成田緑夢×斎藤工対談。パラスポーツは“スポーツ本来の意味”を教えてくれる。

成田緑夢×斎藤工対談。パラスポーツは“スポーツ本来の意味”を教えてくれる。
2018.02.05.MON 公開

スノーボード種目で、平昌2018パラリンピック冬季競技大会出場を目指す成田緑夢(ぐりむ)。兄、姉ともにスノーボードのオリンピアンであり、自身もオリンピックのメダルが期待されるアスリートだった4年半前、練習中のケガによって一時は選手生命を絶たれていた成田。そんな彼がパラスポーツと出会い、パラ選手の姿や周囲からのメッセージによって初めて知った“スポーツ本来の意味”とは? 俳優・斎藤工とともに、パラスポーツとの出会いと魅力を語ります。

「あなたから勇気をもらった」 大怪我の挫折から、再び“夢”を追い始めた理由

緑夢さんがパラスポーツを始めたきっかけとして、左足の怪我をした当時のお話から伺ってもいいですか?

4年前、トランポリンの練習中の怪我でした。3回宙返りをしていた時に、足を滑らせてしまったんです。両足につけた重りの遠心力で回転数が足りなくなって、着地に失敗してしまい……。視界が真っ暗になり、気付けば倒れていました。病院に行ったら半年間入院になり、そのまま左足は動かなくなりました。

ご自身でも、まさかの出来事だったと思います。ケガをしてからの半年間の心境は、正直「希望」と「絶望」のどっちが大きかったですか?

リアルなことを言うと、あんまり考えていなかったです。車いすに乗っているから、足が動かなくてもあんまり分かんないんですよね。退院して頑張ってトレーニングしたら、歩いて階段も上れるし、意外と生活できるんですよ。だから、競技に戻れる自信がありました。でも、いざスキーをしてみたら足が全然動かなくて……。

雪の上で、今まで通りにスポーツをできない絶望を感じたと。

競技の感覚は、脳がちゃんと覚えていたんですよ。でもいざやってみると、全然できなくて……。

体と脳のバランスが一致しなかったんですね。

それで全部嫌になって、一時期スポーツを止めていました。それからしばらく普通に生活していたある日、「オリンピックを目指すスポーツじゃなくて、純粋に楽しむためのスポーツをやりたい」と思ったんです。

それは、トランポリンやスノーボードとは違う競技で?

ウェイクボードです。友達とウェイクボードで遊んだら、本当に楽しかった。その面白さを糧に、遊びで半年間ウェイクボードを続けました。そしてある時、健常者の大会に出たら優勝できたんですよ。

その状況で大会に出て今までやっていた人を超えられたのは、もう成田さんの才能と努力ですよね。

いやいや……。でもこの時、あるメッセージをもらったんです。それは、「僕も障がいを持っているけど、緑夢くんが頑張っているのを見てもう一度スポーツをしてみたいと思った」「勇気をもらった」という内容でした。この時初めて「僕がスポーツをすることによって他人に影響を与えることができるんだ」って気付いたんですよ。。

すごいよね!人の人生を背負っているんですもんね。

「あなたを見ることで勇気をもらった」と言われたことが、新しい夢を掲げ直したきっかけだったんですよ。パラリンピックやオリンピック、規模の大きい舞台に立って、もっともっとたくさんの人に勇気を与えられるようになりたい。そう思って、出場を目指すためにスポーツの種目をチョイスし直しました。

ケガで入院していた半年間と、スポーツを純粋に楽しむことに費やした半年間が、今の緑夢さんの人生をつくったんですね。すごいドラマチック。

感動、共感、超越したスキル。男たちの語る「パラスポーツの魅力」とは

以前、パラ陸上を観に行ったとき、1周遅れで最後尾のランナーがいたんです。

はい。

その人が後半100メートルからゴールする瞬間までが、いちばん拍手が多かったんですよね。僕自身も「あともうちょっと、頑張れ!」っていう気持ちで拍手をしていました。こうして体が動くことって、そこに人間が何かを感じているわけじゃないですか。スポーツがなぜこの世界にあるかというと、こんな風に人々のマインド部分へのアプローチがあるからなんですよ。スポーツ本来の意味を、パラリンピックはもう一度僕たちに伝えてくれるんじゃないかなって思うんです。

本当に、その通りだと思います。

オリンピックなら、最後尾の選手に拍手を送る光景なんか見られませんよ。オリンピックは成績重視。それももちろん大切だけど、“本来のスポーツの意味” だって大切。だから、オリンピックとパラリンピック2つでバランスがよくて面白いと思うんですよね。

