京大医学部→プロ野球選手⁈ 京大野球部を変えた、個性を活かす「文武両道」のチームづくり

京大医学部→プロ野球選手⁈ 京大野球部を変えた、個性を活かす「文武両道」のチームづくり
2023.03.03.FRI 公開

2022年、プロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)で、京都大学医学部の水口(みなくち)創太投手が福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト7位で指名された。京都大学でドラフト指名を受けた選手は史上2人目、医学部からは史上初となる。この快挙の裏には、2021年11月に京都大学硬式野球部の監督に就任した近田怜王(れお)監督による選手の意識改革や、多様な人材の登用と育成といった試みがあった。学生の能力を伸ばし、文武両道な人材を育成する近田監督にお話を伺った。

勝てなくて当たり前のイメージを払拭

2022年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスに指名された、京都大学医学部(当時)の水口(みなくち)創太投手

京都大学と言えば日本有数の難関大学。「自由の学風」の元で多くの独創的な研究が行われ、今までに11人ものノーベル賞受賞者を輩出している。一方でスポーツ分野では、1980~90年代に4度の日本一に輝いたアメリカンフットボール部、卒業後に東京2020オリンピックに出場した競歩の山西利和選手が挙げられるが、目立った成績を残しているというイメージはあまり強くないかもしれない。京大硬式野球部はというと、大学野球の関西学生リーグで万年最下位と言われるほど優勝争いとはほど遠いチームだった。

そんな中、2021年に監督に抜擢されたのが、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスで4年間プレーした近田怜王氏。就任1年目の2022年から早速実績を残した。

4月、関西の6大学で行われるリーグ戦で、前年の秋に優勝した関西大学から40年ぶりとなる勝ち点を奪取。5月には立命館大学から20年ぶり、10月には前年春2位の近畿大学から1982年のリーグ発足以来初めての勝ち点を挙げた。
最終的な結果は春は5位、秋は6位だったが、一時期は現行リーグで京大史上初となる3位以内にあと一歩のところまで迫った。この躍進ぶりを多くのメディアが取り上げ、指揮官の近田監督に注目が集まった。

京大生の個性を生かした指導で優勝を目指す

2022年5月10日の試合に勝利し、立命館大学から20年ぶりに勝ち点を獲得した

近田氏は監督就任直後、練習メニューなどを見直すとともにあることを宣言したと言う。

「野球をやるからには優勝を目指そう」

2021年までの京大硬式野球部が関西リーグで優勝を目指すと言えば、「無理に決まっている」と誰もが思っただろう。しかし、2022年の奮闘を見て「可能性はあるのでは?」というムードが醸成されてきている。近田監督はたった1年で、どうやってここまでの実績を残すことができたのだろうか。

「優勝を目指すというのは、周囲から見たらそれこそジャイアントキリングと思われるかもしれませんが、全く可能性がないわけではないと僕は思っています。少しでも可能性があるなら優勝を目指そう、優勝してみんなで見たことのない景色を見ようと話しました。そのためにまずやったのが、挨拶をする、無断欠席や遅刻をしない、忘れ物をしないなど、人として当たり前のことの徹底です。それができない人は、どんなに実力があってもレギュラーにはしないということを、始めに選手たちに話して、それを実践しました」(近田監督、以下同)

監督が言うとおり、どれも当たり前すぎるように思えるが、それが野球の上達にどう影響するのだろうか。

「学生たちが目指すのは、京大硬式野球部のレギュラーの座ではなくて、関西リーグの優勝ですから、私学のレギュラー選手に匹敵する力を付けなくてはいけない。京大の中でちょっと野球がうまいからといって、遅刻や忘れ物が許されているような選手がレギュラーになれるようじゃ、優勝なんてできないということを選手たちに話して聞かせました」

戦うからには優勝を目指そう、挨拶など人間として基本的に大切なことをやろうという、当たり前のことをあえて言葉にする。そうやって目標を言葉にして明確にすることで、選手たちのやる気に火が付いたのを感じたそうだ。

「文武両道のパイオニア」として

京都大学硬式野球部の近田怜王監督

次に近田監督が取り組んだのが、具体的な数字を使った指導だった。スポーツ指導の現場でよくありがちなのが「いいね、前よりも飛距離が伸びた」「良くなってる、球が速くなってきた」などといった、感覚的な評価だ。どの程度飛距離が伸び、どこがどう良くなっているのか具体性に欠けるため、選手は何を目指すべきなのか、どうなればレギュラーになれるのかをイメージしづらい。

「京大生はみんな頭がいいですから、具体的な数字を示すと興味を持ってのめり込むような学生が多いんですね。それもあって僕は打率などの数字を具体的に示して、数値が高い選手を登用するようにしています。たとえば攻撃の面では、出塁率を重視して、ヒットの数よりも、フォアボールでもデッドボールでもいいので、塁に出る確率が高い選手を起用するという具合です」

どんな野球部にも通用する方法ではないかもしれないが、京大生にはこの方法が効果を発揮したようで、選手たちは明確な目標に向かって練習に取り組んだ。そして早くも4月には関西大学から40年ぶりとなる勝ち点をとるといった結果に結びついた。

「いい成績を出したことで京大の野球部が注目されるようになりました。ですから選手たちには、野球部の全員が京大野球部の顔であること。そこでみんなが勉強だけでなくスポーツもできる文武両道を実現すれば、子どもたちがそれを目指してくれるかもしれない。君たちは文武両道のパイオニアなんだということを伝えました」

それはいい意味でのプレッシャーとなり、学生たちは京大野球部の顔として自らを律し、練習に励むようになったそうだ。

多種多様な人材を求む! SNSに込めた思いとは?

