「事故がなかったら、始まってなかった」袴田監督が語るメダリストたち1分40秒のリアル

「事故がなかったら、始まってなかった」袴田監督が語るメダリストたち1分40秒のリアル
2018.02.05.MON 公開

2018年に韓国・平昌で開催されるパラリンピック冬季競技大会。パラアイスホッケーやアルペンスキーなどの6競技で世界のパラアスリートたちが頂点を争います。

2017年11月に公開された平昌2018冬季パラリンピックに向けた応援ムービー「The Change Maker」。このプロモーションムービーには、日本を引っ張るパラアルペンスキーメダリスト森井大輝、狩野亮、鈴木猛史の3名が出演しています。これまで数多くのTV-CMを手がけ、本作で初めてパラスポーツのムービーに映像監督として携わった袴田知幸監督。今回は、そんな袴田監督に映像のこだわりや構想から現在に至るまでの気持ちの変遷、撮影に出演した3選手への想いを聞きました。

「選手一人ひとりが持つ深いストーリーに、ガツンとやられた」

この映像のクリエイティブディレクターから、今回の平昌2018冬季パラリンピック応援ムービーの制作依頼を受けた袴田監督。パラリンピックという一大イベントを盛り上げるための映像制作を手掛けることになったとき、どんな心境だったのでしょうか。

「パラリンピックのムーブメントを盛り上げるための映像制作って、これ以上ないほどの大仕事じゃないですか。注目もされるし、深く考えさせられるものもある。題材としてもすごく描きがいがある。以前からやってみたいなと思っていたので、ようやく挑戦できるという感じでワクワクしました」

映像監督として制作に携われることに高揚を覚えたという袴田監督。しかし、これまでパラリンピック自体に関しては、“一市民”を超えた知識は特になかったと言います。

「僕自身がどういうスタンスでいるのが良いかわからなかったんです。パラスポーツの選手とも初めて対面して話をするわけなので。最初は戸惑った、というのが正直な感想でしたね」

障がいのある方に接する機会がほとんどなく、どう関わるのが正解かわからなかったという袴田監督の意識が一気に変わったのは、2017年3月に開催された「2017IPCアルペンスキーワールドカップ白馬」に赴き、選手たちの競技を間近で目の当たりにしてからでした。

「いちばん衝撃を受けたのは、全盲の選手がガイドの声を頼りに滑るのを見たときですね。全盲の人は真っ暗の世界なので、本当にガイドの声だけが頼りで。その声を信じてすごいスピードで滑って行くんです。それを見て本当に感動したんです」

「僕たちはスタート地点の真裏から見ていたんですけど、あの凄さは下で見ていてもなかなか味わえない。報道で出てくるような、試合の風景とは違うんです。全盲の選手なので、滑る前は周りの人の肩につかまったりして、一見すごく弱々しく見えるんだけど、滑り始めると『この人たちすごいな』と、ガツンときて。パラアスリートって、一人ひとりがそういった深いストーリーを持っているんですよ。そこから意識がガラリと変わりましたね」

※W杯白馬の翌月には安比高原スキー場にて森井選手を撮影

「ヒーローのギャップを描きたかった」

プロジェクトが動き出したのは、2017年2月。それから実製作に取り掛かるまで、半年ほどを打ち合わせに費やしています。

「彼らをアニメーションに落とし込んで、東京の坂をチェアスキーで滑るという企画なんかも考えました。ただ、どれも面白いんだけど“ちょっとカッコいいだけ”になってしまう。“その裏”を描かなきゃダメだと思っていたんです。」

紆余曲折あり、いろいろな企画が浮かんでは消えていった半年。根底に息づくコンセプトは変わらなかったと言います。

「『彼らをヒーローにするためにギャップを描く』というコンセプトは一貫してブレませんでした。だから、彼らの本当の人生は絶対に描かなきゃいけなかったんです」

チェアスキーに乗り、雪の上を時速100km以上のスピードで駆け抜けるヒーローたち。一流のアスリートである彼らの“裏”にある描くべきギャップとは、彼らのスタート地点でもある過去の事故でした。

最も遠いところでは北海道の網走まで、実際の事故現場に赴くことにこだわった袴田監督。彼らにとっては一見“絶望の場所”でもある事故現場にフィーチャーしたのには、こんな想いがありました。