なんでパラリンピックが人の心を惹きつけるのかを考えてみると、傷ついた時に見せる「心のハンデ」があると思うんです。それがあるから、人は誰かに感情移入できる。

心のハンデ。

「どうだ、すごいだろう」っていう武装した強さじゃなくて、誰にも見せない弱さの部分。そこに人間の本質があると僕は思っています。100%完璧な人間なんていないから。障がいは、選手にとってはハンデではなくむしろ強さかもしれないけど、観る人にとっては「人間の繋がれるポイント」だと思うんです。だから、パラスポーツを見て勇気を持つ観客がいるんだろうなと。

あとこれは全然スポーツの話じゃないんですけど、この間までシンガポールで映画の撮影があったんですが、その現場に耳が聞こえない・左目が見えない女性がスチールカメラマンとして入っていて。でもその彼女、光の感じ方が尋常じゃなく研ぎ澄まされているんです。あのアート性は、健常者じゃかなわない。

まさにそうです。これから、肌の色や国籍、障がいがある、ないに関係なく、これからの世界では「どうスキルがあるのか」「どう秀でているのか」が重要になってくると感じています。

障がい者の人たちは、何かがない分、何かが人一倍ある。その視点でパラスポーツを見ると、さらに深い感動があると思います。

パラスポーツは面白い!斎藤 工がパラリンピックを応援しようと思った理由

斎藤さんは、なんでパラリンピックを応援しようと思ったんですか?

昔、母が介護士をしていて、母や僕の周りに障がいのある人たちがいることが日常で、小学校のころの親友が年が離れたダウン症のおじさんだったんです。年齢とかお互いの立場関係なく、なんでも言い合う関係だったんです。そんな環境にいたから、僕の中では健常者との線引きがありませんでした。

なるほど。

だから、パラリンピックがオリンピックほど盛り上がんないことも「なんか嫌だな」と思っていました。いち視聴者だったけど、今はどうしたら盛り上がるのかを考えています。

一般の人にどう面白く伝えていくのかが課題なんですよね。パラスポーツの面白さは世界的に浸透してきているけど、やっぱり情報発信が少ない。伝える人が少ないから、面白さを知る機会が均等になっていかないんです。魅力を感じた人がそれを伝えていくことは、やっぱり必要だと思うんですね。

本当にそうです。

僕は、世界の共通言語は「音楽」と「映画」の2つだけだと思っているんです。斎藤さんは映画監督だから、映画、映像で伝えていく役割かもしれないですよ。

映像だと早いですよね。今はネットで世界中に発信できるし。自分になにができるのかまだ模索している状態ですが、これからまたいろんなアプローチを実施していく予定です。

なるほど、ぜひ一緒に盛り上げていきましょう。

パラスポーツ、パラリンピックが注目されるよう、緑夢さんの活躍を心から期待しています!

成田緑夢(なりた ぐりむ)

1994年2月1日、大阪府生まれ。 幼い頃から、スノーボードをはじめ、トランポリンやスキーなど、さまざまなスポーツに挑みアスリートとして育つ。フリースタイルスキーでのオリンピック出場を期待されていたが、2013年春、練習中に左足を負傷。夏冬両競技で2018年平昌大会、その先にある2020年東京大会に挑む。

斎藤 工(さいとう たくみ)

1981年8月22日、東京都生まれ。 2001年に「時の香り~リメンバー・ミー~」で俳優デビュー。その後、数々のドラマや映画に出演。2017年には、阪本順治監督の「団地」で第31回高崎映画祭最優秀助演男優賞を、西谷弘監督の「昼顔」で東京国際映画祭2017中国映画週間ゴールドクレイン賞最優秀主演男優賞を受賞。フィルムメーカーとしては、2012年「サクライロ」で監督デビュー。2014年の「半分ノ世界」では、2015年セルビア日本交換映画祭のアイデンティティ賞受賞。初の長編監督映画「blank13」(2018年公開予定)は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017でファンタランド大賞、2017年上海国際映画祭にてアジア新人賞部門最優秀新人監督賞など国内外の映画祭で六冠を獲得し、高い評価を得ている。映画に触れる機会の少ない地域の子どもに映画を届ける、移動映画館プロジェクト「cinèma bird」を発案・企画・運営など、活動は多岐にわたる。

photo by Issei Kawakami

(パラスポーツマガジンVol.2連動企画)

成田緑夢×斎藤工対談。パラスポーツは“スポーツ本来の意味”を教えてくれる。

『成田緑夢×斎藤工対談。パラスポーツは“スポーツ本来の意味”を教えてくれる。』

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