ブリヂストン社内で起きたオリパラムーブメント。社員の意識、価値観が変わった瞬間

ブリヂストン社内で起きたオリパラムーブメント。社員の意識、価値観が変わった瞬間
2021.08.27.FRI 公開

最近私たちが頻繁に耳にするようになったキーワード“D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)”はもはやグローバルスタンダードとされ、東京2020オリンピック・パラリンピックでも「多様性と調和」が基本コンセプトのひとつになっている。ところで、人を出身地・性別・言語・年齢・障がいの有無・信仰などで区別をせずに、多種多様なバックグラウンドを受け入れる「多様性の受容」には一体どんなメリットがあるのだろうか。

多様性という概念を一早く理解し企業活動に取り入れ、独自の取り組みを実践してきた企業に、その東京2020のレガシーとなりうるムーブメントについて聞く本連載。第一回はオリンピック・パラリンピックのワールドワイドパートナーとしてサポートしているブリヂストンに多様性の持つ無限の可能性、広がりについてうかがった。

パラバドミントン選手が社員に。その気づきから新たな展開へ

オリンピック・パラリンピックのワールドワイドパートナーとなり、「多様性」への取り組みを始めたことで、社内そして社員一人ひとりにもさまざまな変化があったと語るブリヂストンの山田良二氏

ブリヂストンと言えば誰もが思い浮かべるのがタイヤ。これまでは主に自動車に興味のある層、F1をはじめとするモータースポーツのファンからの絶大な支持を集めてきた。しかし、同社が生産するゴムや樹脂製品は、私たちの生活の至るところに使われている。同社は、2014年からオリンピックのワールドワイドパートナー、2018年からはパラリンピックのワールドワイドパートナーにも名を連ねるなどスポーツ支援に力を入れ、その認知度は高まりつつある。

「F1は、我々の『技術を発揮できる場』なので積極的に関わってきたという側面があります。世界の20ほどの国で開催されていますが、ドライバーは全世界で20人程度と少数。ファンは車好きの男性が中心です。 一方オリンピック・パラリンピックは世代や性別関係なく関心を持ってもらえるので、当社を『知ってもらう機会』が限りなく作れるだろうと。当社は全世界で14万人の従業員がいるのですが、オリンピック・パラリンピックに関わる企業として自分の働く会社に誇りを持ち、全員が同じベクトルで一体感を持つ、そういう意味でもオリンピック・パラリンピックをサポートすることの意味は大きいと思っています」

オリンピック・パラリンピックを通して、より良い地域社会の実現を目指していくイベント「ブリヂストン × オリンピック ×パラリンピック a GO GO!」では、オリンピアンと楽しむレッスンやパラ競技体験なども実施された(写真は2018年6月撮影)
写真提供:ブリヂストン

そう語るのは、2015年から同社のオリンピック・パラリンピック事業に携わってきたコーポレートコミュニケーション統括部門長(取材日6/18時点)の山田良二氏。こうして始まったオリンピック・パラリンピックとの関わりは、社の認知度、社員のモチベーションを高めるに留まらず、新たな展開をもたらしたという。

「我々の工場の従業員の中に、パラバドミントンの選手がいました。仕事をしながらいろいろな大会に出場していたんですが、強化合宿などに参加するために年休を使っているうちに、それも使い果たし、競技に支障をきたすほどになっていました。でも、そんな話は工場のある地区で完結してしまっていて、本社の方まで上がってくることはなかったんですね。しかし、オリンピック・パラリンピックをサポートすることになって、じゃあそういう選手を会社として支援してもらえないだろうかという声が、初めて上がってきました」(山田良二氏、以下同)

そのような選手がいるなら是非応援しようと、午後は練習に充てて良いとか、強化選手となってスポーツの団体からサポートを受けることになったら業務扱いにしようなど、そこからさまざまなルールの整備が行われたのだという。

東京2020パラリンピックで活躍が期待される選手の一人、パラバトミントンの小倉理恵選手。職場の仲間が頑張っていれば、当然誰だって応援したくなる。それがパラスポーツへの理解に繋がっていった
写真提供:ブリヂストン

「会社として、アスリートへのサポートが本格的に始まると、同じような選手がここで働きたいと入社してきて、それがチームブリヂストン誕生へと発展していきました。チームブリヂストンとは、ゴルフの宮里藍さんや競泳・萩野公介選手、パラトライアスロンの谷真海さんをはじめ、チームの牽引役であるブリヂストン・アスリート・アンバサダーやチームブリヂストン・アスリート、彼らを支え応援するすべての人で構成され、さまざまな困難を乗り越えながら夢に向かって挑戦し続ける人々を繋ぎ、支援する活動を行なっているという。