ベンチからアナリストとしてチームを支えた三原大知さん

今年の1月9日、近田監督は自身のSNSにこんなメッセージを掲載した。

https://twitter.com/reo2430/status/1612433785160863744

野球部で多種多様な人材を募集するとは、どういうことなのだろうか。

「自分たちがみんなから見られる存在になったという意識は、自らを律するようになるなど、選手たちにいい影響を与えました。それもあって、もっと野球部が注目され、関西リーグ、大学野球の認知度が今以上に上がって盛り上がってくれれば、さらに選手のモチベーションも上がると思うんです。そのためにも、SNSが得意な人などいろんな視点から野球部を盛り上げてくれる人材を集めたいという狙いがありました」

京大野球部でデータ分析などをするアナリストとして選手たちを支えてきた三原大知さんは、今春の卒業後、阪神タイガースにアナリストとして入団することが決まった。三原さんは野球の経験はなかったが子どもの頃から野球観戦が好きで、趣味でデータ分析をしていたという。そんな時、野球部の「データ班募集」のチラシを見て自分のスキルを活かせると入部を決意したそうだ。こうした多様な人材を集めることも、京大野球部飛躍の一因だろう。

多様な人材をうまくマネジメントする方法とは?

SNSにアップされたマネージャーの皆さん。SNSの内容からも、多様な人材がチームのために自主的に活動している姿がうかがえる

多種多様な才能やスキル、知識をもった人材を集めることができたとして、その力を十分に発揮してもらい、組織の成長に繋げることは、一般社会でも難しい。近田監督は、どのようにして多様な人材をマネジメントしているのだろうか。

「僕はできるだけ選手の意見を吸い上げるようにしています。まず、日頃から選手が自分の意見を言いやすいような組織づくりを心掛ける。そして、勝つため、優勝するために発言してくれたことであれば、真摯に耳を傾けてその意見を精査し、可能な限り採用するようにします」

たとえば投手がピッチングフォームを変えたいと相談してきたら、その理由や目的を聞く。そして、まずはやってみようと了承してから、「監督としては、こういうピッチングができる投手が欲しいし、そういう投手ならレギュラーとして試合に出したい」などと、具体的なイメージを伝えるそうだ。

「選手がチームのためでなく、自分のわがままや自分自身の利益のためにフォームを変えたいと言ってきたなら、それは個別にきちんと話し合います。そうではなくて、チームのために考えてフォームを変えると提案してくれたのだとしたら、それがたとえ失敗したとしても、その失敗の責任は決断した監督である自分が取ります」

また選手が意見を言いやすいように監督が自ら問いかけることもあるそうだ。たとえば試合後に「あの時のサインどうだった? 違う指示の方が良かった?」と聞き、選手がそう思うと答えたときは、監督が謝罪し、次回の試合の参考にすることもあるという。
このように、失敗や責任を取らされることを恐れず、自由に発言できる環境を整えることを、ビジネスの世界では「心理的安全性の担保」と言い、組織を成長させるために必要不可欠なことだとされているが、まさに近田監督はそれを野球部で実践しているのだ。

オンライン取材で熱い思いを語ってくださった、近田監督

「あとは伝え方や接し方も大事だと思います。監督だからと言って腕を組んで偉そうに指導するのではなく、時間が合えば僕も選手と一緒にランニングをします」

特に上回生には、自分が下回生だった時に先輩たちからされて嫌だった言い方や接し方をしないように指導している。

「監督や上回生が偉そうにして下回生が萎縮しているチームより、下回生が自由に発言できて伸び伸びとしているチームの方が勢いがあると思うんです」

アナリストとして活躍した三原さんにも、単にデータ分析だけをさせるのではなく、自分のそばで試合を見させたり、選手の起用を任せたり、他の選手と接するさまざまな機会を作ったそうだ。

その三原さんは、阪神タイガースへの入団が決まった際、自身のTwitterにこのような言葉を載せている。

https://twitter.com/mhrd3_51/status/1612754479027478528

まさに多様な人材を活用することで野球部の士気を上げただけでなく、優秀な人材を育て社会へと送り出しているのだ。


今回のインタビューを通して、近田監督の受け答えに無駄がなく、とても明解だったと伝えると、最初からそうではなかったと笑っていた。

「最初は学生たちから『話が長い』とか『要点がわかりづらい』と言われることもありました。彼らは難しい論文を分かりやすくまとめたりすることが得意ですから、どうやったら短く分かりやすく伝えることができるか、彼らから学ばせてもらっています。僕自身、決して完璧な人間ではないので、今も学び続けていますし、自分ひとりの頭脳ではなく、多様な人材のみんなの頭脳を使わせてもらうことで、チームを強くしていけているんじゃないでしょうか」

この言葉を聞いたとき、京大野球部のリーグ優勝は夢ではないと感じた。今年、プロ野球界では4球団で新しい監督が就任。さらに北海道日本ハムファイターズの新球場が開場されるなど、話題が盛りだくさん。京都大学野球部も何かやってくれそうだし、野球が面白い1年になりそうだ。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
資料提供:京都大学硬式野球部

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