東京から新種目、パラカヌーの“ヴァー”って何? 諏訪選手に聞きました!

東京から新種目、パラカヌーの“ヴァー”って何? 諏訪選手に聞きました!
2019.07.09.TUE 公開

自然の水を相手に艇を漕ぎ進める競技・カヌー。パラリンピックのカヌーは、静水面に設けられた直線コースで着順を競うスプリント競技で、東京2020パラリンピックでは、リオ大会でも実施されたカヤック種目(コックピット以外のデッキ部分が閉じられたタイプの艇を使用し、両脇にブレードのついたパドルで漕ぐ)に加えて、ヴァー種目(片側に浮力体のついたアウトリガーカヌーを使用)が初お目見えとなる。

そんなヴァーの特徴や見どころについて、国内のヴァーの第一人者で、コーチの資格も持つ諏訪正晃選手に聞いた。

江東区カヌー協会所属の諏訪正晃。カヌーの知識はもちろんのこと、自然科学にも明るい

オリンピックにはないヴァー種目

パラリンピックでは、2016年のリオ大会からカヤック種目が実施されており、200mのスプリントで競う。

オリンピックでは2人乗りや4人乗りがありますが、パラリンピックのカヌーは1人乗りです!

オリンピックは、カヤックとカナディアンカヌー(デッキ部分が広く開いているカヌー)での種目が実施されてるが、ヴァー種目はない。ヴァーは東京大会ではパラリンピックだけで見られる種目なのだ。

パラカヌーは下肢障がいなど肢体不自由者のための競技だ

最大の特徴は“艇の安定性”!

ヴァーとはポリネシアの言葉で小舟という意味。片側にアマと呼ばれる浮力体がついている。

アマがあることで安定性が高くなるので、変化する環境の中でも余裕があり、自然を楽しむことができるんですよ!

浮力体がついていることによる安定性の高さが特徴

シートの秘密

一般的なパラカヌーにおいて、カヤックは艇の底に近い低い位置に座布団に座るようにして乗り込むが、ヴァ―はイスに腰かけているイメージで座るため、いかに自分のパワーを艇に伝えられるように座るかという工夫も重要になってくる。

足の力をフルに使えるなら、背もたれがないフラットなシートでもいいかもしれませんが、パラの選手はそういうわけにはいきません。とにかく自分の身体が艇と一体になるように工夫する必要があるんです。

お尻を包み込むようにして形を取った「バケットシート」に座り、さらにベルトなどで艇に身体を固定する人も。

シートの位置を調整できるよう内側にレールがついている

使う筋肉はクラスにより異なりますが、一般的に腰や骨盤を巧みに使い、シートを持ち上げるようなイメージで艇を漕ぎ進めています!

パラカヌー選手の創意工夫

カヤックの選手とともに練習するヴァーの諏訪(手前)

パラカヌーの選手は、障がいのクラスにもよるが、体幹や自分の身体を支える足の筋肉が弱いため、それらを補うための用具にも力を注ぐ。

僕は不全まひなので左足に少し機能が残っています。太ももは効くけれど、足首やすねの筋肉がない。だから、ブレを抑えるためのレッグサポートを取りつけています。

オーダーメードのレッグサポート。ぐらつきを抑える効果も

軽量の選手が水を切って進むには?

“水を切って進む”ために、自分の身体を押しつけるように漕ぎ、艇の先端を安定させることが肝心。先端にかかる力や体重が軽いと艇が浮いてしまうため、乗り込む位置を前にして艇の安定性を高めている。

アウトリガーカヌーはもともとタヒチなど南洋のビッグガイが乗る艇。そこに身長155㎝、体重55kgという超軽量級の僕が乗るわけですから、艇の設計に合った加重バランスを考えて乗らないといけません。ある程度体重があるほうがスピードが出るので、僕も体調管理して体重が減らないように気をつけていますよ。

艇の先端部を押し付けるようにして漕ぐ

パドルはシングルブレード!