また、そもそも車いすに乗っている従業員はどれだけいるんだろうとみんなの視点の変化があったり、従業員選手を応援しようと試合を見に行く流れが出てきたり、エポックメイキング(画期的)なことが多く発生しましたね。

従業員2名含め国内のチームブリヂストンのパラアスリートの中から計4名が東京パラリンピックに出場します。これは、オリンピック・パラリンピックのサポートを始めた頃からしたら、まるで夢のようなこと。動き出せば変わるんだなということを今、目の当たりにできて本当に嬉しいですね」

レガシーの根源は、“最高の品質で社会に貢献”というDNA

ブリヂストンの創業は1931年。九州にまだ車が1台しかない時代に、一早くそのタイヤに目をつけ、地下足袋のゴムの技術で社会に貢献するという先見の明を発揮した創業者石橋正二郎氏

同社のスポーツを通じた多様性への取り組みは、ことオリンピック・パラリンピックへのサポートという事象だけを見れば最近のことのように思えるが、それを支える企業文化の基本の部分は創業時にまで遡る。

「ブリヂストンの企業理念のミッションは“最高の品質で社会に貢献”です。これは創業者の石橋正二郎が提唱したもので、私たちは社会に貢献していくんだというのが基本的な考え方としてあります。その考えのもと、当社は“人々の生活と地域社会に寄り添い、一人ひとりを支えていこう”という活動を創業当時から続けてきました。その想いを象徴したのが、“AHL(Active and Healthy Lifestyle)”という言葉で、CSR(企業の社会的責任)などという言葉が生まれる前から私たちの根っこにこの精神があったんです」

まずは社員の幸せのために。社員一人ひとりの生活を支え、それがひいては社会全体への貢献につながる。創業から脈々と受け継がれてきたこのDNAは、新たな価値とイノベーションをもたらし、ブリヂストンの「今」を作っている。東京2020のレガシーは、そんな同社のDNAから自然と生まれたものなのだろう。

予想外のケースに自社の知見・技術がマッチ。そこから得た新たな発見

パラトライアスロン・秦由加子選手の要望から生まれた義足ソール。タイヤパターン開発技術を応用し、接地面に加わる力と挙動を観察して開発された
写真提供:ブリヂストン

また、オリンピック・パラリンピックスポンサーになったことで、「一人ひとりを支える」というAHLの活動を大きく広げることにもなったと言う。

それは特に多様な人が社会に参加するための取り組みに大きな成果を表している。障がいのある人にとって、スポーツをすることには大きなハードルがあるケースも多い。同社は「車いすテニス体験会」などを開催し、スポーツをしたくてもできない……と諦めずにテニスにチャレンジする機会を作り出した。

「主に障がいのある方を対象として、福利厚生施設を使用し“車いすテニス体験会”を開催しています。2017年から始まってこれまでに6回、のべ91名の方に参加していただきました。これに参加したのをきっかけに車いすテニス教室に通うようになったという小学生、パラスキーを始めたという20代の男性、外出の機会が増えたという60代男性の声などを聞くと、これまで社会との接点が限られていた障がいのある方の社会参加のきっかけ作りに役立ったということを実感します」

そしてブリヂストンの本業、ゴムに関する高い技術はパラアスリートをさまざまな側面からアシストすることにも役立っている。これもAHLの想いから発生した技術開発と言えるだろう。

チームブリヂストン アスリート・アンバサダーでもあるパラトライアスロンの秦由加子選手。東京パラリンピックにも出場する
写真提供:ブリヂストン

「我々がサポートしている選手から、実は義足のソールで困っていることがあって……という話を聞いたのがきっかけです。じゃあ、他のみなさんはどうしているんだろうと思って訊いたら、自分でスニーカーの底を切って貼っているとか、それぞれ自分で工夫されていました。すると、ソールの減り方が均一じゃなかったり、ある場所では滑りやすかったりと、みんな苦労されていることがわかったんです。ゴム、路面との接地解析は我々の専門領域で知見がありますから、じゃあ作ってみようということになりました」

同社には自転車の製造・開発の技術もある。自転車競技に取り組む中で人の漕ぎ方や力の入れ方によってどういう結果が出るかといった動作解析のデータが蓄積されていたが、それが義足で自転車を漕いでいる選手へのアドバイスにつながったケースもあったのだという。

「こういう乗り方をしてみたらどうですか? という提案をしてみたところ、『こんな乗り方はしたことがなかったけれど、やってみたらとても楽でした』という感想をもらうことがあって、こんなことも僕らはできるんだ、と新鮮な驚きがありましたね。自分たちが本業で培ってきたデータや知識、技術がこんな風に活かせるんだ、というのが新たな発見でした」

