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さぁ平昌へ!現役女子大生 村岡桃佳、メダルへの挑戦

さぁ平昌へ!現役女子大生 村岡桃佳、メダルへの挑戦
2018.02.27.TUE 公開

2度目のパラリンピック
表彰台へのあこがれを胸に抱き

3月9~18日までの10日間にわたり、平昌2018冬季パラリンピック競技大会が開催される。早稲田大学スキー部から2度目のパラリンピックとなる村岡桃佳(スポーツ科学部3年)が出場する。若きエースとして絶大な期待を寄せられている村岡は、まだ高校生だった4年前のソチパラリンピックを振り返り、パラリンピックでの憧れのメダル獲得へ、熱い思いを語った。

決まった覚悟

村岡は幼少期に脊髄炎を患い、現在まで車いす生活を送っている。小学3年生の時、友人からスキー教室へ誘われたことがきっかけで、遊び感覚でスキーを始めたという。スキーをやりだした当初は陸上もしており、圧倒的に陸上の方が好きだった。しかし競技を続けていくうちに、徐々にスキーへの思いが高まり、中学3年生の頃から「パラリンピックに出たい」と憧れるようになった。本当にパラリンピックの舞台を目指すのなら、覚悟を決めてスキーに取り組まなくてはいけない。そして高校1年生の時、本格的にスキーに向き合う決心をした。

周囲への感謝

17歳で挑んだ念願のソチパラリンピック。初出場ながら、周囲からはメダル獲得の期待が寄せられていた。結果はアルペンスキー 回転で9位、大回転で5位。惜しくもメダル獲得には至らなかったが、村岡は「運良くタイミングが合って出場できたパラリンピック。メダルを取るなんて考えは頭になかった」と語る。期待に感謝しつつも、メンタルがあまり強くないという村岡は無意識のうちにプレッシャーを感じていた。それだけに、周囲からの期待と自分自身の思いとのギャップに苦しんだのだ。

村岡は早稲田大学にトップアスリート入試で合格した初のパラアスリートだ。そのため、村岡の入学当初、大学のスキー部が生活する寮は、まだ車いすでの生活に配慮がされていない状況だった。段差が多く階段もあったため、寮での生活が難しく、実家から始発で大学に通っていた。しかし村岡の入学を機に寮の改修が行われ、バリアフリー化した。それにより村岡も他の部員と同じように寮での生活が可能になり、トレーニングや勉強に時間を割くことができるようになったのだ。

いざ夢の舞台

4年前のソチパラリンピックで表彰式を見ながら、次は自分があの舞台に立つのだと意気込んだ。パラリンピックは精神的にも肉体的にも厳しい戦いとなる。自身をネガティブだと語る村岡。今度はメダル獲得という周囲の期待と自分自身の思いその両方を胸に、緊張とプレッシャーに打ち勝って、2度目となる夢の舞台へ臨む。

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見どころが満載

村岡選手に平昌パラリンピックでの見どころ、注目選手を教えていただいた。

村岡 それぞれ異なる障がいのある選手たちが種目によっては時速100㌔を超えるスピードで滑走します。視覚障がい・立位・座位と3つのカテゴリーがあり、滑り方の違いや特性、使用している道具の差異なども見ていると面白いです。特にアルペンスキーは花形競技です。高速系種目が得意な狩野亮選手、技術系種目が得意な鈴木猛史選手、そしてオールラウンダーの森井大輝選手の三選手の滑りは必見です。

村岡桃佳(むらおか ももか)

1997年3月3日生まれ。埼玉・正智深谷高出身。現在、早稲田大学スポーツ科学部3年。幼少期に疾病により車いす生活になる。好物はカスタードプリンで、読書やアニメ鑑賞などが趣味。大好きだった陸上よりも、選んだのはスキーでのパラリンピック出場の夢。憧れの舞台、何よりも納得のいく滑りをしたいと語ってくれた。

text by Sakura Fujita

(早稲田スポーツより転載)

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