ヴァ―は、片側に水かきがついたシングルブレードを使用。片手でグリップを握り、水をとらえて進む。

水かきが片側についているヴァーのパドル

もう片方の手は水かきの10㎝上くらいを握り、力強く水をとらえるようにします。大きな動きで漕ぐと、自分の身体を大きく使える一方で、遠くにパドルを入れられない難点もあるので、水をとらえられる位置で漕ぎます。ブレードは、いろいろな長さのものを使って練習するなどして自分に合うものを研究中ですね。

パドリングの「技術力」が生命線!

諏訪の艇はガンダムに登場するシャアのモビルスーツをイメージした赤色だ!

ヴァーをスムーズに漕ぎ進めるには技術が必要です。左にアマがあるため、真っすぐに漕ぎ進めることが困難で、例えば普通に右を漕ぎ続けると左方向に曲がってしまう……言いかえれば、その技術的な深みがヴァ―の魅力なんです!

レースで選手をよく見てみると、パドルを持ち替えずに片方で漕ぐ選手と、左右に持ち替えて漕ぐ選手がいる。スタートだけを考えると、片漕ぎのほうが持ち替えのロスがない分スピードを出せるが、波や風などあらゆる状況にすぐに対応できるのは後者といえそうだ。

パドルを持ち替えると左右ジグザグに進みますが、技術のある選手の艇はまっすぐ進んでいるように見えますよ。僕の場合は、障がいに左右差があり、右では弱いため左の片方漕ぎです。艇が片方向に進もうとするところを、ブレーキを入れながら、進行方向を修正する漕ぎ方をしています。

パドリングの技術を高めていかに最短距離を進むことができるか。とにかくヴァ―は奥が深いのだ。

パラリンピックのレースは200m!

ゴール前のデッドヒートもあり、見る者を興奮させるパラリンピックのカヌー。一番でフィニッシュした人が勝ちというシンプルな勝負も魅力だが200mのレースのどんなポイントに注目したらいいのだろうか。

200mの直線勝負。諏訪の場合、左だけで約80回漕ぐ!

レース展開の理想はスタートで大きく速度を出し、そこからスピードを落とさないようにすること。観戦する皆さんは、お目当ての選手が“逃げ切る”か“刺す”か、ピッチ数はどうか、左右どちら漕ぎか、パドルの持ち替えはするのか……そんなところに注目してみてください!


■教えてくれた人 諏訪正晃(すわ・まさあき)選手

1985年東京都江東区生まれ。高校1年の冬、スキーで転倒して脊髄を損傷。江東区土木部の職員。2014年に河川の改修調査中にカヌーに乗ったことがきっかけで競技に出会い、地元開催の東京パラリンピック出場を見据えて活動をスタート。主な成績は、2016年パラカヌー世界選手権7位など。クラスはVL3。競技外ではNPO法人の代表を務め、ユニバーサルデザインの理念を普及するために、区内小学校などで出前授業も実施する。東京パラリンピック開催をきっかけに、多くの人が地域に目を向ける社会になることを願う。

「パラカヌーを通して、誰もが身近に自然遊びができる環境を整えたい」と話す

東京パラリンピックでカヌーを含む7競技が実施される江東区は、江戸の物流を支えた歴史があり、河川、運河が多いエリアで、カヌー、ヨットなど水上スポーツが盛んです。諏訪的おすすめスポットは、野鳥の飛来が見られる「新砂干潟」、仙台堀川公園「野鳥の島」、豊洲の「東雲運河」。東京パラリンピックでは、ぜひ“水辺のまち”江東区の魅力を感じに来てください!


今回の撮影は、地域の散歩スポットでもある江東区の旧中川で行った

text by Asuka Senaga
photo by X-1

東京から新種目、パラカヌーの“ヴァー”って何? 諏訪選手に聞きました!

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