自転車競技選手やトライアスロン選手へのタイム改善支援として、ブリヂストンサイクルの技術を活かした自転車のペダリング出力計測・ポジショニングチェックを定期的に実施している
写真提供:ブリヂストン

その他にも、車いすマラソン用グローブ、車いすテニス用のタイヤなどにも同社の高い技術が応用され、アスリートのパフォーマンス向上に大きく貢献している。

社会貢献やボランティアなどというと、どうしても「自分が~~してあげる」という上から目線になりがちで、なかなか自分事になりにくい。しかし、山田氏の話を聞いていると多様性を受け入れる取り組みが、自分たちの技術を活かすことになり、新たな発見、そしてやりがいにも繋がる。企業と障がいのある人とのWinWinの関係を作り出しているとも言えそうだ。

チャンスはそこら中に転がっている。多様性を受け入れることで生まれるたくさんの気づき

多様性を受け入れ、あらゆる人との共生社会を目指すにあたって、たとえば障がいのある人と接する機会がなく、出会った時にどうしていいかわからないという悩みをよく聞く。パラスポーツも知ってはいるけれど見たことがないという人が大多数なのではないだろうか。

「我々もパラスポーツに関わるまで、恥ずかしながら見たことはありませんでした。でも、同僚にパラアスリートがいたり、パラスポーツに技術提供したりするうちに、見てみたいという思いが高まってきます。競技をやっている方が必ず言うのは、是非見てみて欲しいということ。それで見に行ってみると、すごく面白い。選手はよくあんなことができるなあ、すごいよねと思うわけです。自分が面白いと感じたら、他の人にも見てもらいたい。誰もが見に行ける環境作りが大事だと思うんですが、その流れに少しでも自分たちが役立って、みんなが関心を持ってくれるようになっている状況は良いことだと思っています」

オリンピック・パラリンピック関連のイベントで車いす競技体験を実施した時、特に子どもたちが夢中になってなかなか競技用車いすから降りようとしないというシーンを山田氏は目にしたのだという。楽しそうな子どもたちの様子を見た親御さんたちも、一様に笑顔になれる。障がいのある人への理解は、そんなスポーツを介した活動によって、より自然に深められていくのではないだろうか。

「たとえば子どもができてベビーカーを押すようになると、街中でベビーカーが目に付くようになるのと同じことが、車いすや(視覚障がい者が使う)白杖でも起こると思うんです。車いす競技を体験した子どもたちも、街中で車いすに乗っている方を見かけたら何か行動できるようになるでしょう。そういう意味で気づけるかどうかというのは、大きいことだと思います。車いすや白杖の存在に気づけること自体がすでにその人にとって何かが変わった証拠。この意識、価値観の変化は、一過性ではなく、自然と行動が変わって続いていくものだと思うんです」

パラスポーツに関わることになり、さまざまな気づきを得る良い機会を与えられたと語る山田氏は、他にも得られることは数え切れないと言う。

「我々は、何かをするにあたってできないこと、できない理由を数えがちですが、パラアスリートは、できないことを考えるより、『この状況で何ができるか』を常に考えています。こういう状況だからと決して諦めない彼らからは、どうしたら前に進めるか、どうしたら進化できるかということを考える発想力のようなものも学ばせてもらいました。チャンスはいろいろなところに転がっているんだと思います。

多様性を受け入れることで、それに確実に気づくことができる。我々は2020年にブランドタグラインとして“Solutions for your journey”を掲げました。社会やお客様の困りごとを解決するソリューションを提供し、新たな社会・顧客価値を共創するという意味ですが、社会への貢献は結局自分たちへのメリットとして大きなものになって返ってくるのを実感する日々です」


ブリヂストンのオリンピック、パラリンピック、そしてパラスポーツへの取り組みの根っこを辿れば、創業者の提唱した理念に行き着くという話には、同社に脈々と受け継がれる一貫した強い姿勢を感じた。今後こういった「スポーツを通じた多様性への取り組み」を始めようとする企業は、どうすればより効果的に意識の共有や行動を生み出していけるだろうか。

それに山田氏は、「まず一歩踏み出す、違う目線をもって見るという機会を作れるかどうかではないだろうか」と答えた。人はとかく凝り固まった常識(のように思えるもの)にとらわれがちだ。まずは目線を変え、一歩踏み出すことから始めてみたい。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Yoshiteru Aimono

CHASE YOUR DREAM(外部サイト:ブリヂストン)
https://www.bridgestone.co.jp/chaseyourdream/

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