れて寝技になったので、相手はこういう体勢だなというのは感覚でわかります。見てから考えていては間に合わないので、それは一般の柔道をやっていたときとあまり変わらないかもしれません。

結婚を期に柔術にも取り組む

廣瀬は、週に一度のオフや旅行が楽しみだという

2015年に結婚し、現在は愛媛県を拠点に活動している廣瀬。練習は夫の廣瀬悠(男子90kg級)との二人三脚で、練習メニューなどは2人で考えているという。

廣瀬 夫婦で同じ競技に取り組んでいて、夫はコーチでもあるので柔道は生活の一部という感じですね。日常でもご飯を食べながら試合のビデオを見て対策を考えたりしています。ただ、生活が柔道一色になりすぎないように、週に1日はオフの日を作って2人で買い物に出かけたりするようにしていますね。それも、競技に打ち込むために必要なことだと思っています。あと、どうしても対人練習が不足しがちなので、東京に来たタイミングで大正大学や東京女子体育大学での練習に参加させてもらって、できるだけ色んなタイプの人と練習するようにしています。自分より大きい人や力のある人などと練習できるのはありがたいですね。

夫である廣瀬悠がブラジリアン柔術の黒帯であることから、2016年からは柔術の練習もしているとのこと。寝技での多彩な技術やポジショニングが特徴の競技だが、どんなところが役に立っているのだろう。

廣瀬 柔道も寝技の時間を長く取るようになっているので、その対策としてはじめましたが外国人選手対策としても役に立っています。海外の選手は柔術以外にもサンボ(ロシアの格闘技で多彩な関節技が特徴)などほかの格闘技を採り入れている人が多い。柔道以外の技術や動きも知らないと対応できませんから、そういう幅を広げる意味でも有効ですね。とはいえ、私は正式にブラジリアン柔術を習っているわけではないので、夫の通っていた道場で練習させてもらっていたくらいで、自分から柔術の技をかけたりというレベルではなく、相手の技を防ぐくらいですが。そこは男性の選手ばかりだったので立技の練習のときもパワーがあったり、組み方や技に入るタイミングが柔道の選手と少し違ったりしていて、それが外国人選手と試合する感覚に近くて役立っていた部分もありますね。今は道場がなくなってしまったので、練習できていないのですが……。

メダリストの立場がプレッシャーになることも

リオパラリンピックでは女子57kgで銅メダルを獲得した ©X-1

リオパラリンピックで銅メダルを獲得してから、注目される機会が一気に増える。一時はそれがプレッシャーになって、思うように結果が出ないこともあったようだ。

廣瀬 応援してくれる人も増えて、その期待に応えなければという気持ちがプレッシャーになってしまい、柔道をやりたくないなと思ったこともありました。リオの後の大会ではボロ負けしてしまいましたし……。でも、2017年のウズベキスタンでの大会で、2試合やったのですが合わせて1分くらいで負けてしまい、そこで逆に吹っ切れましたね。そこからは、またゼロから新たな気持で柔道に取り組んでいこうと思えるようになりました。

その後は海外選手も招いて行われる全日本大会で連覇を果たし、2018年は世界選手権でも銀メダルを獲得するなど、結果もついてくるように。愛媛の地で練習を続けながら、結果を残し続けていることについて、夫兼コーチである悠とともに所属する伊藤忠丸紅鉄鋼への感謝も口にする。

廣瀬 2015年から所属しているのですが、会社に籍だけ置かせてもらい年に何回か面談に行くだけで、あとは柔道に集中させてもらっています。交通費やトレーニングで使っているジムの利用料など練習にかかる費用も出してもらっているので、恵まれた環境だと思います。それも、リオでメダルを獲ったからそうなったわけではなく、所属し始めた頃から変わらずサポートをしてもらっているので、ありがたいことです。

東京パラリンピックを目指して

視覚障害者柔道の牽引者である廣瀬

2018年3月の東京国際視覚障害者柔道選手権では、大外刈りを仕かけてわずか9秒の秒殺劇で優勝を決めたが、勝ったことよりも、課題としていた「得意の背負投げ以外の技で勝つこと」を実現できたのがうれしいと話す。自ら課題を設定し続ける姿勢がトップランナーであり続けるための秘訣なのかもしれない。今年は他にも国際大会が控えているが、廣瀬の目はすでにその先の東京パラリンピックを見据えている。

廣瀬 出場する大会では、もちろん優勝を目指しますが、結果だけにこだわるのではなく、試合の中で課題が見つけられればいいなと思っています。東京パラリンピックまで、もう時間がないので一試合ごとに課題を見つけて、その対策をすることで成長していかなければいけませんから。東京では私の試合が2日目、夫はその後の3日目です。リオでも私が先にメダルを獲れたことで「リラックスして試合に臨める」と言っていたので、先に結果を残してバトンを渡せればと思います。夫婦そろって金メダルを獲得できたら最高ですね。


text by Shigeki Masutani
photo by Yuki Maita(NOSTY)

リオパラ銅メダリスト 視覚障害者柔道 廣瀬順子の「現在・過去・未来」

『リオパラ銅メダリスト 視覚障害者柔道 廣瀬順子の「現在・過去・未来」』