「パラアスリートの映像って表面的にすごくカッコよく見せることはあっても、彼らがどういう人間なのかリアルに描くものはあまりないんです。でも、スパイダーマンも普段は弱いじゃないですか。弱さやリアルがあるから、人々はヒーローに共感する。だから本物の事故現場じゃなきゃダメだったし、“突っ込んだ”映像じゃなきゃいけなかったんです」

そう力強く語る背景には、障がいのある方に対するかつての袴田監督自身のスタンスがありました。

「僕自身もそうでしたけど、彼らがどんな人で、どう接したらいいかわからないままだと障がいのある人に対して腫れ物に触るような関わり方から脱却できない。だからこそリアルを伝える必要があると思うんです。彼らって、人生そのものがめちゃくちゃカッコいいんですよ。彼らの姿を生のまま、本当にありのままを伝えれば、みんなが共感できるヒーローを描けると思いました」

実際の事故現場にて撮影(写真は狩野選手の事故現場)

「事故がなかったら、始まってなかった」

リアルさを炙り出すことにこだわって映像を制作する中で、もう一つ大事な要素となるのは「言葉」でした。

映像の随所で出てくる、力強い言葉の数々。その一つひとつは、打ち合わせや取材の中で選手たち自身の口から出た言葉なのだと言います。

「鈴木選手の言葉で『両足がないことが最大の武器』というのがあるのですが、これはパラリンピックをよく知っている人ならすぐピンとくる言葉です。たとえば、森井選手と狩野選手は脊髄損傷による下半身まひで、おへそから下の感覚がない。一方で、鈴木選手は両足を付け根から下を切断していますが、足の付け根から上の感覚も筋力もある。だから、『両足がないことが最大の武器』なんです。力強い言葉ですよね」

映像の中ではそれ以外にも、パラリンピックを象徴する「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に活かせ」という言葉や、チェアスキーの機能美にこだわる森井選手が語った「美しいものは、速い」など、強度の高い言葉とビジュアルが交互に立ち現れます。

その中でも袴田監督が特に強い思い入れを持っているという言葉が、「事故がなかったら始まっていなかった」。実は、この言葉は映像の中で唯一、袴田監督が撮影を通じて感じたことを言葉にしたものだと言います。

「もちろん、事故がなかったに越したことはない。でも、あの時の事故があったことで、今の彼らがいて、みんなに感動を与えている。今となって考えてみると、事故がスタートラインであったということなんです。事故をただの可哀想な出来事として捉えずに、もっと前向きな彼らの思いと近い意味合いにとらえなおそうと思いました」

「僕は彼らと打ち合わせや撮影を通して何度も顔を合わせてもなお、彼らが事故を乗り越えているのか、そうでないのかずっと考えていたんです。そこに答えはない。ただ、輝いている彼らの歴史には事故というものが確かに存在し、大きな意味を持っている。 それが、ヒーローの持つギャップであり、彼らに惹きつけられる大きな理由なのではないかと。そういうことを体現できる言葉が『事故がなかったら、始まっていなかった』だと思って。パラアスリートとしての彼らを象徴する言葉だなと感じています」

最後に平昌2018冬季パラリンピックに向けた応援ムービーの映像制作に携わることになってから、“生”のストーリーを体感し、彼らの姿をそのまま描き出すことに力を尽くしてきた袴田監督に「どんな人に映像を見てほしいですか」と訊ねてみたところ、こんな答えが返ってきました。

「パラスポーツやパラアスリートについて何も知らない人に見てもらいたいですね。僕自身この仕事を始める前はパラスポーツに関しても、障がいに関しても初心者だったから、かつての僕のような人に見てもらって興味を持つきっかけになってほしい。『こういう場所で事故にあったんだな』というように彼らの人生のリアルを垣間見るだけでも、ちょっと気持ちが変わると思うんですよね」

ムービーを見て、障がいのある人に少しでも興味を持つきっかけになってほしいと語ってくれた袴田監督ですが、「競技自体も、ぜひ『生』で観てほしい」と前のめりに語ります。

「彼らは本当に凄い。大会を実際に見に行くと、全然違うんですよ。“興味がない”人にこそ、彼らの勇姿をぜひ生で観てほしいですね」

袴田監督プロフィール

映像ディレクター
数々のTV-CMを企画・演出し、 現在はフリーランスで様々な映像作品を手掛ける。

text by Nonoka Sasaki


edit by Ryotaro Hada

「事故がなかったら、始まってなかった」袴田監督が語るメダリストたち1分40秒のリアル

『「事故がなかったら、始まってなかった」袴田監督が語るメダリストたち1分40秒のリアル』